perry_lawtonさんの考える「組曲」とは

perry_lawtonさんが考える「組曲」について語ってくれたツイートをまとめてみました。
音楽
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perry_lawton KUBO @perry_lawton
【組曲の話】① 純音楽において、長い管弦楽などの部分を数か所抜粋したものを「組曲」と称することが多い。これは、演奏会などで取り上げられやすくなる、あるいは原曲を知る橋渡しになるなど、色々な理由があるのだろう。
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【組曲の話】② 一般の聴衆は、映画音楽の組曲も同様なものとして捉えてしまうのではないか。しかし、映画音楽は演奏会にかけるために書かれたものではないし、映画から離れて音楽として独立して聴かれるために書かれたものでもない。また、全曲を連続して演奏するために書かれたものでもない。
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【組曲の話】③ したがって、映画音楽を演奏会にかけるためには、前述の差異を乗り越えるために、原曲を演奏会用に「作り変える」作業が必ず出てくる。その「作り変えた」ものに対して「組曲」という言葉を安易に使っていいのだろうか。元の映画音楽を聴いているという誤解を招かないか。
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【組曲の話】④ 伊福部昭先生ご自身が映画音楽を演奏会用にまとめられた例を思い出してほしい。「SF交響ファンタジー」、そして「交響ファンタジー『ゴジラVSキングギドラ』」。いずれも「組曲」ではなく「交響ファンタジー」。つまり映画音楽ではなく演奏会用の新しい曲だと明示されている。
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【組曲の話】⑤ 近年、伊福部昭先生の映画音楽のうち何作かが「組曲」という形で演奏会にかけられた。だが、聴いた印象から想像される成立過程は、「現存する楽譜に目を通し、これを演奏会に向いた構成や編曲に直して仕立て直す」といったところではないか。その過程に重大な落とし穴はないか。
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【組曲の話】⑥ まず第1に、純音楽の楽譜と、映画音楽の楽譜の違いをきちんと認識していただろうか。純音楽の楽譜は、作曲家にとっては「完成品」であり、書くべきこと、伝えるべきことは全て楽譜の中にある。あとは演奏家の解釈に委ねるのが基本姿勢。
perry_lawton KUBO @perry_lawton
【組曲の話】⑦ もちろん、演奏家の側からすれば、楽譜だけではなく、その曲を書いた作曲家やその曲が書かれた背景や書かれた時代などなど、さまざまな探求をして、その曲の核心に迫ろうとしますけれどもね。
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【組曲の話】⑧ 映画音楽の楽譜の場合、これはあくまで映画音楽の録音セッションのためのものでしかない。つまり、作曲家本人が現場へ行って指示を出す前提で書かれている。複数の場面の共用スコアでは、どの場面ではどのテンポでどの楽器を外して、といった細かい指示がその場で出される。
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【組曲の話】⑨ そうしたことは楽譜を睨むだけでは読み取れない。更に大事なことは、映画音楽は純音楽と違い「明確な目的意識をもって設計されている」。何を表現するためにこの曲のこの部分がこうなっているのか、ということは、映画とていねいに向き合わなければ、楽譜だけでは理解できない。
perry_lawton KUBO @perry_lawton
【組曲の話】⑩ 原曲には明確で繊細な設計があるのに、楽譜だけ睨んでいるからそれが全く理解できていない。あるいは理解しようとしていない。原曲に対する尊敬がないから、「こうすれば良くなる」という理屈で演奏会用にさまざまな改変を加えて本来の意図を塗りつぶしていく。
perry_lawton KUBO @perry_lawton
【組曲の話】⑪ だんだん脱線してきたので、各論はまた次の機会にします。ただ言えることは、あのような曲にするなら「伊福部昭の曲想による交響ファンタジー」といったような傍題を必ずつけるべき。それなら『ゴジラ』でも何でもお好きにどうぞ。(いやほんとは良くないけど…)
perry_lawton KUBO @perry_lawton
【組曲の話】⑫ 原曲に対する尊敬がないから、簡単に切り刻んだり並べ替えたり継ぎ足したりできる。私はそう思います。…もちろんあれを聴いてそう思わないという意見もたくさんあるでしょう。あれが良いか悪いかは意見が分かれるし、喜んでおられる方の方が多数派なのかもしれません。
perry_lawton KUBO @perry_lawton
【組曲の話】⑬ あの「組曲」が素晴らしい作品か、あるいはとんでもない冒瀆か。ここではあえてそれは脇へ置きましょう。ただ、伊福部昭先生が書いた長い曲を単に一部抜粋したもの、という誤解を招くような「組曲」という言葉を、あのようなパッチワークに使うことは間違っています。
perry_lawton KUBO @perry_lawton
【組曲の話】⑭ ですから、編曲者の名前を「大きく」出して、「伊福部昭の曲想による交響ファンタジー」といった点を明記した題名で発表し、映画音楽を題材にした新しい曲だとわかりやすく明言することが、伊福部昭先生に対する最低限の礼儀だと私は考えます。(①~⑭でおわり)
perry_lawton KUBO @perry_lawton
【組曲のテンポの話】① 映画音楽と舞踊音楽。一見似たようなこのふたつの、大きな違いは何か。「映画音楽は、映画に合わせて演奏する。」「舞踊音楽は、音楽に合わせて踊る。」つまり、テンポやダイナミズムその他もろもろの基準は、映画音楽では映画にあり、舞踊音楽では音楽にある。
perry_lawton KUBO @perry_lawton
【組曲のテンポの話】② 舞踊音楽では音楽のテンポはスコアに指定がある。♪=60 という比較的厳密な指定もあれば、andante のように比較的緩やかな指定もある。またいずれも目安であるから、演奏者の判断でこれらを多少逸脱しても「解釈」の範囲。作曲者はそうした前提で曲を書いている。
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【組曲のテンポの話】③ 映画音楽(ここでいうのは伊福部昭先生が主に使ったスタイルについて)では、音楽のテンポやタイミングは映画に基準がある。スコアにテンポが書いてあったとしても、それは映画のタイミングに寄せるための目安でしかない。映画のテンポやタイミングからの逸脱は許されない。
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【組曲のテンポの話】④ もちろん、伊福部昭先生が書いた映画音楽のスコアの中には、画面との連携を重視しない曲(特に現実音楽など)もある。だがそうした曲は、そうした「意図」の下に書かれている。テンポを細かく合わせる曲もそうでない曲も、全て設計があり意図がある。
perry_lawton KUBO @perry_lawton
【組曲のテンポの話】⑤ テンポの話で最も槍玉にあがるのが『海底軍艦』。映画製作は押せ押せで、作曲の時間も大幅に制限されただろうことは想像に難くない。だが、さればこそ、複数の場面に共通スコアを使う手法を強く押し出し、しかもそれを手抜きではなく絶妙な表現手法に昇華させている。
perry_lawton KUBO @perry_lawton
【組曲のテンポの話】⑥ 『海底軍艦』では、メインタイトルのあのモチーフが映画の中に繰り返し登場し、その都度テンポや構成がその場面に合わせて絶妙に使われており、同じモチーフがさまざまな表情を見せる。作品全体を通じてどう変化し何を表現するかということがきちんと設計されている。
perry_lawton KUBO @perry_lawton
【組曲のテンポの話】⑦ 以上のような舞踊音楽と映画音楽、それを演奏会用の組曲にまとめる場合、テンポはどうなるか。舞踊音楽の楽譜自体は、観衆に生演奏で聴かせる目的で仕上げられているから、特に楽譜の改変や指示の追加などは必要ない。例えば、
perry_lawton KUBO @perry_lawton
【組曲のテンポの話】⑧ 良く演奏される『ダフニスとクロエ』の第2組曲は、全3部からなる原曲の第3部をほぼそのまま抜粋したもの。また『くるみ割り人形』の原曲は、序曲+全2幕からなるが、第1・2幕は更にそれぞれ複数の小曲からなるので、組曲ではこの小曲を幾つか抜粋して並べ替えている。
perry_lawton KUBO @perry_lawton
【組曲のテンポの話】⑨ それだけの違いでしかないので、楽譜自体に基本的な違いはなく、原曲と組曲でテンポの違いによる違和感が出ることも当然ない。しかし、映画音楽『海底軍艦』の楽譜は観衆に生演奏で聴かせる前提で書かれているわけではなく、映画に合わせて録音するセッションのためのものだ。
perry_lawton KUBO @perry_lawton
【組曲のテンポの話】⑩ 指揮者は楽譜と映像の両方を見て指揮棒を振る。特に『海底軍艦』のようにテンポの違い等で音楽の表情が大きく左右される場合、テンポの緩急は映像に大きく影響を受ける。映画音楽の楽譜はその前提で書かれている。
perry_lawton KUBO @perry_lawton
【組曲のテンポの話】⑪ そうした前提で書かれた楽譜だけを持ってきても、映像と楽譜の両輪でこそ読み取れる音楽設計は消え失せてしまう。したがって、演奏会用組曲にまとめるためには、楽譜を「作り変え」なければならないが、そこでまず原曲の設計がこぼれ落ちてしまう危険がある。
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コメント

hoshinoruri @hoshinoruri16 2015年9月16日
まとめを更新しました。
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