つるやことぶきさん『亡き父の被曝体験』70年目の節目によせて

つるやさんが改めてツイートされたものをまとめました。
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つるや ことぶき @turututukotokot

父の遺言だと思って、被爆体験を連ツイするのも3回目。70年目の節目であり、「戦争法案」の審議中でもあるので、再度父の自伝を読み直してみた。今までの連ツイで抜けていた所が見つかった。当時17歳だった父が体験したこと。残された言葉全てを伝えないと父はやすらかにねむれないはずだ。

2015-08-06 11:44:20
つるや ことぶき @turututukotokot

昭和20年8月6日、広島に原子爆弾が投下された。その日は朝から快晴の暑い日であった。学校へ出勤して、自分の教室の窓を開けていたところ、まっ青な南の上空の山の上に「ピカッ」と閃光が走った。雨も降っていないのに稲妻が走るとは不思議なこともあるものだなあと話しながら、(続)

2015-08-06 11:46:14
つるや ことぶき @turututukotokot

数日してそれが広島に強力な特殊爆弾(原爆とは当時解っていなかった)を投下された閃光だったと解り、こんな山奥にも届く強烈な光だったのかと驚いたものだった。その日授業をしていたところ、上空に金属音の爆音を響かせながら、双胴のロッキードというアメリカの偵察機二機とB29爆撃機が(続)

2015-08-06 11:47:09
つるや ことぶき @turututukotokot

通り過ぎて行った。広島の爆撃機とは関係なかっただろうが、民意を撹乱するには十分のものがあり、いよいよ本土決戦間近かとずいぶん厭な思いをしたものだ。 8月10日、いつものとおり授業をしていると、父が顔色を変えてやって来た。私に召集令状がきたという。(続)

2015-08-06 11:48:19
つるや ことぶき @turututukotokot

粗末なピンク色のザラ紙に印刷されたものを持ってきている。来る12日に庄原実業高校に講堂へ出頭せよと言うものだ。いよいよ来たかと覚悟を決め、家に帰って身支度をし、眠れぬまま翌日家族の者や先生、子どもたちや近所の人々に見送られて入隊のため学校をたっていった。(続)

2015-08-06 11:49:05
つるや ことぶき @turututukotokot

本来は、広島の第5師団に入隊するのが本筋であるが、原爆で壊滅しているため、急遽ここを集合地ときめたのだという。集まったメンバーは比婆郡西部で当時残っていた40歳以上の丙種合格者と我々18歳位の予備役の者だった。確か100人位だったと思うが比婆防衛隊という隊が編成され、(続)

2015-08-06 11:51:22
つるや ことぶき @turututukotokot

I(注:自伝では実名)という少尉の小隊長、T(注:自伝では実名)という軍曹の分隊長に引率され汽車で広島に行き、原爆の後片付けをすることになった。一応兵隊であるため、陸軍2等兵の襟章のついた軍服と軍帽、ゲートル、軍靴それに竹の鞘の牛蒡剣や雑嚢などの支給を受けたが、(続)

2015-08-06 11:52:16
つるや ことぶき @turututukotokot

銃は不足しているので支給しないということだった。後片付けに行くのになんで銃がいるのかと思ったが、聞けば敵軍がいつ広島に上陸するか解らないので必要だという。しかし渡せないので上がってくれば牛蒡剣で戦えと言う。これは心細いことになったと内心辟易したが仕方ない。(続)

2015-08-06 11:53:07
つるや ことぶき @turututukotokot

その日は庄原実業の講堂で宿営し、翌日国鉄の汽車で広島に向かった。途中の駅で、無蓋の貨物列車とすれ違うたびに、身体中に真っ赤なアカチンを塗った兵隊や市民が満載され、うめきながら奥地(三次や庄原など)へ運ばれて行くのに出会った。(続)

2015-08-06 11:54:03
つるや ことぶき @turututukotokot

その惨状を目の当たりにして、これは大変なことになっているぞと、嫌と言うほど知らされてぞくぞくっと身震いを覚えたものだった。列車がすれ違う各駅各駅で、このような目を覆いたくなるような人たちが、ぎっしりと詰め込まれぞくぞくと送られてくる。(続)

2015-08-06 11:55:04
つるや ことぶき @turututukotokot

広島に近づくにつれ、うだるような暑さが襲って来、人の焼ける臭い(いわしの腐ったのを焼くような)と建物や草木の焼ける臭いが交じりあって風に乗って鼻を突く。喩えようのない異臭に嘔吐を催しながら、矢賀駅に着いた。(続)

2015-08-06 11:55:53
つるや ことぶき @turututukotokot

駅は見る影もなく吹っ飛び、周囲はすべて焼き尽くされて一望する範囲何も見当たらない。スピードをぐっと落としながら、徐々に広島駅に入っていった。駅のホームは屋根がすっかり飛ばされており、駅舎はすべて焼け焦げ、黒々とした残骸が不気味に立っていた。(続)

2015-08-06 11:56:36
つるや ことぶき @turututukotokot

駅前に整列して、駐屯地へ出発することになったが、駅前周辺には、焼け出されて、真っ黒の顔に、ぼろぼろになった被服をまとい、虚ろな表情で座り込んだりうろついている人々や真っ裸で走り回る子どもたちがいっぱいいた。(続)

2015-08-06 11:57:17
つるや ことぶき @turututukotokot

猿猴橋を渡り、稲荷橋を通って八丁堀に出たが、途中は見渡す限り焼け野原になっており、あちこちに、火傷を負って動けなくなりうずくまって、小さな声で水を欲しがっている人達がいた。八丁堀付近には、福屋(現在地の向かい側)や中国新聞社(現在三越百貨店)などのビルが真っ黒の残骸をとどめていた

2015-08-06 11:57:58
つるや ことぶき @turututukotokot

紙屋町ではまだ電柱がくすぶっており、電車の焼けた残骸が醜く転がっていた。現在のそごう百貨店や県庁付近は、その当時広島西練兵場で、現在の広島市民球場(注:現在は跡地)のあたりに護国神社の鳥居が半分に折れて倒れていた。産業奨励館(現在の原爆ドーム)は赤茶けて立っていた。(続)

2015-08-06 11:58:40
つるや ことぶき @turututukotokot

紙屋町を左に折れて、鷹野橋方面へ向かったが、途中に住友銀行や日本銀行の建物が黒く焼け焦げ突っ立っていた。国泰寺の楠の樹の根元が裂け、枝葉が電車軌道に散らばっており、それを避けながら歩いて大手町の国民学校(現在の大手町中学校)へ辿り着いた。此処が我々比婆防衛隊の駐屯本拠地である。

2015-08-06 11:59:20
つるや ことぶき @turututukotokot

早速持参の昼食を食べ、宿舎の設営にかかった。宿舎といっても材料がある訳ではなく、運動場にあった高鉄棒の鉄を棟に、付近の焦土から拾い集めた鉄材で屋根を作り、焼けたトタンで葺いて急造の宿舎を建て、砂場に荒むしろを敷いて寝るところを確保した。(続)

2015-08-06 12:00:21
つるや ことぶき @turututukotokot

此処へ来る途中の道路のアスファルトが熔けて軟らかくなり、歩くと軍靴の足跡がつく程の暑さであるから、この程度の設備で十分だ。近くにコンクリート製の防火用水の桶を集めて並べ、板を渡し、周囲にトタン板を立てて便所を作った。(続)

2015-08-06 12:01:04
つるや ことぶき @turututukotokot

また、焼け残っていた五右衛門風呂を2つとドラム缶を拾ってきて、ご飯を炊いたり塩汁を作る炊事施設や入浴の為の風呂を作ったりして作業を終わった。周囲の異臭と今までに経験した事のない猛烈な暑さですっかり参り、殆ど食欲はない。(続)

2015-08-06 12:02:02
つるや ことぶき @turututukotokot

それでも食べないわけにはいかないので、軍から配給された玄米をそのまま五右衛門風呂の釜に入れ、焼け残りの板切れを集めてご飯を炊いた。玄米を炊いた経験がないので、出来上がった飯はぼろぼろの固いものだった。普通ではとても食えたものではない。(続)

2015-08-06 12:02:43
つるや ことぶき @turututukotokot

それにおかずとくれば何も無いから、川から獲ってきた「あおさ」という青海苔に似た草を入れた塩汁を作り、玄米飯にかけて無理矢理流し込んだ。知る人ぞ知る、例の広島の夕凪は、奥から出た者にはとても我慢ができない。(続)

2015-08-06 12:03:42
つるや ことぶき @turututukotokot

手分けしてドラム缶の風呂を沸かし、どろどろに汚れた身体を洗い流し、裸の夕涼みをしたが、暗くなるにつけかの大群が襲い始めた。このことを軍も知っていたのか、蚊帳の割り当てがあって、狭いながらも我慢してもぐっていた。午後10時を過ぎると多少すずしくなったが、今度は激しい夕立。(続)

2015-08-06 12:04:20
つるや ことぶき @turututukotokot

黒い雨だったのか急造の屋根はあちこちから雨漏りを始め、とても寝ている状態ではなかった。やっと雨が上がったが、無理に寝付こうとしてもなかなか寝付かれない。そのうち誰かが、「遠くの方で鬼火が飛んでいる」と言い出した。見ると、あちこちで「ボー」と青白い火がついては消えていく。(続)

2015-08-06 12:05:04
つるや ことぶき @turututukotokot

それが点々とあちこち断続的に続くので、ちょうど火が飛んでいるように見える。とても幻想的で薄気味悪く、一瞬息を飲んで見つめていた。多くの人が一瞬にして非業の死を遂げた訳だから、その恨みをこの世にぶっつけているのだろうか。年寄りから聞いてはいたが、現実に見たのは初めてである。(続)

2015-08-06 12:05:51
つるや ことぶき @turututukotokot

意識が錯乱して、ただ呆然と見続けるだけだった。後で皆と話したことであるが、この現象は定かではないが、雨が上がって、各所に散在する人骨の成分の一部である燐が何かの化学反応を起こし発光したのではないかと。また続けて遠くの空をオレンジ色の「火の玉」がゆっくりと横切って行ったのも見た。

2015-08-06 12:06:22
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