2015.8.1 渋谷区災害対策区民公開講座、石川秀樹先生基調講演その2「ドラッガーに学ぶ災害時のマネジメント」と、災害時医療のトリアージについて

「参考」と、わたしが思ったことも入ってます。自分のメモ的に作りました。
全国 災害 組織経営 避難所 医療 トリアージ
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あみこ @amiko178
さて過日の「渋谷区災害対策区民公開講座」東京都医師会救急委員会石川秀樹先生の基調講演その2「ドラッガーに学ぶ災害時のマネジメント」ドラッガーの言葉を挟みながら進み非常にわかりやすかったのですが言葉自体は今回は長くなるので(略) まずは東京都の東日本大震災被災地への対応から。
あみこ @amiko178
東日本大震災の被災地に東京都からは東京消防庁・東京DMAT・東京都医師会医療救護班が派遣された。宮城県の主な派遣先は気仙沼、2011年5月末まで52班。 (震災全体では100班のべ346名) 都の医療救護班の目的は基幹病院=気仙沼市立病院の支援、消防機関支援、搬送業務支援→
あみこ @amiko178
→地元医師会(死体検案、救護場診療)等々の支援。 気仙沼医師会災害対策マニュアルでは医師会副会長が市災害対策本部に入り連絡調整の予定が被災。震度5以上の地震後は医師会員は電話やファックスで医師会と連絡を取ることになっていたが通信は途絶。各医療施設に衛星携帯電話が配置されていたが→
あみこ @amiko178
→その情報が共有されていなかった。被災も甚大なため災害当初は徒歩での伝令や内線電話が主な通信手段となり、市立病院と市医師会長そして市医師会員とが直接つながれない状況であった。 そこで医療ネットワークの形成を手伝うことに。震災3日後からは情報の一元化が進んだ。→
あみこ @amiko178
「限られた時間でニーズを拾い、ネットワークを構築、次に繋げることが初動隊の指命」 東京DMAT(災害派遣医療チームDisaster Medical Assistance Team)について。 任務は現場における救急医療(地域内災害、地域内大規模事故、広域災害)患者搬送、→
あみこ @amiko178
→根本的治療。1チームは医師1看護士2業務調整1の4人。 しかし東日本大震災ではDMATへの批判も。移動能力・食事宿泊等の自己完結性の低さ/柔軟な対応できない(現場のニーズとらえられず重病者診療や広域搬送に固執、撤収時期に制限など)
あみこ @amiko178
DMATは華々しく扱われがちだが、東日本大震災では現場に着いたときには津波ですでに多くの方々が亡くなってしまっていた、むしろDMATの撤収後は日本医師会医療班(JMAT)全日本病院協会医療班(AMAT)がより長期に渡り支援活動を行っていた(DMATに比べると知られてないようです)
あみこ @amiko178
※私の独り言:東日本大震災では着いた時には津波で多くの方々がすでに亡くなってしまっていたため、自分達がほとんど役に立てなかった等の強い自責や後悔の念を、赤十字や他の医療関係者からも聞いたことがあります。その反省や犠牲者への思いを持ち続けながらどうしていけばいいのか考えているそう
あみこ @amiko178
東京都医師会救急委員会石川先生「ドラッガーに学ぶ災害時のマネジメント」続き。 東日本大震災を受け、東京都の災害医療のあり方についてが改めて議論されるように。 2012年9月時の、新たな災害医療体制のポイント 1フェーズ区分の細分化・明確化
あみこ @amiko178
2地域(行政区域)の実情、特性に応じた災害時医療体制の整備 ー災害医療コーディネーターの配置(区市町村、12の医療圏ごとの都地域、都全域 3医療機関、医療救護場の役割分担 4情報連絡体制の構築 5医療支援・受援支援 6搬送体制 7医薬品・医療資材の確保
あみこ @amiko178
3の医療機関、医療救護場の役割分担について。 従来は傷病者は医療救護所を一旦経由させてから各病院に運んでいたが、傷病者はやはりどうしても病院を目指すため、
あみこ @amiko178
すべての医療機関の役割を明確化した。 すべての病院を、 災害拠点病院(重症者受け入れ)75施設 災害拠点連携病院(中等症者)135施設 災害医療支援病院(専門治療・慢性期医薬)※選定中 のいずれかに位置づけ。
あみこ @amiko178
発災直後から災害拠点病院等の近接地に緊急医療救護所を設置、軽症者に対する応急医療処置等を実施する。 渋谷区の医療計画(2015.7) 区の災害医療コーディネーター 避難所は一時(いっとき)避難所、避難所(区立小中学校ほか)、避難所運営委員会(自主防災組織、PTA、学校などが運営)
あみこ @amiko178
医療救護所13箇所、うち10箇所は緊急医療救護所で、本部は区民健康センター桜ヶ丘 拠点病院は10、緊急医療救護所を兼ねる。 医薬品ストックセンターも。 自主防災組織のモデルは 副会長-会長 | 防災部長(情報連絡班・防火班・救出救護班・避難誘導班・給食給水班)
あみこ @amiko178
喉元過ぎれば熱さ忘るる。 災害ビックデータによれば、「耐震グッズ」「非常食」「耐震補強」などの検索は東日本大震災発生後急増したが、かくんと減り、1月9月や3月といった説目に少しあがるだけ。明らかに興味は失われていっているようだ。
あみこ @amiko178
つまり、自分自身をマネジメントすことが必要。「やらされる」のではなく、使命・目標を掲げ自ら真摯に取り組む。 では例えば、災害教育における学校の使命?→「平日の昼間=1年のわずか1/4を使い、残る3/4の時間に自分や家族を守れる児童生徒を育てる」のが必要になる(「釜石の奇跡」)
あみこ @amiko178
災害時は警察消防自衛隊等の救助関係機関やボランティア等が様々な支援。しかし避難所の把握や避難者ニーズ把握、食糧や水の確保等、避難所の開設・運営ノウハウを持つ人材は不足しているので、これらも上述の公的救助関係機関に頼らざるを得なくなり、本来の業務である救助活動が遅延。では誰が担う?
あみこ @amiko178
また、行政への過度の期待も生じる。 人は「私」としての扱いを求める=個別化、差別化を求める。阪神淡路大震災では避難所→仮説→災害公営住宅の方には神戸市は一人辺りに換算すると1300万円+様々な減免。しかし「市は何もしてくれなかった」と言う人も。役所の人も人間であり、被災者である。
あみこ @amiko178
誰にでも、どの組織にも、得手不得手があるのは当たり前なのである。 各々の強みを生かすようにするべきである。 行政が不得手な分野は、他組織や「自ら」が負担するべきなのである。 (各種団体、ボランティア、民間、自治会、町会など)
あみこ @amiko178
「ドラッガーに学ぶ災害時マネジメント」 避難所について。 避難所は行政が立ち上げる。 運営は地域の住民(避難所に集まる人々を知っている&普段からの地域との連携) 避難所になる学校では、教員こそが最も学校を知っている(導線確保、安全域死守、ライフライン確保等) 各々の強みを生かす。
あみこ @amiko178
避難所の構成員:地域住民、行政職員、教職員、帰宅困難者などなどなど、しかし「みんなが被災者として平等、みんなが参加者として平等」である。リーダーによる役割付与、自主的な役割分担などで全員参加による運営を目指す。
あみこ @amiko178
場の対策:清潔な環境維持(土足禁止など)、プライバシー配慮、バリアフリー化(ただし不活発化予防のためほどほどに)、要支援者への適切な場所の確保、視聴覚障害者・外国人への対策等 食事:特殊な疾患や消化や咀嚼に難ある人への配慮、食中毒やアレルギーに注意 情報:自ら情報を取りに行く、→
あみこ @amiko178
→その場しのぎの気休めを言わない、不確定情報は流さない(「わかりません」「調査中」など正直に)、担当者を決めマスコミの交通整理と逆利用。 そして避難所での生活の中では、トラブル防止のためにもルール作りが必要。
あみこ @amiko178
ところで「誰が『避難者』か」という問題 例えば、避難所にいないで自宅から弁当をもらいに来る人はO.K. ?との問い、阪神淡路大震災時の神戸市の答え:弁当をもらいに来る全ての人は避難者であり、避難所にいる人は就寝者。自宅大丈夫でもライフラインは崩壊、避難者用弁当は国庫負担なので→
あみこ @amiko178
→差別する理由がない、配食の際に「人口最大」(人が集まってくる)なので情報伝達に最適の時間帯。 阪神淡路で避難所経験者は最大でも2割弱であり、公的支援を必要とする人は避難所にいる人々より、もっと多数いる。
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