『鉄腕』 稲尾和久 小話

まとめました。
雑談 稲尾和久 昭和時代 日本プロ野球史 西鉄ライオンズ
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ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
すこし遅れてしまいましたが、小話をさせていただこうと思います。 いつもは30~40分くらいで終わるように調整しているのですが今回は長丁場になるかもしれません。 TLをしばらくおじゃまさせていただきます。 ご了承ください。 。。。 。。 。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
エース 絶対勝利を宿命付けられ、マウンドに上がる投手たち。 皆さんは『エース』と聞くと、どの投手を思い浮かべるでしょうか。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
日本プロ野球史上最多勝利数記録者にして唯一の400勝投手、金田正一。 その驚異的なピッチングから『天皇』と称されるまで畏怖されたこの大投手を『エース』と呼ぶ人が多いかもしれません。 pic.twitter.com/i5B1wNamKa
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さかしまぴの言葉 @Super_ShimaDX
金田正一は周りのレベルが低かったから400勝出来たみたいな言われ方してるけど、 その周りがそこまで真摯に野球をしていなかった時代に様々な調整法などを取り入れて野球の為に研鑽しつづけたことは忘れてはならない。 今の時代なら、流石に180キロは出なくても毎年15-20勝はしてる。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
1956年 『手動式練習機』と笑われ、キャンプで先輩打者陣にボールを投げ込む高卒ルーキーの姿がありました。 稲尾和久 大分県別府市の漁師の子であったルーキーはこの年より地元九州に本拠地を敷いていた西鉄ライオンズに入団していました。
もにゅ。 @monyugairu
山城さんの話全RT行きます
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
無尽蔵なスタミナで歴代最多の登板数と2位の勝利数を誇った米田哲也、『投げる精密機械』と称された正確無比なコントロールを武器に歴代3位の勝利数をもつ小山正明、歴代先発勝利数、無四死球勝利数最多を誇る左腕、鈴木啓示が思い浮かぶ方も多いのではないでしょうか。
小林 モチベ回復中 @riji48
山城さんの、お話楽しみ!!
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
近年だと5年連続で防御率1点台を記録したダルビッシュ有投手、シーズン24勝0敗という大記録を樹立した田中将大投手らプロ野球だけでなく、メジャーリーグでも活躍する投手を挙げる方も多いのではないでしょうか。
イカイ @tuki_no_kai
ダルビッシュやマーくんは文句ないと思うなぁやっぱ
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
また、ケガや酷使、不運のために選手生命を全うできなかった大投手もいます。 古くは沢村栄治、権藤博、江川卓、近年ですと伊藤智仁、斉藤和巳ら無限の可能性を秘めながらもマウンドを下りなくてはならなかった大投手たちを思い浮かべる方も多いでしょう。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
今回お話させていただく投手は、これまで挙がった大投手たちに負けず劣らずの実績を誇り、その卓越した投球術や知性、そして人格でプロ野球の人気向上、発展に大きな貢献を果たした『エース』の お話です。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
1958年10月21日 後楽園球場 西鉄ライオンズと読売ジャイアンツの日本シリーズ第7戦 前年2年連続で西鉄ライオンズの前に敗れたものの、怪物ルーキー長嶋茂雄を4番に擁し、日本シリーズ制覇へ王手をかけていた読売ジャイアンツと超満員のファンは信じられないものを目の当たりにします
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
ライオンズの先発としてこの日マウンドにあがっていた若手投手はここまで6戦中5戦に登板、そのうち3戦は先発、更に3戦目と『前日の』6戦目は完投をあげていたにも関わらず、雌雄を決する最終戦には再びマウンドに上がってきているという事態がそこにあったからでした。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
この年、リーグ最多となる72試合、373回、33勝をあげた、どんな状況でもマウンドにのぼり、チームを救うこの若手投手を畏敬と畏怖の念を持って人々はこう称します。
さかしまぴの言葉 @Super_ShimaDX
神様仏様稲尾様や! 忍殺がその頃にあったら、翻訳チームがイナオ!と叫ばせていたに違いない。
藤宮もとの @gottani_motono
今日の山城さんは稲尾様か…
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
しかし、稲尾投手はチームの練習に加わることはなく、ひたすらライオンズの打者陣に打ちやすい球を投げ続けていました。 名将三原脩監督からも『バッティングピッチャーとして雇った』と話されており、選手としてほとんど期待されていなかった入団でした。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
バッティングピッチャーの仕事は全球打頃の球を投げるだけでなく、4球に1球は休みの意味も含めてストライクゾーンギリギリのボールを投げることになっています。 中西太選手、豊田泰光選手、高倉照幸選手らプロ野球史上屈指の名打者たち相手に稲尾投手はその『ボール球』に命をかけていました。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
『バッティングピッチャーと言われてもプロ野球選手になったからには一軍で投げたい』 熱い心を内に秘めたルーキーは限られた『1球』をストライクゾーンギリギリいっぱいに集めることに全神経を注ぎ込み続けました。 すると凡庸だった稲尾投手の投球に『変化』が起きるようになってきます。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
キャンプ終盤となると実戦を想定した投球をバッティングピッチャーもするようになります。 大方仕上がっていた中西選手、豊田選手らは不思議と稲尾投手がバッティングピッチャーとして登板すると打ち取られる場面が増え、早速2人は三原監督に稲尾投手起用を進言します。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
チームの主軸打者が言うのなら、と三原監督は早速オープン戦で起用を始めます。 ですが、起用されてもスコアボードには『稲生』と書かれてしまうほど稲尾投手は知名度が全くない投手でした。 しかし、知名度とは相反して稲尾投手は好投を続けます。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
三原監督らライオンズの選手たちは稲尾投手の好投が不思議で仕方がありませんでした。 なにせ、投球は直球と微妙に変化する直球(現在で言うツーシーム)『だけ』しかなく、直球もキレはあったものの豪速球とは言いがたい速度のものだったからです。
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