【邪悪の樹――三ツ牙】最終戦闘フェイズ――クリフォトの胎

ここで終わり、ここで、
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マリア・ガルシア @ro_akiyui

「形への執着ですか……私にも身に覚えがありますね……」 ふう、と。渦巻き始めた戦乱の前座、『貪欲』と言うらしい人の発言に溜息を吐いた。黄金石のように輝きながらも絹のように柔らかく流れる金の髪を一房掴んで持ち上げる。 「私も随分されましたので……ええまあ、鑑賞物としてですが」

2015-08-18 02:06:01
マリア・ガルシア @ro_akiyui

歩けない。動けない。掴めない。何も出来ないのに其処にいさせる。自由は無く、愛されることだけをされていればいい。『色欲』に求められたのは、人形として其処に在ることだったり 歩けない。動けない。掴めない。何も出来ない。ああ、それは。 ——最初から無いのと同じではないの?

2015-08-18 02:06:14
マリア・ガルシア @ro_akiyui

ふふりと笑う。摘んだ自分の金糸と、戦場を動く金糸を見比べて、自己の美しさを再認識する。ふふり、ふふり。『色欲』は、楽しそうに笑っていた。 「生きていればいいなんて、随分と傲慢なんですねえ、あの方」

2015-08-18 02:06:23
【拒絶(アポーリプシー)】 @rripsi3rd

鮮血の匂いも、凍てつく寒さも、青年には届かない。 「傲慢、か。……分からなくはないんだよな、生きていれば、というのも」 己が身を犠牲にする戦い方を厭わない仲間と、彼等を奪おうとする宿敵から、目を逸らさずにひとりごちる。

2015-08-18 23:38:16
【拒絶(アポーリプシー)】 @rripsi3rd

【色欲】が紡いだ言葉。敵の一人の言葉。先の戦いでは、自分にこそ向けられた言葉。 誰かのために覚悟を決めた相手の生存だけを望むのは、確かに傲慢だろうとも。羽を切らぬままに鳥を籠に閉じ込めるようなものだ。

2015-08-18 23:38:28
【拒絶(アポーリプシー)】 @rripsi3rd

籠を開けてしまった自分は全てを失くして諦めて、羽を切ろうとする彼女は今も足掻くことが出来ている。世界の条理に従えば、正しいのは常に勝者であり生者だ、彼女だ。けれど。

2015-08-18 23:38:37
【拒絶(アポーリプシー)】 @rripsi3rd

頼むと一言で預けた【無神論】、目線だけで応じた【無感動】。約束を果たせなかった不義理な仲間もいたというのに、今も揺るがずにお互いを信じている二人が、敗者(まちがい)となるはずがない。

2015-08-18 23:38:49
【拒絶(アポーリプシー)】 @rripsi3rd

無意識に開いた手が空を切る。杖がない。自分は何も出来ない。それが口惜しい。 「分からなくはない。それでも、命だけ残された状態を、『生きている』とは言わない」 それが『生きている』ということならば、自分も   も邪悪に墜ちなどしなかった。

2015-08-18 23:39:03
【拒絶(アポーリプシー)】 @rripsi3rd

何を掴めない手をもう片手で握りしめる。あの戦いで教会に仇なした死者が神に縋るなどそれこそ傲慢というならば、今はそうあろう。仲間が、また、まだ、信じているのだから。

2015-08-18 23:39:35
【拒絶(アポーリプシー)】 @rripsi3rd

――なぁ、僕と、そしておそらく   には、見向きもしてくれなかった神様。 選ぶことを拒まなかった【無神論】を、愛してはくれませんか。 唯一となった絆を絶つまいとする【無感動】に、微笑みかけてはくれませんか。

2015-08-18 23:39:58
マリア・ガルシア @ro_akiyui

——分からなくはない。 その言葉に、『色欲』はふうんと興味無さそうに返す。「心が広いね」私には分からない。首を傾げ、『拒絶』の言葉に耳を傾ける。懐かしい彼の語り口は、その座に対して相変わらず穏やかであった。 「『生きている』、か……」 茫洋と戦場を眺めながら、呟く。

2015-08-20 01:17:41
マリア・ガルシア @ro_akiyui

生きていれば良かったのだと『無神論』が泣いていた。『色欲』はそれまであえて見ないよう、聞かないよう努めていた『醜悪』の姿に意識を向けた。醜い蜘蛛のような形をしたその女を、その最期を見届け、彼は何処か満足そうに、けれど悲しそうに、微笑んだ。

2015-08-20 01:17:48
【愚鈍】イーリシォーティータ @ToeIlith

見ている。見ている。見ている。 目を閉じた。閉じたはずで、それが最期だったはずで。けれど音が、声が、聞こえたから目を開いた。眼差しは夢現、遠い幻を見ているよう。ただ眺めている。肖像画を抱えていた形のままの腕中が空になっていることにも気付かずに。ただ見ていた。四つを。見ていた。

2015-08-18 16:53:58
【愚鈍】イーリシォーティータ @ToeIlith

……嗚呼。選んだのだ、と思う。選んだのだ。全ては選択の先に。積み重ねた選択の先に。その結末は、そのときを迎えるまでわからない。選んでも選んでも、正しさも過ちも、何もそのときにはわからない。それでも選ぶしかなくて、選んだのならその結末は受け入れる他になくて。声を聞く。目を伏せた。

2015-08-19 19:47:54
【不安定】アスタージア @toe_asta

音、こえ、言葉。耳が拾うすべてを不安定は聞いていた。取捨選択の先が広がる視界は塞いで、鬱いで、後悔とは違う重たさに漏らした言葉にきっと意味はない。 きっと、そう、ここは間違いの無い世界ではなく、正解がない世界だったのだろう。 「――――、は」 口をついて出てくる言葉を繰り返す。

2015-08-20 00:06:39
【不安定】アスタージア @toe_asta

遠く、遠く、歩く先にもう見ることの無いなにかに、置き去られてしまったかのような感覚。寂しいという感覚。 心細さと、終わる命の切なさに、覆う手をひとつ、伸ばしてなにかに触れられたらとさ迷わせ――彼らと闇を掴もうとただ、懸命に。

2015-08-20 00:06:42
【不安定】アスタージア @toe_asta

無意味だと知っていても、いまは伸ばさずにはいられない。 不安定は闇を引っ掻いて、隔てる幽暗の壁に傷をつけてしまいたくて仕方ない。 ああ、なんて。なんて、

2015-08-20 00:13:30
物質主義(イーリズモス) @ylismos

動かぬ貪欲が見知らぬ誰かに抱きしめられているのを、彼女は見ていた。 彼の掌底で、彼の禍罪で醜悪がバラバラになっていくのを、彼女は見ていた。 見ることしか、出来なかった。ひたすらに見続けた緑を、彼女は、一度だけ、伏せた。それは痛みに堪えるようにも見えた。泣いているようにも見えた。

2015-08-20 04:04:11
物質主義(イーリズモス) @ylismos

それでもまた、しばらくして、緑は現れる。ぼんやりとした、『物質主義』らしからぬ『物質主義』の瞳は、戦場を見やる。 貪欲を抱きしめる誰かを、嗚咽を零す彼を、彼女は見つめる。 見ることしかできない彼女は何も分からないまま、ただ自身の思うが儘に目を逸らせず、その緑瞳を戦場に向けていた。

2015-08-20 04:06:50
【拒絶(アポーリプシー)】 @rripsi3rd

心が広いねという言葉に、苦い笑みを返す。 「いいや、そんなことはない。多分、僕も、……遠い昔に、同じことを思った。そんな気がしただけだ」 お前が傍にいてくれたら、もうそれでいい、それだけでいいよ、と。その相手のことを思い出せないのだから、とんだお笑い種だ。

2015-08-20 23:43:53
【拒絶(アポーリプシー)】 @rripsi3rd

戦場に目を向ける【色欲】に一度視線を流す。同じ色の髪を……そう形容するにはそれ以外があまりにも違いすぎる存在を見る彼の笑みは、変わらずひどく綺麗だった。けれど、今この賛美は何より不要だろうな、と心にしまう。

2015-08-20 23:44:02
【拒絶(アポーリプシー)】 @rripsi3rd

【無神論】の絶叫が響く。ああ、同胞が哭いている。暫く時を置いてようやく応えた【無感動】の声に、深く息をつく。 髪をかきあげようとして、ふと瞠目した。腕の、色が。溶けて、消えて、なくなるような錯覚。もしも、本当の終焉が、近いなら。

2015-08-20 23:44:17
【拒絶(アポーリプシー)】 @rripsi3rd

――どうかせめて、彼等が無事に帰り着くまでは。

2015-08-20 23:44:28
マリア・ガルシア @ro_akiyui

同じことを、と。同じ願いを、と。『色欲』はふうわりと微笑んだ。 「そう。そう、君も、人だものね」 目を閉じ、開く。今は動かぬ『醜悪』の姿に、『色欲』は心の中の何かが晴れるような心地がした。涙が微かに出た。 「そう、この体でも泣けるの。そう……」

2015-08-21 00:50:43
マリア・ガルシア @ro_akiyui

透けた掌に落ちた涙を握って、『色欲』は見る。『無神論』を、『無感動』を。違えることなく、仲間のままでいた彼らを見る。 「良かった」 『色欲』は心の底から嬉しそうな顔をした。良かった、良かった、良かった。彼らは生きている。ならばきっと、これからもどこかへ行くのだろう。

2015-08-21 00:51:12