司史生氏による映画「野火」(2014年版)評
- dragoner_JP
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映画館を出た直後は悪夢的な映像に圧倒されまさに言葉も無い状態でしたが、時間を置いてようやっと「野火」の感想らしきものをぼちぼちと。
2015-08-13 17:20:43以前にも呟きましたが、平成に入ってからの日本の戦争映画は、特攻隊という「悲劇の英雄/高貴な犠牲者」を題材とするものが大半で、二百万陣没者のほとんどを占める普通の兵士(しかもその半分は餓死溺死病死)を描いたものはほとんどありません。
2015-08-13 17:24:50ごく普通の日本兵の生と死を描いたのは、むしろ「南京!南京!」や「硫黄島からの手紙」などの海外映画でした。そこへ塚本監督が、かつて市川昆が映画化した大岡昇平「野火」の再映像化をするというので、これは見なくてはと思っていました。
2015-08-13 17:27:48自主制作ということで上映館が限られた「野火」は東京では渋谷ユーロスペースで上映。ところが私、方向音痴気味なうえここ数年渋谷に行ってないので、スマホの地図表示を眺めながら炎天下を彷徨う羽目に。暑いわ喉は乾くわ、メンタル的に早くも同調気味。
2015-08-13 17:32:32塚本監督の自主制作による低予算作品ですが、その映像と音響は圧倒的でした。熱帯のジャングルの過酷さと人間の業を描いた作品として「アギーレ・神々の怒り」を彷彿とさせる悪夢的な映画です。日本の戦争映画として、またホラー映画としても十指に挙げられるべきかと。
2015-08-13 17:37:09低予算でプロップや軍装には苦労したようで、車両は紙のハリボテなんだそうですが、全然わからんかった(笑)。ミリクラにはディテールに突っ込みも入るでしょうが、なにせレイテ戦末期の秩序崩壊したボロボロの敗残兵を描いた映画なので、あまりそこは問題ではないかと思われます。
2015-08-13 17:39:52そのかわり、市川監督の旧作では表現できなかっただろう凄惨過酷な表現は嫌ほど出てきます。この映画だからこそ意味のあるグロ描写にはけちらず予算が投じられています。一流の映像作家としての緻密な計算です。
2015-08-13 17:44:56状況が急転する度にブレたりオーバーラップする映像は予算の都合かもそれませんが、原作にある主人公の認識の混乱、意識の混濁を表現し悪夢感を高めます。
2015-08-13 17:47:30ギャラが出せない関係で塚本監督が主演し、他の出演者もほぼ素人ですが、戦場の敗残兵ということもあり訥々とした台詞回しはむしろ自然です。塚本監督はいささか年齢が行ってますが、大岡自身が壮年の老兵であり、真っ黒に汚れ困憊した敗残兵が老けていても不自然さは感じません。
2015-08-13 17:51:39「野火」はまさしく戦争の悲惨を描いていますが、情緒的な反戦映画ではありませんし、ましてやセンチメントに兵士を称揚する物語でもありません。しかしそのメッセージは、非常に重いものです。
2015-08-13 17:54:35「野火」では冒頭で敗残部隊が壊滅してしまった兵士たちの逃避行と、軍隊として秩序が崩壊する中でむき出しになる人間の性が「あれ」を頂点(というか人間性のどん底ですね)に描かれます。戦いの状況を描いたり、責任を問うものではありません。
2015-08-13 17:58:37大岡昇平自身は「死んだだ兵士たちに」と献辞に掲げた「レイテ戦記」を著し、レイテの戦いがなぜどうして行われたか、兵士たちがなぜそこで死んでいったのか執拗に解明追求しています。そしてこの「レイテ戦記」のエピローグでわすか数頁言及された敗兵の運命こそが「野火」なのでした。
2015-08-13 18:01:35いかなる経緯理由であれ軍隊としての秩序統制を失い、生存本能に根ざした原初的な人間集団に回帰した「野火」の兵士たちが直面するものは、実際のところもはや国家や軍隊にも帰しえない、個人としての倫理と人間性です。つまりこれは、時代状況によらず私たちも問われうることなのです。
2015-08-13 18:05:48かつての普通の日本兵=普通の日本人は、極限に追い込まれた時にこうなってしまった。現代の普通の日本人である私たちは、「野火」のような極限に対してなお倫理と人間性を維持できるのか。
2015-08-13 18:16:42戦後の平和と民主主義に育まれたはずの私たちは「野火」の兵士たちを、しょせんは悪しき軍国主義時代の教育を受けた人間だからと、宇宙人やゾンビのように別物として切り捨てられるのか。それとも同じ日本人であることを直視するのか。これは重い問いだと思いました。
2015-08-13 18:19:56