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#実態的コーヒー文化史 関連まとめ

#珈琲咖啡探索隊 という東アジア漢字文化圏の探索ゲーム(自生的に発生してしまったもの)が、2015年08月現在、なぜか駆動しています。http://togetter.com/li/855864 それとは別に、“実態としての”コーヒー文化史についての記述を別立てして記述する必要が出てきました。(2015.08.19 昼以降) 要するに、〈焙煎法〉〈抽出法〉〈カフェ(喫茶店)〉等の、語彙と無関係にも語りうるものの食文化史についての言及を分けて纏めたくなり、こちらのものを立てました。 #珈琲咖啡探索隊 のまとめと分けるため、こちらは編集権限を絞ります。
人文 コーヒーの歴史 食文化史 コーヒー
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Y Tambe @y_tambe
「コーヒーゼリーの起源」をトゥギャりました。 togetter.com/li/862172
Y Tambe @y_tambe
日本におけるコーヒー黎明期の「歴史」は、利害関係者による怪しげな供述が多い分野なので、きっちり、がっつり書誌文献による検証が重要だと思っている(訳:いいぞ、もっとやれ
Y Tambe @y_tambe
これは素晴らしいまとめ。 .@tricken さんの「【おおむね解決】「珈琲」と「咖啡」の差は19世紀以前のどこで生まれたか? 日本語と漢語のそれぞれの展開をdigる」をお気に入りにしました。 togetter.com/li/855864
Y Tambe @y_tambe
これはリアルタイムで参加したかった。長崎寄合町諸事書上控帳(1797年)の「コヲヒ豆」表記の話は既出?「【おおむね解決】「珈琲」と「咖啡」の差は19世紀以前のどこで生まれたか? 日..」 togetter.com/li/855864#c209…
Y Tambe @y_tambe
現代のコーヒーの起源と考えられているのは、15世紀のイエメンですね。それ以前の記録として、9-10世紀アッ=ラーズィー『医学集成』11世紀イブン=スィーナー『医学典範』があるものの直接の関係はないという説が根強い(続 twitter.com/tricken/status…
Y Tambe @y_tambe
@tricken @ttt_cellule 承前)15世紀は、イエメン(ラスール朝)のアデンに鄭和の第5回(1417)、第7回(1433)宝船船団が来た時期でもある。ただし、彼らが来たときにイエメンでコーヒーが普及していたかというと微妙なところで(続
tricken / Muneyuki Takahashi @tricken
! これは初出です! "@y_tambe: これはリアルタイムで参加したかった。長崎寄合町諸事書上控帳(1797年)の「コヲヒ豆」表記の話は既出?「【おおむね解決】「珈琲」と「咖啡」の差は19世紀以前のどこで生まれたか? 日..」 togetter.com/li/855864#c209…"
tricken / Muneyuki Takahashi @tricken
すごいな、まだまだ〈図書館〉技能がクリティカルしますね
Y Tambe @y_tambe
@tricken @ttt_cellule 承前)『コーヒーの真実』の著者アントニー・ワイルドなどは、逆に鄭和らが来た際に中国茶を知った人物が、その代用品としてコーヒーを考案したという説を唱えています(彼女は一介のジャーナリストで、あまり根拠はない仮説なのだけど)
Y Tambe @y_tambe
@tricken 私も現物を見たことがないのですが、「こをひ豆」「コヲヒ豆」のいずれかだと思われます。一応これが、コーヒーが文献に現れた最初だと言われてます。それから、大田蜀山人(南畝)の「瓊浦又綴」(1804)、これも原典未確認ですが1908年の蜀山人全集3では「カウヒイ」表記
tricken / Muneyuki Takahashi @tricken
@y_tambe ありがとうございます。確かにどこかの議論経由で「蜀山人も言及していた」という話はあった気がしますが、原典コミで呈示があったのは今回が初であったように思います。いま @ttt_cellule さんが表を作ってるので少しずつ一覧できるようになるはずです。
Y Tambe @y_tambe
@tricken ああ、奥山先生のベースにしてるのであれば、おそらく「コヲヒ豆」も漏れはないはずです。
Y Tambe @y_tambe
@tricken @ttt_cellule 11世紀から15世紀までコーヒーは文献上途絶しているのだけど、イエメンと同じアラビア半島のペルシャ湾側、ドバイ近郊のクシュという12世紀頃の遺跡から、イランや中国の陶片と一緒に、炭化したコーヒー豆が出土したという報告も(続報待ちですが
Y Tambe @y_tambe
中国とペルシャ、あとインドとかのコーヒー史はホント、ブラックボックス。基本的には(実は古い栽培地であるインドを除けば)どこも、一応知ってはいたけど普及しなかったというのが多分正しい。中国なんか、韓国からさらに遅れてやっと近年消費拡大しつつあるし。
Y Tambe @y_tambe
中韓の消費が拡大してるのが最近、というと驚く人も多いだろうけど、まぁ60年代からの、国際コーヒー協定(ICA)の枠組があって、そこに消費国として加入してた日本とは立場が違う。
Y Tambe @y_tambe
国際コーヒー協定の破綻が1989年頃なので、「10年以上前」でも、おそらくはその後ですね。中国では、おそらくもっとも「先進的」だった香港でも、コーヒーそのものでなく、鴛鴦茶なんかがまだ多かったと思います。 twitter.com/SankichiMurata…
tricken / Muneyuki Takahashi @tricken
@y_tambe ひとつ自分の側で学習の浅いところがあったかもしれないので、質問させてください。先ほど「『医学集成』『医学典範』」のコーヒー記述は直接関係がないというお話でしたが、「煎らないコーヒー」という理解で合ってますでしょうか。
tricken / Muneyuki Takahashi @tricken
@y_tambe (承前)今回の主題は19世紀前後の明清-江戸明治の「コーヒー」言説が主軸だったため、お恥ずかしながら「アラビア半島での」「焙煎系コーヒー豆」の文献的典拠を(少なくとも僕は意図的に)後回しにしていたのですよね。
tricken / Muneyuki Takahashi @tricken
@y_tambe (承前)そのため、15cイエメンの頃のコーヒーが、果たして「焙煎を取り入れているけど、(今で言う)トルココーヒー」的なものなのか、それとも「焙煎を取り入れた上で、ドリップ(and/or サイフォン)コーヒー」的なものなのか、については調べていないのでした。
Y Tambe @y_tambe
@tricken 良くわからない、というのが正直なところです。具体的な製法に言及がなく、またその後の文献途絶もあって、これが本当にコーヒーを指すのかを疑問視している人もいます。
tricken / Muneyuki Takahashi @tricken
たぶん、イエメン(オスマントルコ帝国領内)ならまだトルココーヒーだというふうにぼんやり推測していたけど、では「ドリップ式抽出(ネル/ペーパー)」「サイフォン式抽出」はそれぞれどこで派生的に出来たのか、とかは、今回ぜんぜん外していた。これはまた別途珈琲趣味関係者で掘れそう。
Y Tambe @y_tambe
@tricken 承前)「医学集成」は、現在は散逸してしまったと言われてますが、これを引いた文献によれば「ブン/ブンカ」という、何らかの植物の果実や種子を煮出す薬に関する言及があったとのこと。で、15世紀以降のアラビア語では「ブン」が概ねコーヒーを指すため、関連指摘されてます(続
Y Tambe @y_tambe
@tricken 承前)「医学典範」にはラテン語版があり、そこには「ブンクム(ブンカム)」という薬が出てきます。ただし、これには「アニゲイレン(という植物)根とも言われる」などの注釈もあって揉めてる。またどうも「ブンクム」は、特殊なかたちの種子を指す語でもあった模様。
Y Tambe @y_tambe
@tricken 以前、私論をまとめたブログですが、詳しくはそこに。 d.hatena.ne.jp/coffee_tambe/2…
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コメント

未知神明(みちがみ・あきら) @ontheroadx 2015年8月18日
http://kuroimajyo.com/sougyousya/ 戦後の珈琲の話では「米国製の珈琲は酸化した香り!」と言っている福田規雄(手塚治虫の旧制中学時代の同級生)の話が面白いです。
tricken / Muneyuki Takahashi @tricken 2015年9月2日
まとめを更新しました。( #珈琲咖啡探索隊 に関連して出てきた「“実態的” “現象的” 文化史」はこちらに入れることにしています
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