静岡の産業・プラモについて

静岡の産業として一部で有名なプラモのお話を、「しずおかホビーは凄い!」という本を参考に語ってみました。
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話は数日前にさかのぼりますが、社会の先生に静岡の特色というか産業というか、そこらへんをずらっと羅列されたのですが、その中に触れられていない産業がありましたので、ご紹介。

@niseusa

マティウス陛下がちょうどいらっしゃる気がするので、この前語り忘れていた気がする静岡の産業を一つご紹介。

2015-07-28 10:26:22
@niseusa

っていってもその筋の人には有名な話なんですが、教科書レベルに有名かといわれると、どうなんだろう。この頃見てないのでなんともですが。ってことで、しずおかのホビーについて。

2015-07-28 10:27:33
@niseusa

そもそも静岡では年に一回ホビーショウが開かれ、全国から企業や模型好きなどが集まっているが、そもそもなぜ静岡なのか。東京ではないという点。人口や会場規模などを鑑みれば本来は東京近郊なのだろうが、静岡ホビーショウはあくまで静岡でひらかれるのである。

2015-07-28 10:29:58
@niseusa

ではなぜ静岡なのかというと、模型、とりわけプラモの生産量が全国一だからである。また、大手模型メーカーの多くが静岡または静岡近郊に集中して拠点を構えているためである。実際、静岡の街、少し中心から外れたあたりには、模型メーカーのビルをそこかしこに見ることができる。大体田宮だけど。

2015-07-28 10:33:28
@niseusa

静岡でこれほど模型産業が盛んな理由として、地理的な要因からは、豊かな森林資源があることがあげられるが、歴史的な要因からは江戸時代初期、徳川家康公の時代にまでさかのぼって考えることができる。

2015-07-28 10:36:49
@niseusa

徳川家康公といえば、浜松でも家康君というゆるキャラがいるが、浜松では散々な目に合ってるのに対し、静岡では晩年を過ごすなど穏やかな印象がある。その徳川家康が静岡の地に駿府城を建て、家光が浅間神社を建てているのだが、その時に各地から名工を集め、彼らは静岡にそのまま住みついたらしい。

2015-07-28 10:49:23
@niseusa

木を扱う名工たちの技術が静岡の地で脈々と受け継がれていき、江戸時代では木工産業が栄えてきた。そして明治期に入ると、今度は模型飛行機の生産が全国でも盛んになり、昭和初期に青島次郎氏が開発した模型飛行機が一世を風靡すると、近隣の木工職人等が後を追い、模型産業が盛んになっていく。

2015-07-28 10:54:44
@niseusa

ちなみにこの青島氏というのは、どうも静岡県初の民間飛行士でもあり、大手模型メーカー、青島文化教材社の創業者でもあるとのことである。建具職人としての技術もあったらしいので、色々出来る人なんだろうなぁ…。まぁともかく、青島氏が模型飛行機の生産で牽引していき、産業が発達した、らしい。

2015-07-28 10:59:24
@niseusa

そしてせっかくの模型飛行機による産業の流れも、戦後のGHQの占領下において「航空禁止令」が出されて模型の飛行機も製造販売が禁止されると、転換を余儀なくされた。ここでどっちに転換したかというと、文具や小家具などの、木製の学校教材のほうであった。さらに木製教材キットへと流れていく。

2015-07-28 11:03:56
@niseusa

ここらへん全然詳しくないのだけども、どうも戦前あたり、模型飛行機を学校で作る、ということはよくおこなわれていたらしい。図工のカリキュラムにも含まれていたとか。さてここから今度は戦後にうつるのだが、まだ模型は木製である。では今日のようなプラスチックモデルになったのはどのような経緯か

2015-07-28 11:08:12
@niseusa

これも、昭和20年代の終わりあたりにアメリカから持ち込まれたプラモが元となり、次第に海外製プラモが流行りだすにつれて、東京の玩具・模型メーカーであるマルサンが最初にプラモを発売したのがきっかけ、だとされる。静岡の模型メーカーが危機感を募らせ、プラモへの転換を迫られていく。

2015-07-28 11:14:13
@niseusa

が、どうもプラスチックの金型作りなどにすごくお金がかかるのもあって、田宮なんかも第一弾がこけたり、大ヒット出したのが静岡近隣の焼津にあるメーカーだったり、その間に模型メーカーがつぶれたりと、かなり多難な時期があったようだ。

2015-07-28 11:21:16
@niseusa

だが、漫画やアニメのキャラクター、乗り物などをプラモ化したり、パッケージに有名なイラストレーターを起用することで爆発的なヒットを生みだしたりと、後につながる大きな改革をいくつもの会社がいくつも行うことで、今日まで続く産業となって行ったのである。

2015-07-28 11:26:53
@niseusa

ちょっと紹介しきれないくらいの色々な工夫とかいっぱいあってすごいんだけども、有名なエピソードとして、田宮模型の田宮俊作氏が、リアルなプラモデルを作りたいからと本物のポルシェ買って、分解してそれを元に精巧なパーツを作った、という話を紹介してみる。外から見えない中の部品にもこだわり。

2015-07-28 11:30:47
@niseusa

ちなみに最初に鉄人28号やサンダーバードの模型を作って大ヒットさせた会社はのちに潰れ、そのノウハウとか職人とかはバンダイへと引き継がれていたりと、本当に紆余曲折。ってことで、一連のツイートの参考図書は財団法人静岡県文化財団から出てる「しずおかホビーは凄い!」という本でした。

2015-07-28 11:36:29
@niseusa

模型の主流はプラモに移ったけど、その試作品はやっぱり木で作ったりもするので、そこらへんに昔の木工職人の流れがまだ残っているそうです。玩具メーカーではなく模型メーカーだからこその精巧さとかこだわりとか、それが今日まで生き残ることができた要因、であるかもです。

2015-07-28 11:39:45
@niseusa

ってことで静岡の模型産業を紹介してみたのだけど、なんかの時にトリビアとしてでも使っていただけると幸いです。

2015-07-28 11:41:11