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2011年1月9日

宗教という語を使わずに宗教論をする困難さ-〈人間〉主義と宗教概念批判-

@mittskoさんが苦闘しておられることについて。
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アブラクサス・アイオーン @Abraxas_Aeon

【カントの人間学】再読。読み込めば読み込むほどフーコーがカントの『人間学』を読解した時に得た「〈人間〉の死」の直感と人間主義に対する抵抗としての思索が、最晩年ま... http://book.akahoshitakuya.com/cmt/7435572 #bookmeter

2011-01-04 22:24:34
KONDO Mitsuhiro 近藤光博 @mittsko

素晴らしい一言評!宗教学者こそ読むべき、と思わされました 感謝 RT @Abraxas_Aeon: 【カントの人間学】再読。読み込めば読み込むほどフーコーがカントの『人間学』を読解した時に[…] http://book.akahoshitakuya.com/cmt/7435572

2011-01-04 22:27:09
アブラクサス・アイオーン @Abraxas_Aeon

@mittsko ありがとうございます。実はこの間の『道徳の系譜』を見て、ずっと気にかかってたところでもありましたw。

2011-01-04 22:34:24
KONDO Mitsuhiro 近藤光博 @mittsko

宗教概念批判の理論的な射程は めちゃくちゃ広くて深いですよ

2011-01-06 19:01:07
KONDO Mitsuhiro 近藤光博 @mittsko

それはまだまだ全然ッ!ホントに全く!くみ取られてないんです

2011-01-06 19:04:03
KONDO Mitsuhiro 近藤光博 @mittsko

つまりそれは、「宗教」についての語りを見事に一新するはずのものなんです 概念使用の深澤先生的な道具主義的達観、では 本来抜けきれないもののはずなんです

2011-01-06 19:11:05
アブラクサス・アイオーン @Abraxas_Aeon

RT @mittsko: 宗教概念批判の理論的な射程は、めちゃくちゃ広くて深いですよ。それはまだまだ全然ッ!ホントに全く!くみ取られてないんです。

2011-01-06 19:51:21
アブラクサス・アイオーン @Abraxas_Aeon

RT @mittsko: つまりそれは、「宗教」についての語りを見事に一新するはずのものなんです。概念使用の深澤先生的な道具主義的達観、では、本来抜けきれないもののはずなんです。

2011-01-06 19:51:59
アブラクサス・アイオーン @Abraxas_Aeon

まことに人間の智慧という智慧が蓄積されてきた領野だと思います、とてつもなく深い、本当に…。@mittsko

2011-01-06 20:01:34
KONDO Mitsuhiro 近藤光博 @mittsko

@Abraxas_Aeon ホントーに!その通りだと思います それに、《人間主義》の立場から取り組むのが宗教学なわけですが、宗教学者自身が その可能性と限界を 十分に問題化できていないように思うわけです もちろん僕もそうです

2011-01-07 02:41:35
アブラクサス・アイオーン @Abraxas_Aeon

@mittsko さんは、その〈人間主義〉の立場からの認識の可能性とその限界を十分に理解した上で、その限界を更に乗り越えるべきだ、と考えられておられるということでしょうか。

2011-01-07 02:56:59
KONDO Mitsuhiro 近藤光博 @mittsko

@Abraxas_Aeon そこが僕の不徹底なところです 僕自身が、イデオロギー的な意味での《人間主義者》であるため、その外側が構想できないわけです フーコーなどは(ほとんどの人がそこを強調しませんが)まさにそこでこそ苦闘しつづけた、というアブラさんの指摘は的確と思います

2011-01-07 02:59:47
アブラクサス・アイオーン @Abraxas_Aeon

@mittsko ありがとうございます。フーコーは、外側に出るということに関して戦い続けた人だというのが、私にとっては印象的だったのでw。そういう印象を持ってたのもバタイユから読んだからなのかもしれませんが、あまりこういう指摘ってないんでしょうか?

2011-01-07 03:09:34
KONDO Mitsuhiro 近藤光博 @mittsko

@Abraxas_Aeon 「こういう指摘ってない?」 ← すいません、単なる印象論で申し上げちゃいました 責任をもって云えないですが、《近代批判》というのはよく云われますが、そのラディカリズムは一部でしか認識されていないように思われますです

2011-01-07 03:17:09
アブラクサス・アイオーン @Abraxas_Aeon

@mittsko あ、いえいえ。なるほど、実は私も、最初『監獄の誕生』を読んだだけではフーコーはこれを書くことで何を言いたいのかがなかなか伝わってきませんでした(汗。しかし、あるときフーコーの諸著作に一貫性があることに気づいて、それが核である人間主義への抵抗のための思索だったと。

2011-01-07 03:30:15
KONDO Mitsuhiro 近藤光博 @mittsko

@Abraxas_Aeon はい、どうしても権力論でばかり語られがちなのが残念なのです

2011-01-07 03:48:40
アブラクサス・アイオーン @Abraxas_Aeon

@mittsko 生権力とか生政治関連ですね。その話も、実際には根底に人間主義へのラディカルな抵抗があってこその思索だと私は思うんですけどね…。むしろフーコーは生政治肯定してる!なんていう人もいるとか聞いたことあります。

2011-01-07 03:57:24
KONDO Mitsuhiro 近藤光博 @mittsko

@Abraxas_Aeon 「実際には根底に」 ← まったくその通りで、そここそが重要だと思うんです 仰られる「抵抗」というのも、かなり深い意味での「抵抗」ですよね それが、ある意味直接行動主義的な政治言説にとりこまれすぎてしまう 間違いではないですが、深くはない…

2011-01-07 05:02:56
KONDO Mitsuhiro 近藤光博 @mittsko

宗教概念批判は ただしく人間主義批判そのものとされていないと、ものすごくツマラナイんですよね 単なる歴史構築論的批判なんじゃないんですから…

2011-01-08 19:32:28
KONDO Mitsuhiro 近藤光博 @mittsko

キリスト者の宗教学者ばかりはそうもいかないだろうけど、現代の鋭い宗教学者(非キリスト者)がホントにやりたいと思っているのは、宗教という言葉を使わないで宗教論をすること、のはずなんです(オレだけ?

2011-01-09 07:03:33
KONDO Mitsuhiro 近藤光博 @mittsko

この試みには、実践上で二つの困難に出会います 1)キリスト者の宗教学者さんたちは、自らの生の必然的帰結として宗教概念を放棄する必要がありませんから、宗教概念批判については つよく修正主義的な立場をとる

2011-01-09 07:05:23
KONDO Mitsuhiro 近藤光博 @mittsko

2)宗教という言葉を使わない宗教論というのが、ふつうの感覚としてまったく意味不明である! 一生懸命語った揚句、「あそう、わかった。わかったから、で アンタは宗教を何だと思うのさ?」と問われてしまう

2011-01-09 07:07:19
KONDO Mitsuhiro 近藤光博 @mittsko

人間主義的な試みとしては、実在と死と狂気を語ることが 従来の意味での宗教論と完全に通底しているわけだけど、宗教概念が制度=言説上の機能をあまりに十全に発揮しているものだから、そのところが自明とはみなされない これは手ごわいです

2011-01-09 07:09:04
KONDO Mitsuhiro 近藤光博 @mittsko

これまでの経験上、中年以上の方がたには この点がなかなか了解していただけません とくに宗教学者! ものすごくてごわいです(泣) ときに自信喪失に陥るわけです 「あれ?オレ、何やってんだろう…?」って…

2011-01-09 07:12:35
KONDO Mitsuhiro 近藤光博 @mittsko

でも、僕なんかが 印度とか日本とかをフィールドに宗教学をやってますと、それは切実なものに思えて仕方ないんです 「ポストコロニアル」ってことなんですけど… って云っても、今まであまりちゃんと理解されたことがない これはもう、僕の説明がわるいとしか思われません すいません

2011-01-09 07:15:41
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コメント

アブラクサス・アイオーン @Abraxas_Aeon 2011年1月9日
編集し直しました。mittskoさんの「宗教という語を使わずに宗教論をする困難さ-〈人間〉主義と宗教概念批判-」 私の「〈人間〉の死」のトゥギャリとかぶってしまいますが、こっちに移植しといたほうがいいかと思い。
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