【聖書と同性愛】マシュー・ヴァインズ氏の所論について

マシュー・ヴァインズ(Matthew Vines、@VinesMatthew)氏の聖書は同性間の関係そのものを否定しない、とする説について反論しました。 Five Bible-Based Responses To Common Arguments Against Marriage Freedom From A Biblical Scholar http://www.queerty.com/five-bible-based-responses-to-common-arguments-against-marriage-freedom-from-a-biblical-scholar-20150802 ゲイディベート:聖書と同性愛 続きを読む
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CMTC @MontyGlycon0
Five Bible-Based Responses To Common Arguments Against Marriage Freedom From A Biblical Scholar queerty.com/five-bible-bas… 1番目から、うーん、となった。
CMTC @MontyGlycon0
Argument #1: God destroyed Sodom and Gomorrah for being gay, so he’ll surely judge America soon. ソドムとゴモラを神が滅ぼしたのは同性愛ゆえだ論への反論として、エゼキエル書が引用される
CMTC @MontyGlycon0
「見よ、あなたの妹ソドムの罪はこれである。すなわち彼女と、その娘たちは高ぶり、食物に飽き、安泰に暮していたが、彼らは、乏しい者と貧しい者を助けなかった(16章49節)」書き手はアメリカでの奴隷制度、先住民への迫害と結び付けている。それはいいが、16章49節で答えとするのはまずい。
CMTC @MontyGlycon0
ソドムとゴモラの記事は創世記18章16節以下にある。19章ではソドムの住人は二人の天使と性行為をしたいとロトのいる家に押しかける。ロトは反対して娘差し出すので二人組のほうには手を出さないで欲しいと滅茶苦茶な返事をする。住人たちは押し破って中に入ろうとする。天使たちは家の前で
CMTC @MontyGlycon0
ソドムの住人たちを説得しようとしていたロトをとっさに家の中に引き入れ、ついでに外にいた住人たちに老若関係なく目潰しを食らわせ、戸の位置もわからないようにした。もしも二人組みがただの人間で抵抗できなかったら、大変なことになっていただろう。しかしエゼキエル16章49節に記載はない。
CMTC @MontyGlycon0
エゼキエル16章50節はこういう文章が続いている。「彼らは高ぶり、わたしの前に憎むべき事をおこなったので、わたしはそれを見た時、彼らを除いた」これを天使を襲おうとした事に限定するのは無理だろう。仮に合意でも罪になる。同性同士の結婚が認められていない以上、婚外交渉になるから。
CMTC @MontyGlycon0
エゼキエルより前の人物、モーセに帰せられるトーラー(モーセ五書)のレビ記18章 22節にはこうある。「あなたは女と寝るように男と寝てはならない。これは憎むべきことである」。「憎むべき」の原語を scripture4all.org/OnlineInterlin… で調べたら同じだった。
CMTC @MontyGlycon0
天使は霊的存在だが、ソドムの男たちには交わりたい存在として映った。創世記6章では「神の子ら」が「人の娘」をめとってネフィリムが生まれる。霊的存在が肉を持つ種族と子をなすというのはよくわからない話だが、当時は天使は多神教の神々のように人と子をなせる存在とみられていたのかもしれない。
CMTC @MontyGlycon0
ネフィリムの父親は人間とする説をトマス・アクィナスやシリアのエフレムは唱えているそうだ。日本語版wikipediaの「神の子」の項目で出典つきで書いてあった。彼らを聖人とする教派の公式見解は未確認。エチオピア正教会が採用するエノク書ではネフィリムの父親が(堕)天使としている。
CMTC @MontyGlycon0
エゼキエル書の時代では「天使の性別」や「天使との性交」がどう考えられていたのかはわからない。しかし、天使相手でなくても、「ソドムでは男性同士で性交していた」と見られていたと考えられる。住人があの場面で「突然男性(に見える天使)と性交しようと思った」になったと解する必然性はない。
CMTC @MontyGlycon0
新約聖書の『ペテロの第二の手紙』にはこうある。「また、ソドムとゴモラの町々を灰に帰せしめて破滅に処し、不信仰に走ろうとする人々の見せしめとし、ただ、非道の者どもの放縦な行いによってなやまされていた義人ロトだけを救い出された」(2:6-7)
CMTC @MontyGlycon0
「(この義人は、彼らの間に住み、彼らの不法の行いを日々見聞きして、その正しい心を痛めていたのである。)こういうわけで、主は、信心深い者を試錬の中から救い出し、また、不義な者ども、」(2:8-9)引用元は口語訳聖書で、後世の付加や重要な写本に無い部分が( )ではさまれている。
CMTC @MontyGlycon0
「特に、汚れた情欲におぼれ肉にしたがって歩み、また、権威ある者を軽んじる人々を罰して、さばきの日まで閉じ込めておくべきことを、よくご存じなのである。こういう人々は、大胆不敵なわがまま者であって、栄光ある者たちをそしってはばかるところがない。(2:10)」
CMTC @MontyGlycon0
エゼキエル書16章50節で「わたし(神)」の前で行われたという「憎むべき事」に「同性間の性行為」を入れ、(聖書の)神がソドムとゴモラを滅ぼした理由として同性愛を挙げる解釈は突飛なものではない。
CMTC @MontyGlycon0
ここまで読んで「ソドムとゴモラに出てくるのはひとを襲おうとする性犯罪者ではないか。実際の同性愛者、両性愛者とは関係が無い」という人も居るだろう。自分もそう思う。問題は、聖書を生み出した古代人(伝承した人、書物として編纂した人)もその観点を共有しているかどうか。
CMTC @MontyGlycon0
創世記での、天使を襲おうとする男たち。新約聖書での、逸脱した人間として登場する「男色をする者」や「その自然の関係を不自然なものに代え」た女たち、このような形でしか、同性への性的欲求を持つ人間が描かれないのが聖書。
CMTC @MontyGlycon0
聖書と「同性間の恋愛・性交渉・結婚は宗教的・道徳的に善・正当である」とする考えは両立するか togetter.com/li/798618 この辺については以前に←で書きました。
CMTC @MontyGlycon0
「聖書が本当は同性愛を認めているのなら、どうして(姦淫ではない正当な関係として)結婚が認められ、カップルが可視化されていないのか?」『(同性愛の)善人キャラ』が出ないので問題、という論点なのではなく、「認められている」事による反映が聖書のどこにも見られない。
CMTC @MontyGlycon0
Argument #2: The Bible says that being gay is an abomination.の節を見てみる。性関連の罪への対応として変更が加えられるのは「処刑する」という部分だけだろう。
CMTC @MontyGlycon0
(初期の写本にはないが)『ヨハネによる福音書』姦淫の女の場面でも「今後はもう罪を犯さないように」と言っている。旧約聖書の決まりは廃されたものもあれば存続しているものもある。存続しているものの一つが「同性間の性交を悪とする考え」。パウロ等を使徒とするならイエスと切り離す事は不可能。
CMTC @MontyGlycon0
Five Bible-Based Responses To Common Arguments Against Marriage Freedom queerty.com/five-bible-bas…  この人、浮気じゃない、同意の上の性行為なら婚外交渉をイエスは認めると思ってそう。
CMTC @MontyGlycon0
Argument #3: The Bible says that being gay is unnatural. 扱っているのが宗教の聖典である以上「じゃあこっちのは守っているのか」論は筋悪だと思う。twitter.com/MontyGlycon0/s…
CMTC @MontyGlycon0
twitter.com/MontyGlycon0/s… 「既にそっちも否定している人」には効かないし、逆に勢いづけることにもなる。ここではローマ書1章26-27節をもとにした同性愛非難が紹介されている。
CMTC @MontyGlycon0
「それゆえ、神は彼らを恥ずべき情欲に任せられた。すなわち、彼らの中の女は、その自然の関係を不自然なものに代え、男もまた同じように女との自然の関係を捨てて、互にその情欲の炎を燃やし、男は男に対して恥ずべきことをなし、そしてその乱行の当然の報いを、身に受けたのである。」これに対し筆者
CMTC @MontyGlycon0
は、『コリント人への第一の手紙』を引用する。「自然そのものが教えているではないか。男に長い髪があれば彼の恥になり、女に長い髪があれば彼女の光栄になるのである。長い髪はおおいの代りに女に与えられているものだからである。 」(11:15-16)
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コメント

新CMTC @MontyGlycon1 2016年11月26日
どのようにして同性愛を肯定する方々は「1コリント11章の被り物の聖句」を自らの立場の擁護のために用いているのでしょうか?――福音主義教会に突きつけられる「ジェンダー挑戦状」と私たちの応答 http://christiantestimonies.blog.fc2.com/blog-entry-802.html キリスト教徒である人のブログ記事です。マシュー・ヴァインズ氏を名指しで挙げて氏のような立場への反論をしています。
新CMTC @MontyGlycon1 6日前
MontyGlycon1 のリンク先が変わっていたので新しい方のurlを追記します。http://japanesebiblewoman.hatenadiary.com/entry/2016/12/23/155235 タイトルは変わっていますが、内容は同じだと思います。