@jai_an先生の【年賀状】1~40

前回20までをまとめましたが、とりあえずその後投稿された40までを追加してまとめ直しました。100まであるって仰ってたな・・・
23
芦田宏直 @jai_an

【年賀状1】 昨年のメディア界は、Twitter現象に代表されるように「ソーシャル元年」と言われました。

2011-01-06 02:49:56
芦田宏直 @jai_an

【年賀状2】 私のSNS(Social Networking Service)体験は、mixiが最初でしたが、Social Networking Serviceとは言いながら、人の交流がそこで活発になるとは思えなかった。

2011-01-06 02:50:59
芦田宏直 @jai_an

【年賀状3】 ミクシィ(MIXI)は2ちゃんねるや一般的な掲示板にくらべて、会員制による属人性が高い分、荒れる度合いは格段に減ったが、結果的には、孤独なBLOGの書き手が、より反応性の高い媒体に移っただけのこと。Facebookも変わりありません。

2011-01-06 02:51:06
芦田宏直 @jai_an

【年賀状4】 この反応性は囲い込まれた分、生じた反応性であって、決して〈ソーシャル〉と言えるものではなかった。ブログに同じ傾向の人間が集まったように、ミクシィ(MIXI)にも同種の人間が集まっただけだったのである。

2011-01-06 02:51:14
芦田宏直 @jai_an

【年賀状5】 同種の人間が集まることは、なぜ〈ソーシャル〉でないのか。それはいつも排除の論理を前提にしているからである。

2011-01-06 02:51:18
芦田宏直 @jai_an

【年賀状6】 なぜ、ブログやミクシィ(MIXI)は排除を含むのか。それは平均性や傾向性を前提にするからである。

2011-01-06 02:51:23
芦田宏直 @jai_an

【年賀状7】 平均性や傾向性はなぜ生まれるのか。それは反省の時間や観察時間のスパンを長く取る記述の形式を取っているからである。

2011-01-06 02:51:28
芦田宏直 @jai_an

【年賀状8】 お昼に手軽なカレーライスを食べて、そこそこ美味しくても、ディナーで素敵なご馳走を食べたら、その日の(終わりの)日記は、ディナーの話になる。

2011-01-06 02:51:33
芦田宏直 @jai_an

【年賀状9】 たった1日の出来事でさえ、それを就寝前にまとめようとすると、一番印象に残ったものによって、1日が「まとめられる」。

2011-01-06 02:51:38
芦田宏直 @jai_an

【年賀状10】 もともと「まとめる」という行為は、時間のスパンを長く取るということです。

2011-01-06 02:51:42
芦田宏直 @jai_an

【年賀状11】「まとめる」とは、一つの、あるいはいくつかのテーマによって、1日の出来事の凹凸が平均化され、傾向を持った一つの塊として見なすということです。

2011-01-06 02:52:22
芦田宏直 @jai_an

【年賀状12】「人間性」「人格」「個性」「自主性」「性差」などもまた、時間のより長い観察や分析の結果、「まとめられた」ものに過ぎない。

2011-01-06 02:52:27
芦田宏直 @jai_an

【年賀状13】「まとめる」という長時間観察・分析は、「人間性」「人格」「個性」「自主性」「性差」、あるいは「メーカーと消費者」などのそれぞれの凸凹を取り去って(つまり昼食のカレーライスの出来事をないものとして)、ひとつの抽象物(物語)を作る上げているわけです。 

2011-01-06 02:52:52
芦田宏直 @jai_an

【年賀状14】ブログ、ミクシィ(MIXI)、Facebookなどのソーシャル性は、結局、この凸凹を平均化した「人間」を前提しています。人の行動を一人の名前や仕事や趣味を持った「人間」の「行動」、「主体の行動」として前提しているわけです。

2011-01-06 02:53:10
芦田宏直 @jai_an

【年賀状15】ここでの(ブログ、ミクシィ、Facebookなどの)情報は、詳細化すればするほど、「人間」に帰属するものとして表れます。人間性(=名前)が強化されていくわけです。いま、ミクシィ(MIXI)とFacebookとは、この帰属性を強化する度合いを競っているわけです。

2011-01-06 02:53:18
芦田宏直 @jai_an

【年賀状16】言い換えれば、人間には色んな断面があるということを、「色んな断面を持つこの人間」というように〈名前〉に帰属させるのが、ミクシィ(MIXI)やFacebookのもつ属人性の特長です。

2011-01-06 02:53:24
芦田宏直 @jai_an

【年賀状17】そこでは、どんなに情報交流を活性化させても、各人の所有物のように情報を扱うため、結局、AさんはAさん、BさんはBさんというように人間的人格的に再認されるしかない。これらの情報交流は人格的差別を再認するためのものでしかない。 

2011-01-04 05:04:25
芦田宏直 @jai_an

【年賀状18】だからこそ、ブログ、ミクシィ(MIXI)、Facebookなどのソーシャル性は、ぐるっと一周して同種のものの交流にしかならない。「会ってみよう」という気にならない。「なんとなくわかる」からです。そこには「驚き」がない。その意味での「広がり」がないわけです。

2011-01-06 02:53:39
芦田宏直 @jai_an

【年賀状19】結局、それは、まとめてしまうからです。そもそも〈名前〉とは、まとめの総称のように思われている。「ソーシャルグラフ」もまとめです。それは「グラフ」と言われれば空間的なように見えますが、実はそれらは時間の累積です。累積した時間を平均化したものに過ぎない。 

2011-01-06 02:53:46
芦田宏直 @jai_an

【年賀状20】Twitterが従来の人間的なソーシャルメディアと異なるのは、情報(つぶやき)を、人という単位にまとめないこと。たしかに誰のつぶやき?ということを意識しようと思えば意識できますが、タイムラインには〈現在〉という同じ権利でもって「つぶやき」が並列して流れていきます。

2011-01-06 02:54:02
芦田宏直 @jai_an

【年賀状21】 人は観察の時間や分析の時間を短くすればするほど共通点が見えてきます。それは物理の加速器の原理に似ています。極小化の度合いは、宇宙の果て(end)の遠さの度合いに相関しているわけです。(1~20はここに→ http://ow.ly/3xRvI

2011-01-05 08:25:13
芦田宏直 @jai_an

【年賀状22】人間の観測・分析も身長や顔の大きさで切り取れば、まだなお自他の差は目立ちますが、刻みをどんどん小さくしていけば、共通“部品”度は増大します。個性、自己表現ばやりの昨今ですが「細胞の個性」まで訴える人は細胞学者くらいなわけです。

2011-01-06 02:55:26
芦田宏直 @jai_an

【年賀状23】加速器の性能は物質を小さくすることの性能に相関していますが、観察や分析の単位を小さくすることは、その場合、広がりを大きくすることに繋がっているわけです。Twitterの場合には、それが〈現在〉という時間の単位だったわけです。

2011-01-06 02:55:33
芦田宏直 @jai_an

【年賀状24】傾向性の最小値を求めるという点で、Twitterに於ける〈現在〉は、人間の微分なわけです。

2011-01-06 02:55:37
芦田宏直 @jai_an

【年賀状25】 夕食のディナーには、オレは貧乏だから関係ない、と言っていた人も、お昼の昼食用のカレーライスには関心を示すかも知れない。1日の関心の当て方には、その人のライフスタイル、社会性、人格が反映しますが、〈現在〉で切り取れば、接点が出てきます。

2011-01-06 02:55:42