僕のリアリティ - 序章

@sakstyle さんのtweet 僕のリアリティ - 本編 http://togetter.com/li/8663 のプロローグ RTされた @hazuma さんの元tweetを併記しました
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東浩紀 Hiroki Azuma @hazuma

構造/物語/萌え、あるいはそうね(対応できるかわからないけど)、form / content / textuality みたいな三層構造があったとして、宮台=大塚は決定的に「内容の解釈」をしているひとなんだけど、ぼくはやはりどこかズレているんだな。

2010-03-08 16:09:12
東浩紀 Hiroki Azuma @hazuma

Avatarの物語がどうでもいいのは自明として、黒沢清氏が言っていたのは、構造=形式=フレームの問題としてもダメだよね、ということ。対して村上隆氏が言っていたのは、それと別にもうひとつ、textuality、つまり画像の不気味な手触りの話があるということで、ぼくはこれは同意する。

2010-03-08 16:13:44
東浩紀 Hiroki Azuma @hazuma

ぼくが動ポモの3を書くとすれば(書くのか?)、そんな美学的な話をすればいいのかなあと、そんなこと考えてました。1は社会学編、2は文芸評論編なのだけど、3があるとすれば、もうそういうこと考えるしかないし。そうすれば、ぼくの変なこだわりも、ようやくわかりやすくなるかもしれない。

2010-03-08 16:18:42
東浩紀 Hiroki Azuma @hazuma

そしてそんな倒錯的で前性器的な「なにか」が、視覚的で近代的な主体を迂回して(視覚性と近代性の関係についてはクレーリーなど参照)、そのままとても静謐で形式的な擬似ー超越論性(たとえばメタフィクション的自己言及)に流れ込んでしまう、というのがぼくの考えるセカイの原理なんですよね。

2010-03-08 16:32:28
東浩紀 Hiroki Azuma @hazuma

この観点で切れば、「存在論的、郵便的」と「動ポモ」第3章がじつに近いことを言っていることが、わかるひとにはわかるかもしれない。

2010-03-08 16:34:02
シノハラユウキ @sakstyle

RT @hazuma: 構造/物語/萌え、あるいはそうね(対応できるかわからないけど)、form / content / textuality みたいな三層構造があったとして、宮台=大塚は決定的に「内容の解釈」をしているひとなんだけど、ぼくはやはりどこかズレているんだな。

2010-03-08 21:05:07
シノハラユウキ @sakstyle

RT @hazuma: Avatar、黒沢清氏が言っていたのは、構造=形式=フレームの問題としてもダメだよね、ということ。対して村上隆氏が言っていたのは、それと別にもうひとつ、textuality、つまり画像の不気味な手触りの話があるということで、ぼくはこれは同意する。

2010-03-08 21:05:52
シノハラユウキ @sakstyle

RT @hazuma: ぼくが動ポモの3を書くとすれば(書くのか?)、そんな美学的な話をすればいいのかなあと、そんなこと考えてました。1は社会学編、2は文芸評論編なのだけど、3があるとすれば、もうそういうこと考えるしかないし。

2010-03-08 21:06:30
シノハラユウキ @sakstyle

RT @hazuma: そしてそんな倒錯的で前性器的な「なにか」が、視覚的で近代的な主体を迂回して(視覚性と近代性の関係についてはクレーリーなど参照)、そのままとても静謐で形式的な擬似ー超越論性(たとえばメタフィクション的自己言及)に流れ込んでしまう、

2010-03-08 21:07:13
シノハラユウキ @sakstyle

「ktkr」って感じだったので、RT連投。 RT @hazuma: この観点で切れば、「存在論的、郵便的」と「動ポモ」第3章がじつに近いことを言っていることが、わかるひとにはわかるかもしれない。

2010-03-08 21:08:40
シノハラユウキ @sakstyle

テクスチャと過視性が繋がるんだなってことで、嬉しくなった。僕は前々から動ポモは第3章こそが重要で、データベースとか動物とか実はどうでもいいよとか思っていたのでw その後の東浩紀の仕事においても言及が減っていったのが残念だった

2010-03-08 21:13:07
シノハラユウキ @sakstyle

郵便的→過視性→超平面性→創発神学→(キャラクターの話)→テクスチャって感じで繋がっていくかなあ。だからまあ、東の仕事の中から消えてるわけじゃないけど。東哲学なるものがあるとして、僕はここが根幹だと思ってるけど、一般的にはあまりそう思われてない気がする

2010-03-08 21:17:24
シノハラユウキ @sakstyle

異なる世界(ないしシステム?)を繋ぎ止めてるような何か。近代は、物語やform(あるいは視覚的なもの、またはreprensentation?)によって、異なる世界ないしその縫合に接近する。この場合、異なる世界ってのは「見えないもの」ってことになるか。

2010-03-08 21:23:36
シノハラユウキ @sakstyle

それに対して動ポモは、直に異なる世界に触れちゃうよう感覚があることを提示してる。それが超平面性だったりテクスチャだったり言われてるものじゃないかと

2010-03-08 21:23:51
シノハラユウキ @sakstyle

で、なんでktkrなのかと言うと、筑波批評冬号に書いた自分のフィクション論の構図とほとんど同じだからw まあ、東的スキームから逃れようとした部分もあるから、喜んでもいられないのだが、東的な思考から逃れられないのは仕方ないのかもしれないw

2010-03-08 21:27:06