終末期の食事についてAprildiamond(@ Poker_April)氏の連ツイ

終末期の食事についてAprildiamond(@ Poker_April)氏の連ツイまとめ
健康 医療
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Aprildiamond(坂山) @Poker_April
終末期の食事の件 運転しながら考えてたら、全方向から殴られかねない内容になってしまった件について 今回は、今回だけは、一部分だけ取り出さないでね と前置きして、ビクビクしながら呟く
Aprildiamond(坂山) @Poker_April
というのも、昨日の話じゃないけど「一般的に信じられてること」が実際は正しくないよ-みたいな内容にもなるから 信じている人は一般の人もそうだし、医療従事者もそう だから変えるにはエネルギーがいるし、本当に一杯の要素が関わる。理想論と現実が異なる面もある
Aprildiamond(坂山) @Poker_April
自分はがんの終末期が専門で、あとは勤務先と性格上 高齢者を見ることが多い そんな人間の一つの考え方と思っていただければ
Aprildiamond(坂山) @Poker_April
癌の終末期における食欲不振の主原因は悪液質であって、悪液質の患者にカロリーを何らかの形で補給しても余命の延長効果はなさそうだ。 これは経口摂取も補液も経管栄養も変わらない。 また、生活の質も同じく変わらないようだ。
Aprildiamond(坂山) @Poker_April
だが、「末期がん患者の食欲不振は 全て悪液質が原因だ」と言ってしまうとこれは言い過ぎになる 末期がんでも飢餓になって食欲不振が加速する患者は存在するし、化学療法、イレウス、便秘、うつ、脱水など 鑑別すべき病態は山ほどあり、その鑑別は決して易しくない
Aprildiamond(坂山) @Poker_April
一旦鑑別には目をつぶって(後で再度言及する)、「この患者はどう考えても悪液質からくる食欲不振だよ」とはっきりしているとしよう。 言い換えれば「この患者には、経口摂取を無理やりさせても、点滴しても、経管栄養しても、余命も変わらないし生活の質も向上しない」と判断した場合。
Aprildiamond(坂山) @Poker_April
まず、医療従事者側はその事実を共有する必要がある。「この患者・家族の前では、食事に関する話題は気を配るべきだ」ということも同時に共有する。これはそこまで簡単ではない。当病棟でもよく失敗するから。
Aprildiamond(坂山) @Poker_April
「食べなきゃ元気になれない」「しっかり食べないと大きくなれないよ」と言われず日本で大人になった人は、ぼくはいないと思う。一般のかたも医療従事者も無意識にそれは頭に刷り込まれている。だからこそ難易度が高いのだ。
Aprildiamond(坂山) @Poker_April
患者にとって、食事が食べれないことは頭のなかで容易に死と直結する 「食べることが趣味だ」という人もいっぱいいる 食べれないということは、単に栄養補給という意味では片付かず、誇張でも何でもなく、人としての尊厳にすら関わる
Aprildiamond(坂山) @Poker_April
だからこそ、食事を普通にできる、健康な我々医療従事者の何気ない一言が 患者に突き刺さるのだ このことは強調してもし過ぎることはないと思う
Aprildiamond(坂山) @Poker_April
医学的知識だけを考えるならば、悪液質による食欲不振の患者に無理に食事を薦める必要はない 食べたいときに食べたいものを食べてもらえればいい それがなんであっても全く構わない その医学的事実を慎重に伝えるだけで十分だろうか もちろんそうではない
Aprildiamond(坂山) @Poker_April
患者と家族の立場に変わろう 「今まであなたは別のことを信じていたでしょうが、実は今は食事を無理に食べなくても命は縮まないのです。食べたいときに食べたいものを食べるのが一番なのですよ」と言われただけで 納得するだろうか? そんなわけはない。
Aprildiamond(坂山) @Poker_April
医療従事者は「理想的には」、患者・家族の心情に配慮し、食べられないこと 及び 自分が信じていたこととは違う状態に自身・家族がいるということ による精神的・霊的苦痛にも配慮すべきである
Aprildiamond(坂山) @Poker_April
そのためには「どうして患者は食べられないと思っているのか」「食事が患者に与える意味とは何なのか」「患者の人生観は」「家族は食事を薦めることでどのようなことを期待しているのか」「『無理に食事を薦める』裏にある家族の感情は」「本人家族の病状認識はどうか、そこに否認はないか」など
Aprildiamond(坂山) @Poker_April
考え、情報を集めねば答えられない問いは山ほどある。 「理想的には」じっくり時間を掛けてこういった話を聞くことが 精神的・霊的なケアの第一歩になる
Aprildiamond(坂山) @Poker_April
だが、実際はそんな時間がすべての病院で取れるわけではない 正直当病棟ですら怪しい なので「現実的には」別のアプローチを取ることもある
Aprildiamond(坂山) @Poker_April
そのときは「これは理想解ではない」という自覚は持ってもいいんじゃないかと思っている。 そう思うことは言い訳だけに見えるかもしれないけど、ひとつ大きなメリットがある。
Aprildiamond(坂山) @Poker_April
それは、「この患者・家族は理解力がない/困った患者だ」と医療従事者に浮かぶことが少なくなること(皆無ではない)。 自分が理想的な手段を取っていないのだから 患者・家族が理解しないのはそっちのせいかもしれないやん? 理想解取ってれば食事の裏にある家族の憤りに気づくかもしれないやん?
Aprildiamond(坂山) @Poker_April
僕は弱い人間だから「俺は悪くない! 患者・家族が悪い!」って思って心の安定を保ったこともある。 でも、冷静に思い返すと「俺もうちょっとやりようあったよな・・・」って凹むことも多い。【心に余裕があるなら】心のなかでも患者・家族はできるだけ悪者にしないようにしようよという僕の倫理観
Aprildiamond(坂山) @Poker_April
さて、鑑別の話に戻ろう 緩和ケアの仕事を初めて8年くらい 癌の患者を見てなら10年以上こんな仕事してるけど、実際自信持って「この人絶対悪液質!」って言える患者さんはほとんどいない気がする 「多分そう」「まあ悪液質でしょう」はあっても
Aprildiamond(坂山) @Poker_April
そうすると、現実解の一つとしてこういうのが思いつく 「脱水かもしれませんから、点滴して様子を見ましょうか」 これはそこまで責められる方法ではないと思っている
Aprildiamond(坂山) @Poker_April
幾つか付帯条件はつける ・悪液質に対する医者の見通しを述べる(患者が拒否しない限り) ・あくまで一時的な手段であって、状態が変わらなかったり、逆に悪化した場合は点滴を止める方針であると前置きする
Aprildiamond(坂山) @Poker_April
「医学的事実」でも500mlの点滴が患者の状況を劇的に悪くすることなどほとんどありえない。 むしろ生活の質という面で 針を刺されるとか 点滴に繋がれるとかそっちのほうがよっぽど影響が大きい。 数日間の点滴が医療費に与える影響も殆ど無い
Aprildiamond(坂山) @Poker_April
BadNewsを伝えるワンクッションとしても、飢餓・脱水の見落としの保険としても、500mlの輸液はそこまで捨てたもんではないと思う。理想解ではないとしても。
Aprildiamond(坂山) @Poker_April
輸液や経管栄養(胃瘻からの投与を含む)に関しては、途中でやめられないというのは誤りだと僕は思う。ある医学的介入がマイナスの効果しかないと判断されたならば、逆に医療従事者はその介入を止める義務がある
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コメント

水牛・sui @suigyu703 2015年9月7日
まとめを更新しました。
わい(ry @waidottowai 2015年9月7日
食への欲求と、食欲は別なんだよね。消化器系がダメになってる時、食欲はないんだけど、欲求は普通にある。医療行為としての絶食指示やそもそも食欲が無いとしても、他人が食べてたり匂いが漂ってきたりするだけでストレスがマッハですわ。食事のことを話す程度ならいいけどね。先のない終末期なら、当人が本当に食べたいと思っているのなら可能な限り食べさせてあげるべきだと思うけど、食べるべきだと思わされてるだけなのなら、それは不幸しか生まない。その思いを植え付ける輩は排除すべき。
ぐは @densuke 2015年9月7日
こういうの見ると、twitterの弱いところなんだろうな。冒頭で「一部だけでとりあげないでね」としても、煽り連中は素知らぬ顔で特定ツイート取り出してくることでしょう。
永瀬唯 @kakansaku 2015年9月9日
胃瘻が始めたらやめられないってのがウソだってこと、こないだ初めて知りました。 例 『ナイチンゲールの市街戦』。
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