「第2次世界大戦中、日本軍はアフリカ東部の島国マダガスカルを潜水艦で攻撃した」三浦英之記者の呟き

①第2次世界大戦中、日本軍はアフリカ東部の島国マダガスカルを潜水艦で攻撃した。終戦70年。知られざる日本とアフリカの「戦場」を訪ねた。(写真はハワイで上陸用舟艇に積み込まれる特殊潜航艇=米海軍提供、朝日新聞社データベースより) https://twitter.com/miura_hideyuki/status/612605248209727488
特殊潜航艇 マダガスカル 三浦英之 潜水艇 朝日新聞 アフリカ史 ww2
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三浦英之 「水が消えた大河で」文庫化 @miura_hideyuki
①第2次世界大戦中、日本軍はアフリカ東部の島国マダガスカルを潜水艦で攻撃した。終戦70年。知られざる日本とアフリカの「戦場」を訪ねた。(写真はハワイで上陸用舟艇に積み込まれる特殊潜航艇=米海軍提供、朝日新聞社データベースより) pic.twitter.com/FpSFGbmeKt
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②マダガスカル北部の港湾都市アンツィラナナ。町の歴史館に勤めるカッサム・アリさん(83)は日本軍が攻めてきた日のことを克明に記憶している。「私は当時12歳。大人たちはあの日、『ついに日本がマダガスカルにも攻めてきた』と大混乱だった」 pic.twitter.com/5nAx82WeYW
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③当時、マダガスカルはフランスの植民地だった。第二次大戦が勃発し、フランスがドイツに占領されると、マダガスカルも親独政権の影響下に入った。そんな状況に危機感を抱いたのが英国だった pic.twitter.com/LvQtprR137
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④当時、日本軍は真珠湾攻撃を成功させ、インド洋での覇権獲得に乗り出そうとしていた。万一、親独政権が日本にマダガスカルへの駐屯を許してしまうと、西インド洋やアフリカ大陸が日本軍の攻撃にさらされてしまう恐れが出てくると英国は危惧した pic.twitter.com/fltbS1lu02
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⑤英国海軍は42年5月、ディエゴスアレスを占領。これを受け日本海軍は潜水艦部隊をマダガスカル沖に派遣した。5月29日に搭載機を飛ばしてディエゴスアレス湾に敵艦がいることを確認すると、翌30日の日没後に攻撃することを決めた pic.twitter.com/mTLtkxUbyf
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⑥攻撃に使用されたのは「特殊潜航艇」と呼ばれる2人乗りの小型潜水艇。全長約24メートル。通常は潜水艦の「背中」に乗って移動し、戦域近くで母艦を離れ、標的に近づいて魚雷攻撃することを目的としていた(写真は朝日新聞DBより) pic.twitter.com/s9RnZl8csO
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⑦当初3艇で攻撃予定だったが、1艇が母艦の故障で出撃不能に。2艇が湾に向けて出撃した。直後、悲劇が襲う。上空の搭載機が「湾内に敵なし」と誤断。司令官が「母艦に帰れ」と命令を下す。出撃してしまっている潜航艇に連絡をとる術はなかった pic.twitter.com/xz4sHMMSNN
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⑧敵艦は湾内にいた。2艇の特殊潜水艇は魚雷攻撃で英戦艦ラミリーズを大破、タンカーを撃沈する。その後、1艇が湾外で座礁し、乗組員の2人は漁民に助けられながらマダガスカル島に上陸。母艦との合流地点である島北部に徒歩で向かったとみられている pic.twitter.com/kSMKJELM2t
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⑨帆船をチャーターし、特殊潜水艇が座礁したとみられる現場に向かった。湾口外の無人島・ノシスアレス島に上陸すると、外洋側の岸壁近くの波打ち際にさびた鉄の塊を見つけた。だが、それが座礁した日本海軍の特殊潜航艇かどうかは確認できなかった pic.twitter.com/9BWvWmmDDQ
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⑩干潮を待ったが、波が強くて近寄れない。地元の漁民は「父親がこの浜で東洋人2人と出会い、食料を与えてマダガスカルの本島に運んだと聞いた」と話した。「間違いなく日本の潜水艦だ。半世紀以上、波に現れ続けながら、あそこで待っている」 pic.twitter.com/yLlWhWHGO1
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⑪2人の乗組員がたどり着いたとされる島北部のアンドラナボンダラニナ村にも取材に向かった。四輪駆動車で道なき道を4時間かけて到着すると、村の長老たちが当時の様子を記憶していた pic.twitter.com/33ryeAgemt
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⑫ジョウス・ドミニクさん(82)。「大人たちが英語もフランス語も話さない2人がいると大騒ぎしていた。彼らは仏語の『ジャポン』ではなく、『ジャパン』と言った。学校の校長が町まで通報しに行くと、英国軍が村に押し寄せてきたんだ」 pic.twitter.com/P0fh95X9pX
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⑬2人は北部荒野で英国軍に囲まれ、降伏に応じず、銃撃戦の末、殺害されたとされたとみられている。最古老ベジルさん(推定83)は「英国軍が2人を射殺したとき、村人が借り出されて2人を埋葬するよう指示された。私は怖く眠れなかった」 pic.twitter.com/4oSqsmzc38
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⑭2人が殺害されたとみられる現場周辺に立った。2人はどのような思いで母艦との集合地点を目指したのだろう。島北部にたどり着き、そこから泳いで渡るつもりだったか。あるいは初めからあきらめていたか pic.twitter.com/R6CgJgiK1f
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⑮一方、潜水艦では多くが乗組員の帰りを待ち続けていた。通信兵石川幸太郎の艦内日誌が残されている。《6月1日m昨日に引き続き捜索。手掛かりなくむなしく過ごす。連絡電波など一生懸命聴取するも感度なし、湾内に待敵しているのではあるまいか pic.twitter.com/AQUEApSKSg
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⑯捜索は翌6月2日に打ち切られ、潜水母艦は海域を去った。日誌を残した石川通信兵もその後、ソロモン海戦で戦死。まだ27歳だった。 pic.twitter.com/ZGXZmeTu3l
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⑰未来を選ぶためにも、まずは歴史を知ることが大事だのだと思う。現地の地元紙は昨年、日本軍の攻撃をテーマにした記事を掲載した。編集長は「今、日本人を憎んでいる人はほとんどいない。ただ、歴史は歴史として語り継がなければいけないと思う」 pic.twitter.com/AHEK2T3sC8
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⑱攻撃に使われた特殊潜航艇はそもそも海中での迎撃用に開発され、小回りがきかないため、湾内攻撃には不向きとされた。それを承知で軍上部は真珠湾攻撃のほか、マダガスカルやシドニーでの「奇襲作戦」に利用した。結果、誰一人帰らなかった pic.twitter.com/3AbpkN49Sd
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⑲彼らが夢見た日本とはいかなる国だったか。私たちは今、先人たちの思いを踏みにじってはいないか。アフリカの地にいても、日本の「戦後」が問い掛けてくる(終) pic.twitter.com/hhC2ko3wIO
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コメント

游鯤 @yusparkersp 2015年8月17日
「親独ヴィシー政権下のマダガスカルを占領した英国艦を日本が攻撃した」これが「日本がマダガスカルを攻撃した」になる歴史修正主義w
謎の男 パーマン @nonenoname01 2015年8月18日
ちょっと調べたらバレる事を、こうして堂々と発表するのはどうなんでしょうかね?
Hoehoe @baisetusai 2015年8月18日
ドイツからの要請だったはずだが
シウニャン@塗山蘇蘇就是俺的小狐仙 @koiuds 2015年8月20日
この記事を書いた記者が「朝日新聞」という時点で記事の趣旨は疑ってかかるべし。共産主義者の主張を疑ってかかるのと同様に。 書かれた記事は事実でも、記者はペテンにかけてるかもしれないからだ。 だから我々はこの記事の「揚げ足を取って」、この記者の幼稚な主張を嘲笑せねばならない。
スイカさん@真空パック @suika069 2015年8月20日
真実はコメント欄に…まぁ、朝日だしなぁ
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