10周年のSPコンテンツ!
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cawori @cawori1022
私は母子家庭だったけれど「お母さんが家に居なくて可哀想」と言われると悲しくなった。でも「お留守番出来るなんてえらいねー!」と言われたら誇らしかった。「弟の面倒みなきゃいけなくて可哀想」と言われると悲しかったけれど褒められると「だって私はお姉ちゃんだから!」と自分が誇らしかった。
cawori @cawori1022
「お父さんが居なくて可哀想」ではなく「お母さん頑張り屋さんで凄いね」と言われると子供ながらに母をとても誇らしく思った。褒めてくれる大人が居れば「誇りのある子」なれる。でも「可哀想」と言う大人が居ればその子供は「可哀想で卑屈な子」になってしまう。本当に可哀想なのは一体何なんだろうか
cawori @cawori1022
そう言えば、小4の時母が再婚し転校した時に「うちは本当のお父さんじゃないんだ」と友達に言ったら「きゃ〜ドラマみたいでかっこいい!」と羨ましがられ私はそれ以来それすら誇りにしてしまっている。子供なんてそんなもん。憐れむのは大人だけ。
cawori @cawori1022
そして親の離婚や再婚を経験する友達の相談を10歳ながらにこなしてもいた。一緒に泣いてみたり励ましたりしながら自分の経験や言葉や行動が誰かの力になるのだという事を学んだ。そして良い友達になれた事が何より嬉しかった。「痛みが分かる」事は悲しい事ではなくとても大切な事なのだと思えた。
cawori @cawori1022
「子供達には悪いけどお母さん自分の為に離婚したの、我慢できなかったのよねー」と母は常々開き直っていた。だから「あなた達の為に」という言葉は聞いた時がない。その事に気が付き感謝したのは中学生の時。「私達のせいにしなくてありがとう」と言ったら真っ赤な顔をして驚いていた母を覚えている
cawori @cawori1022
母親の帰りが遅く好きなテレビを観ながら納豆ご飯を子供だけで食べるのもたまになら別にどうって事なかった。小1でお米を炊き弟に食べさせ茶碗を洗い寝る準備が出来る自分が達成感と共に誇らしかった。小さな子供にだって人の役に立つ喜びがありそれを生かすも殺すも受け取られ方次第なのだと思う
cawori @cawori1022
でもやっぱり心細い。母が帰ってくるまで無意識の中で心細いのが本音だった。弟を守らなくてはと気を張っていた。だから上着も脱がず真っ先に「ありがとう、助かった」と心から頭を撫でられ母の温かさに触れるととても安心した。欲しいのは「ごめん」ではなく母の無言のしっかりとした温かさだった。
cawori @cawori1022
確かに母子家庭の子供は少しだけ早く大人になる。反抗期には自分の境遇が拍車をかける。でも歪んだ父母に挟まれ探り合いをする箱に居るよりは1人足りないシンプルな箱の方がまだマシと思う。どの道誰しもが大人にならなければいけないのだから、その時期が早かろうが激しかろうが大した問題ではない
cawori @cawori1022
子供は在るがままを受け入れる力がある。無力という言葉にも置き換えられるけれど、選択出来ない代わりに大人よりも遥かに強い「受け入れる力」を備えている。だから疑う事なく受け入れられる子供の力を母親が信じる事。そして何より母親が選択した道を後悔せずにいる事、それが子供の安心なのだと思う
cawori @cawori1022
母子家庭の4歳〜10歳の6年間父に会いたかった。繋がらないと知っている電話番号にこっそり1人で電話をしていた。ずっと夢の中の王子様状態だったけれど17歳になり父と交流し始めた私は母に言った。「お母さんが別れた理由が分かった。別れて正解だったよ」と。母と娘でニヤリと笑い合った。
cawori @cawori1022
母は父から一切の援助を受けず6年間の母子家庭時代を乗り切った。弟1歳〜6歳、私4歳〜10歳。その間は死に物狂い。まさに命を削って先の見えない毎日をやり過ごしていたのだと思う。小さな会社の事務から始まり、自分のやりたい事を見つけ自力で開業もした。母30代前半。今の私には真似できない
cawori @cawori1022
雨が降っても台風でも前と後ろに小さい私達を乗せ自転車をこぐ母。坂道になると二人で「おかーさんがんばれ!おかーさんがんばれ!」と母の背中や腕を叩くのが決まりだった。母が笑っていたからなんとなくゲーム感覚の楽しい記憶として残っている。「子供がいたから頑張れた」と今でも母は言う。
cawori @cawori1022
ちなみに40歳からの母は駄目駄目である。しっかりしてよ…と思う事が盛り沢山あるけれど、あの6年間で彼女は一生分の生命エネルギーを全て使い果たしたのだと思うと「しょーがねーな」と思う。彼女がどんな事をやらかしても最終的に私が行き着く場所はあの6年間の彼女の功績への尊敬だったりする。

コメント

言葉使い @tennteke 2015年8月29日
幕末にアメリカから書籍「自助論(西国立志編)」が翻訳されて、「天は自らを助けるものを助く」という言葉が知られたとき、「かわいそう」と言われ続けることに違和感を感じていた人たちが、ずいぶん救われたと聞いたことがあります。慈悲や哀れみは、自分が努力しても駄目だったときに必要なんであって、努力する前は何か違う。
なつき @natsukissweet 2015年8月29日
「相手が誇りに感じるようなことば」探したくなる
シービー @MrCB_Harukaze 2015年8月29日
細部は違うけど、あのころの自分 >
Cook⚡10月はADHD啓発月間! @CookDrake 2015年8月29日
とても大事なことを言って下さった。子どもは誇りある存在。それを忘れた大人が哀れむ。
義明_雑談用 @yoshiaki_idol 2015年8月29日
NHKの72hで、東京の24時間営業してる八百屋を取材した回の時に、韓国人の母子家庭で小学生の姉弟が買い物に来て姉が料理を作ってやってる所を観て泣けてきたのを思い出した。
Cook⚡10月はADHD啓発月間! @CookDrake 2015年8月29日
CookDrake でも同時に忘れたくないことは、周りが「子どもの誇り」に甘えて消費してはならないよねってこと。この方が踏ん張れたのはお母様と信じ合い支え合える関係があったからだと思う。その根底の信頼なしに頑張りだけを押し付けられていたら、誇りはいつか消費されてしまうかもしれない。「母と娘でニヤリと笑い合」うことができる関係なのが素晴らしいと思います。
nekosencho @Neko_Sencho 2015年8月29日
他はともかく台風のときに自転車はやめよう、まじで命が危ない
歯齦 @shigin_shiniku 2015年8月29日
なんていうかうまく言葉がまとめられないけど…すごく平凡な、特段問題のない家に産まれて普通に生きてきたけど、あらためて親を誇りに思うというか、ありがたみが分かりました。一時期親元離れてたときはよく分かってたことなのに、近くにいるとすぐ分からなくなるね。 親、大事にします。思い出させてくれてありがとう。
カリソメ @karisomenoaka 2015年8月29日
30代は気力でなんとかなるけど40歳を越えると体力がガクッと落ちるからなあ。その頃は子供さんもしっかりした年齢になって、守らなきゃ守らなきゃと気を張らなくてもすむし、脱力しちゃうわなw
箸呂院マジチキ @kairidei 2015年8月29日
子供は偽りには敏感だよなと。(大人も)
angel as ㌵㌤の猫 @angel_p_57 2015年8月29日
いいお母さんだったのだろうな。
大好き祖国! @pipikooko 2015年8月29日
母子家庭=可哀想ではないという主張に胸が痛くなりました。
たま @nac03056 2015年8月29日
そういうものなのか。乗り越えた人の言葉はいつも勉強になる。
Azimong @ruribitaki6 2015年8月30日
とても良いまとめ。この方もお母様も素晴らしい。色んな人の人生を後押ししてくれるように感じます。涙と同時に力も出てくるような気がしました。
獅子さん שישיסן @shishisan3 2015年8月30日
この人は母親に恵まれたからこんなに強くなれただけだな。いい事だが自分と比較するとみじめに
ぐれさん @grethlen 2015年8月30日
そうそう、小学生くらいで母子家庭化しても、子供には自分達は可哀想なんて自覚なんて生まれないんだよな。本当にその通りで、周りの大人が「可哀想」と言えば、ああ自分たちは可哀そうなんだなと思うしかない。むしろ遅くまで好きなテレビ見られたりゲームできたりするし気楽とすら思うわけ。んで成長してくうちにボディーブローのようにじわじわと自分たちの境遇を理解する。
やわらか @yawarashi 2015年8月30日
純粋にお気に入りった。
はざや @qp_hazaya_qp 2015年8月31日
じーんと心があったかくなりました。うらやましいな(*^^*)
fortunan @fortunan 2015年9月5日
大人は余計なことしてるんだなと考える部分も多い
Burdockflower-love @hHQ5jfQx2uZNAOy 2015年12月17日
^ ^こんばんわ…おつかれさま!私も、生まれも育ちも、母子家庭で、20位で結婚して、25歳で離婚したから、🙇云わせて、、、2度母子家庭に、なりました。まだまだ小さな女の子を連れて…新しいお家に、お引っ越しして…先は住宅街、、、涙も枯れることなく、、、自分はかれて、お陰様で娘も、、、お嫁にいけた、、、この奇跡、、、孫も2人、自分の子供のように、、、愛したのもつかの間に、育て方が良かったのか?みんな、、、自分の世界を、羽ばたいております。人を助けて、、、自分は、沈没!そんな才能があるんです。
アンジェ @oleE6nlaIIhZkrf 2016年2月12日
こんばんわ、ありがとうございます。おつかれさま、夜分失礼致します…私自身、産まれて間も無く父親が他界致しました。辛いものなんにも感じないままに、成長しましたが、母親が不安定な精神状態だったので、苦しみました。生真面目な母親だけに、苦しみと哀しみから中々立ち上がれなかった!そんな感じが致します。何度も刃物をむけられ、涙ながらに!一緒に死んでくれ!と云われることの繰り返し〜母は子育てと、やるせなさの間で闘っていたのでしよう…春近し…草々
アンジェ @oleE6nlaIIhZkrf 2016年2月24日
こんにちわ。あらためて読ませていただき良いお母様だと思いました。ウチは大変でした。6歳の兄を頭に⒋歳の姉、真上のとおり産まれたばかりの私をおいて父親は、京大病院で亡くなりました。母の苦しむ姿を観て苦しみました。3人もおりますと…おそらく再婚も難しく〜それどころではなかったと察します。私を産んでから直ぐですので、産後の日立ちも悪かったのか…以来、母はずうっと頭がおかしいです。94歳になりますが、まだマシになってきたように思います。いつの日か若い父が迎えに来てくれるのを信じて待つております。
Burdockflower-love @hHQ5jfQx2uZNAOy 2016年6月25日
こんにちわ。子供って一人産んで、誰も手伝ってくれなくて、もの凄くしんどかったら、二人目、三人目とは作れないものだと個人的には感じました。自身はこの一人が大変だったので、、、でも孫は普通に楽だし、たのしいでした…ぜんぶ、4.5年前の追憶でございます、、、ロバートレッドフォードさんの映画、追憶、良かったです。淀川寄りデシタ。
Burdockflower-love @hHQ5jfQx2uZNAOy 2016年8月25日
こんばんわ。お疲れさまでした…お陰様で母も自身もシングルマザーでしたが…シングルマザー生活保護ではありませんでした…この御母様の様に切り替えができなくて…お父さんも男、お母さんも女…人間らしく生きるほうが…優しくなれる様な気が致しました…
Burdockflower-love @hHQ5jfQx2uZNAOy 2016年8月25日
すいません…もしも?お父様に逢いたいのなら…いつでも御逢いになれば納得できると思います…親子であることは変わりません…会いたくないと言っても…拒否することはできません…
believe @aLdQYdQ2qEKmDSm 2018年1月10日
御両親のお祖父ちゃんとか、お婆ちゃんにとっては、可愛いマゴですから、思いっきり、天えてね。
アリ〜 @Rn3oAxnzuRvPt9l 2019年1月12日
お母さまの立派な御姿を間近で観られて成長されたことは生涯の宝物になると思います。
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