ザ・ドランクン・アンド・ストレイド #2
「二軒目の店を教えとくれ 詮索無用 詮索無用……」レッドハッグは古歌を口ずさむ。その横やや後ろを続くのはフジキド・ケンジ。首輪のついた犬が道の端、「地獄の沙汰」と書かれたネオン看板に小便を引っ掛ける。1
2015-08-11 23:37:27ポコポコ……ポコポココ。魅惑的コンガ生演奏をフィーチャーし、蛍光黄緑に塗られた壁がいかにも落ち着かぬ……次に彼らが足を踏み入れたバーの屋号は「竹光と高志」である。「じゃ、まあ、かけつけ一杯」レッドハッグは柿ブランデーのソーダ割りを満たしたグラスを打ち付けた。「カンパイ」「うむ」2
2015-08-11 23:44:26「今日はカリブ海ナイトですよ! アミーゴ!」くだけた服装の店員がリズムを取りながらアイサツし、奥のテーブルの接客に向かった。「整理する」フジキドはグラスをカウンターにドンと置き、レッドハッグを見た。「いいか? 我々は……ヨコジ、ないし、ヨコギ=サンを探す」「その通り」 3
2015-08-11 23:48:40「彼は……彼女? 彼?」「彼」「彼は、ニンジャのジツにかけられ辛くも逃げ延びた。その者から話を聞きだせば、そのニンジャ……ディオニュソスないしバッカス……」「いや、それはアタシが適当に言っただけだ」「そうか。まだ正体はわからぬ。注意せよ」「うん」「店内にいるか?」「誰が?」4
2015-08-11 23:53:02「決まっておろう。ヨコギ=サンだ」「アミーゴ!」「うるさいよ! アタシら大事な話だ!」レッドハッグが咎めると、店員はしゅんとして通り過ぎた。「ひでェ飲んだくれでさ、ヨコジ=サンは……」レッドハッグは黄緑色の店内を見渡した。「ウーン……いつも赤いロシア帽を被ってる」「赤いのか?」5
2015-08-11 23:56:56「まあ、そんな奴もいるさ。マッポーだから……」二人はグラスを再度打ち付け、飲み干した。「んん……少し待てば来るかもしれないと思ったんだけどね」「毎晩酒場に現れるわけでもあるまい」とフジキド。「誰しも生活がある」「何言ってンだい、アンタは。このネオカブキチョに今も居る、絶対居る」6
2015-08-12 00:02:16「待て」「整理する」レッドハッグはフジキドを真似た。そして一人笑った。「エッエッ!」「いいか」フジキドはチェイサーを飲んだ。「目的はだ。ヨコギ=サンは勿論だが、最終的には、これがニンジャによる凶悪な行いかどうかを確かめるという、それを忘れてはならん」「まったくその通りだよ」 7
2015-08-12 00:06:23「つまりヨコジ=サンは……」「ヨコギだとテメェ! ヨコギつったかオラー!」彼らの背後で酔漢がいきなりテーブルを殴りつけ、声を荒げて立ち上がった。「今ヨコギつったかオラー! 奴の連れか? アア? スッゾオラー!」天井を付くほどに背が高く、鉢巻きをしめている。コワイ!「答えろ!」 8
2015-08-12 00:10:51「詳しくは知らないね」レッドハッグは怖じず、肩をすくめて見せた。店員がマラカスを両手に持った姿勢で後ずさる。彼らの周囲の空気が凍り付き、圏外の客達は引き続き会話と音楽を愉しみ、コンガ演奏者はますますグルーヴを積み上げていた。「奴は俺に20万借りがある」「あんな奴に貸したのか!」9
2015-08-12 00:15:10「あの野郎、競馬の裏情報をゲットしたとかほざきやがって」「大概だよ、そんな話信じたのかい。あいつのへんてこな帽子知ってるだろう?」「さっきから何だアマ!」鉢巻き男がレッドハッグの襟を掴んだ。フジキドが鉢巻き男の手首を横から掴み、手をどけさせた。「スミマセン。だが、よせ」 10
2015-08-12 00:20:01「お……おう」フジキドの眼光に鉢巻き男は怯み、それ以上食ってかかる事はしなかった。レッドハッグは言った。「そうだよ、よしときな。カラテカなんだから。瓦を割らせてもいいんだよ。瓦ある……」フジキドは彼女を睨んで黙らせ、尋ねる。「もしや、ヨコジ=サンを今夜どこかで見たのでは?」 11
2015-08-12 00:24:28「ああ」鉢巻き男は頷いた。「さっきの店で捕まえようとしたが、見失った。近くの店にあたりをつけて、ここに来たンだ」「カリブ海にロシア帽」「帽子の話はいい」フジキドはレッドハッグを咎めた。「ともあれ、近くに居る事は確かだ」「よかったねェ」「うむ」フジキドは柿ブランデーを飲み干す。12
2015-08-12 00:30:42「オヌシ、名前は?」「コダ」「コダ=サン。最近、ひどく酔った夢で、危険な目に遭ったおぼえはないか?」「いや……無いぜ」「ディオニュソスと名乗る人物に覚えは?」「さあ……」「アリガトウゴザイマス。十分だ」フジキドは椅子から立った。「どこへ?」とレッドハッグが尋ねた。「三軒目だ」13
2015-08-12 00:33:01「凄まじい棺桶」と書かれた赤紫ネオン看板の下、二人はやや逡巡の体。夜会マスク着用がドレスコードだというのだ。「今日はそういう日で」ゴス店員が厳めしく告げる。「ここゴス・クラブじゃないだろ?」とレッドハッグ。「今日はそうなんで」とゴス店員。「こうしていても仕方ない」とフジキド。15
2015-08-12 00:39:20「アタシ、ちょっと嫌だよ」レッドハッグが食い下がる。「いい歳なんだから」「オヌシの羞恥の基準がいまひとつわからん」フジキドは言った。「そもそも我々は……酒を飲む事が目的ではないのだぞ。ヨコジ=サン、なかんずく、失踪事件を引き起こすニンジャを探すのだ」「わかったよ!」 16
2015-08-12 00:43:12彼らは退廃スペイン貴族めいて目元を隠す装飾過多の夜会グラスを有料でレンタルし(いい商売してやがる、とレッドハッグはぼやいた)サイバーゴスの流れる店内に滑り込んだ。ドンツクドンツクブブンブーン……ドンツクドンツクブブンブーン。「ヨコジ=サンはいるか」「ちょっと待っとくれ」 17
2015-08-12 00:45:34レッドハッグは暗い店内を見渡した。退廃的アトモスフィアの中で、人々はゆっくりと揺れている。彼らが手にする酒は、発光するガラス球を沈めたワイングラスに、血のように赤いワイン。「参ったね、目元が隠されているから、わかりゃしない」「赤いロシア帽を探せ」フジキドがアドバイスした。 18
2015-08-12 00:51:16「そうだ。ヨコギ=サンは赤いロシア帽、そうだ! 仮面が関係ないんだ」レッドハッグは呟いた。「……」店員がトレイに赤ワインを乗せて二人のもとへ近づき、じっと待つ。フジキドは素子を店員に渡し、ワイングラスを取った。「「カンパイ」」二人は赤い液体をグイと呷った。19
2015-08-12 00:58:09「いるか?ロシア帽は」「アンタも探すんだよ」「勿論探している……」服装はそのままで夜会マスクを身に着けた二人は、注意深く闇に視線を走らせる。「ここじゃなかったら、どうするんだい」レッドハッグが言った。「次の店だ」とフジキド。「夜が明ける前に情報を掴まねば、探索が無駄になる」20
2015-08-12 01:05:11「つまりその……バッカスとかいうニンジャを……ブン殴ってやらないとね」「ディオニュソスの可能性もある」フジキドはワイングラスを空にし、店員に返した。「水をくれ」「ハイヨロコンデー」サイバーゴスが不意にフェードアウトし、しめやかなワルツが流れ出した。みな、隣の客と踊り出した。21
2015-08-12 01:08:58フジキドとレッドハッグもワルツを踊りながら、ロシア帽の男を探す。フジキドのステップはぎこちない。「この店には……ウーン……いないようだね」「帽子を脱いで預けている可能性は?」「それはない。絶対に脱がないんだから。でも、こういう店にアイツが来るとは思えないね、今にして思うと」22
2015-08-12 01:11:45「随分時間を無駄にしたぞ」フジキドが咎めた。「カッカしなさんな、そりゃあ、こんな夜もある。人生」レッドハッグが呟いた。「急がば回れ、サイオー・ホース」ワルツが終わり、再びサイバーゴスの冷徹なビートが戻ると、彼らは夜会マスクを返し、再び路上に帰った。次の店を求めて。 23
2015-08-12 01:16:09