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中ザワヒデキ文献研究 「赤裸々な束子」2015年度第07回 2015年9月16日(水)[実況] #文献研究

中ザワヒデキ文献研究 2015年度第07回 2015年9月16日(水)19:00-22:00 美学校の実況ツイートなどを中心に
アート 文献研究 中村政人 中ザワヒデキ 美学校 村上隆
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外山恒一 @toyamakoichi
第11号を9/4に発行したばかりの『人民の敵』bit.ly/1L04ahF 、1週間と措かずに第12号完成! もっとも11号は8/1発行予定で12号は9/1発行予定だったんだけれども(笑)。
外山恒一 @toyamakoichi
よーするに『人民の敵』bit.ly/1L04ahF 第12号(本日発行)は、1.鎌田哲哉氏欠席裁判座談会、2.鎌田氏を囲む座談会のはずが鎌田氏のあまりの大幅加筆により実質的に鎌田氏の独演会、3.千坂恭二氏を囲む座談会、の3コンテンツ!
中ザワヒデキHidekiNAKAZAWA @nakaZAWAHIDEKI
.@bigakko @misonikomioden @GNorikno @soonchee3the @eri_takada @鶴巻さん @佐藤さん 【明日】中ザワヒデキ文献研究2015年度第07回。講義用覚書作成しました aloalo.co.jp/nakazawa/2015/… #文献研究
中ザワヒデキHidekiNAKAZAWA @nakaZAWAHIDEKI
.@bigakko @misonikomioden @GNorikno @soonchee3the @eri_takada @鶴巻さん @佐藤さん 【明日】『ガロ』誌連載「赤裸々な束子」。1992-93年、「中村と村上」と周辺の美術動向をリアルタイムに記事化しました #文献研究
中ザワヒデキHidekiNAKAZAWA @nakaZAWAHIDEKI
カンパした→届いた→読んでる→最強面白い RT @saqrako: 『人民の敵』bit.ly/1L04ahF 11号、山本桜子は東野大地・外山恒一との鼎談で、「3331」周辺への独自調査から、アート業界における”日本会議”的なものと広告業界志向等について話しまし
みそにこみおでん @misonikomioden
中ザワヒデキ文献研究2015年度第07回(20150916) ustre.am/U3v7 で配信中です。ぜひ観にきてください!
みそむーおでん @misoni_2013
中ザワヒデキ文献研究2015年度第07回(20150916) ustre.am/U3v7 で配信中です。ぜひ観にきてください!
みそにこみおでん @misonikomioden
.@nakaZAWAHIDEKI 中ザワヒデキ文献研究2015年度第07回(20150916) ustre.am/U3v7 で配信中です。ぜひ観にきてください!
千坂恭二 @Chisaka_Kyoji
外山恒一活動報告誌『人民の敵』12号は、鎌田哲哉氏の過剰な校正に対する眞壁、東野、外山の三君の「欠席裁判」的座談を前口上とした、鎌田哲哉氏との対談。もう一つは、私と、桜子、東野、外山の4人での座談。意識して発言する者は、ボードレールのいう精神のストリッパーでなければならぬと思う。

実況ツイートはその場で話を聞き書き起こしているため、誤字脱字、筆者の誤読等あり、発話者の意図と異なることもあります。

また特に注がなければ中ザワヒデキによる発言、あるいは中ザワヒデキによる文献の内容です。


みそむーおでん @misoni_2013
1991年にガロ(青林堂)にて連載していた。 ガロは初代編集長は長井勝一。 アングラ系の漫画雑誌。 彼の死後に分裂、主だったスタッフにより青林工藝舎ができた。 中ザワ連載時以前の表紙は湯村輝彦が担当。 美学校的には神保町に拠点があった繋がり。
みそむーおでん @misoni_2013
漫画雑誌なのでマンガを描いた。 しかし必ずしもマンガが求められたわけでなかったがあえてマンガを寄稿。 「しーじー○○」や先週呼んだ幽体離脱論など。
みそむーおでん @misoni_2013
イラストレーターだったので美術から距離を置く、というスタンスだったが美術で面白い動向がありそれを現場で見た。 結局同時代的に記録したのは中ザワの文章くらいしかなかった。 これはこれから行われる中村政人展に繋がる内容として読んでおきたい
みそむーおでん @misoni_2013
しーじー○○が飽きた旨を書いている。 つまり昔話をガロの作家表現をパロって描くというマンガで、そのようなパロディが面白いという時代の作品であり、なにか言いたいことがあるという作品でもない。
みそむーおでん @misoni_2013
パロディものなので自分の感情など無いというスタンスが反芸術、シミュレーショニズムだが、91年までやってたことに飽きてしまい、自分を吐露するという赤裸々な私(束子)という作品に
みそむーおでん @misoni_2013
パロディとシミュレーショニズムについてごっちゃに述べているが、差異にすべきところとごっちゃで良い部分がある
みそむーおでん @misoni_2013
椹木野衣によりサンプリングカットリミックスが述べられたが、それは60年代の前衛とはそれぞれ具体的に明確に違うと述べるが、しかし誰も聞いてないのにあえて違いを述べるほど似ていて、つまり位相は同様だと。 だからパロディとシミュレーショニズムはごっちゃに述べてよい、ということになる
みそむーおでん @misoni_2013
筆者注)92年に中ザワが出したクイズにだまされたみそに
みそむーおでん @misoni_2013
YMOとエキスポ YMOの時はシンセサイザーだが、エキスポがコンピューター。 山口優がわざと間違えることを始めた。 つまりコンピューターでわざわざ下手くそなドラマーが叩くという打ち込みをしてて、それが音楽で、そのビジュアル版をやろうと思ったことがバカCGにも繋がる。
みそむーおでん @misoni_2013
赤裸々な束子第3回 ご金髪にルー口紅とは 『ガロ』1992年9月号、pp.262-263。 韓国で行われた中村と村上展の話
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