「野の医者」であることについて、自分の田んぼで考える

「野の医者」でありつづけることについて考える。ヒーリング発、公認心理師経由、ペアレント・メンター行き。寄り道して医師にも。 自分の関心範囲のせいで偏っているのはごめんなさい。
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東畑開人さんの話題の新刊『野の医者は笑う』(誠心書房刊)

東畑 開人 @ktowhata

おかげさまで「野の医者は笑う」は心理臨床学会で完売したそうです。いくつかリツイートさせてもらいましたが、楽しく一気に読んでもらえているとのこと、ほんとに嬉しいですね。また心理学会でも販売されるそうですので、どうかよろしくお願いします。

2015-09-21 18:07:26

『野の医者は笑う』についての Eisuke SAKAKIBARA さんの連続ツイート

Eisuke SAKAKIBARA @Acrographia

『野の医者は笑う』を読んでいるところ。まぎれもなく医療人類学の研究なのだが、こんなに軽快にさくさく読めるとは思わなかった。著者の文章力によるところも大きいだろう。

2015-09-20 09:32:37
Eisuke SAKAKIBARA @Acrographia

東畑開人『野の医者は笑う』読了。臨床心理士が沖縄に繁茂するアヤシイヒーリングの世界に飛び込み、自ら治療を受けた経験と、治療者達にインタビューしたことをまとめた本。医療人類学の研究を軽快に読めるだけでなく、心理臨床とは何かという根本問題に深く切り込む野心作です。#野の医者は笑う

2015-09-20 11:18:03
Eisuke SAKAKIBARA @Acrographia

スピリチュアルヒーリングの治療者は、かつて自らも病み傷つき苦しみ、ヒーリングにより癒しを体験した者がほとんどだという。かつての病める者(あるいは今も病んでいる者)が治療者になるという「ミイラがミイラ取りになる」文化がそこにある。 #野の医者は笑う

2015-09-20 09:45:10
Eisuke SAKAKIBARA @Acrographia

かつての病める者が治療者となるのは、RCTはもとより、ケースシリーズの研究さえ行われることのないヒーリングの世界では、「自分自身の癒しの体験」というn=1のエビデンスが最も高品質でナラティブとして説得力を持つからだろう。#野の医者は笑う

2015-09-20 09:51:07
Eisuke SAKAKIBARA @Acrographia

ヒーリングでは、治療者の生き方が患者のロールモデルとなる点は、少し羨ましい。医療では、患者に「私のように医者を目指しなさい」とは言えないし、臨床心理の世界でもそうだ。ヒーリングの世界は圧倒的に参入障壁が低いということが、患者が治療者になることを可能にしている。#野の医者は笑う

2015-09-20 10:00:46
Eisuke SAKAKIBARA @Acrographia

認知行動療法では、治療者と患者の関係は先生と生徒の関係になぞらえられることがあるが、ヒーリングにおける治療者と患者の関係は先生と生徒よりは、師匠と弟子の関係に近いということだ。魔法使いの弟子!#野の医者は笑う

2015-09-20 10:10:56
Eisuke SAKAKIBARA @Acrographia

先生と生徒ではなく師匠と弟子なのだとすると、「卒業」や「終結」はあり得ないことになる。気になるのは、ヒーリングで癒しを得た人の何割が治療者にならないかである。#野の医者は笑う

2015-09-20 10:24:14
Eisuke SAKAKIBARA @Acrographia

癒しが得られることに内在的価値があることは否定すべきでないが、癒しを得た者が治療者以外の職に就かないのだとしたら、その治療文化は外部社会に対し何ら善をなしていないことになる。ヒーラーというのはネズミ講が生きがいになった人と何が違うかという問題が出てくるわけだ。#野の医者は笑う

2015-09-20 10:33:57
東畑 開人 @ktowhata

ここが面白いです。私自身は野の医者はそういった大きな公共とは別の世界(野の世界!)の小さな公共で生きていると思いますし、そちらに移行したからこその治癒ではないかと思います。そして、臨床心理学や精神医学は大きな公共を考えざるをえません twitter.com/Acrographia/st…

2015-09-21 18:04:23
Eisuke SAKAKIBARA @Acrographia

野の医者の文化も、臨床心理も医学も、あらゆる文化は自己増殖するミームである。だから自己増殖すること自体が悪いわけではない。問題はそのミームの自己増殖が、人類に正味の幸福に貢献しているかという観点だ。これは医療に身を置く者として我が身を振り返って考えたい問題だ。#野の医者は笑う

2015-09-20 10:43:43
Eisuke SAKAKIBARA @Acrographia

野の医者の世界と心理臨床の世界の違いということになると、治療者集団への参入障壁の高さと、n=1を超えたエビデンスに基づくことが重要だと思う。言い換えるなら、患者を「魔法使いの弟子」にしないこと、「ミラクル」を超えることだ。#野の医者は笑う

2015-09-20 11:02:33
東畑 開人 @ktowhata

@Acrographia 色々ありがとうございます。心理臨床がそもそも魔法使いの末裔であるという事実が、気になっているところです。どうしても、「魔法使いの弟子」のメカニズムは機能してしまうのではないか、ということですね。

2015-09-21 18:09:41

「野の医者」と公認心理師。心理職の国家資格化に関して。

東畑 開人 @ktowhata

今回の学会では公認心理師関係の話も伺いました。ある責任ある先生が酔っ払って、「俺たちは本来野の医者なんだ」と叫んでいたのが心に残っています。国のシステムの中で、私たちが何者でいられるのかが問われているということだと思いました。

2015-09-21 18:11:59
Eisuke SAKAKIBARA @Acrographia

保険診療に基づく医療は、社会というスポンサーを背負っているがゆえの強みと制約がある。かつて東大精神科病棟派は、社会と敵対し、病院の中に患者のユートピアを築こうとしたそうだが、それを保険診療で行うのは矛盾だ。保険診療はprosocialでなければならない。

2015-09-22 10:48:39
Eisuke SAKAKIBARA @Acrographia

心理士の国家資格化は、心理療法が保険制度に組み込まれる方向への第一歩だが、これが揉めたのは、心理療法が社会というスポンサーを得ることで負う制約を懸念してのことなのだろうか。逆に、野の医者はとても自由だ。自由だが生活が安定せず、社会に背を向けカルト化する危険性もあるだろう。

2015-09-22 11:02:25
東畑 開人 @ktowhata

これは確かですね。ただ、社会は多様に出来ていることで、社会からはみ出すものを逆に包摂していくようにも思います。そこの境界に私たちの仕事はあるように思うわけです。 twitter.com/Acrographia/st…

2015-09-22 11:07:28
Eisuke SAKAKIBARA @Acrographia

患者団体は、当事者にとって拠り所となる反面、内部で社会の常識と相容れない考え方が優勢になるタコツボ化の危険性がある。タコツボ化の危険は医療者も同様だ。エビデンスの重視や、当事者研究における公開性の理念は、〈大きな公共〉と治療文化における〈小さな公共〉をつなぐ役割を果たしている。

2015-09-22 11:35:56

野にあることとペアレント・メンター

afcp @afcp_01

このあたりの話、実はペアレント・メンターとも繋がるんだな。親の会の活動が、公的な施策として取り上げられ、時には公金を使って活動をすることで、タコツボ化へのブレーキになり、大きな公共と小さな公共を繋ぐ役割を担いやすくなる。これはペアレント・メンター活動の目的の一つだと思っている。

2015-09-22 11:41:08
afcp @afcp_01

@afcp_01 敏感にそれを感じ取って、ペアレント・メンターの施策を警戒したり懐疑的になったりする親や親の会の関係者は、実は少なくないと思う。その感覚はある意味で正しいし、公認心理師法の成立に反対した人達とも思いの一部が重なるのかもしれない。

2015-09-22 11:43:37