2015年9月30日

「殺人セクトの拒否」に対する抵抗感への反論

高橋若木さんのツイート+補足。 これを読んでも「殺人セクトの拒否」に抵抗感を持つ人は、自分の思考を見直したほうがいい。
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まとめ なぜ中核派を排除するか 元「加害者」の方の中核派批判と、現場スタッフによる当日の様子。 61549 pv 1738 67 users 331
@WakagiTakahashi

報道されている殺人セクトの所業と開き直りには、驚きもない。生き延びた人の今後のためにも、これまでと同じく、自分が参加する街頭行動では、陰惨な化石セクトと妥協なく対峙する。若者を魔の手に渡さない。ただ、とりわけ自分のようなレフトが言うべきことが、もうすこしある。まだ掴みきれない。

2015-09-30 02:21:55
@WakagiTakahashi

最近の街頭行動におけるセクトの拒否について、左から抵抗感が語られるとき、そこには大きく分けて、リベラルなものと、ほんとうに左派的なものがある。かんたんに列挙して反論すると

2015-09-30 02:28:51
@WakagiTakahashi

「差別的だ」:違う。セクトは、「過激だから」といった漠然とした"属性"イメージで排除されているのではない。彼らは、現在も誇っている数々の殺人事件と継続方針のために排除される。殺人事件の具体性を知ればたいてい終わる抵抗感。属性差別を受けているマイノリティとの類比は論外。

2015-09-30 02:35:29
@WakagiTakahashi

「表現の自由の侵害」:違う。表現の自由はつねに複数形である。セクトのいない現場、表現を作りたい人(主催)と、わざわざそこに入って行って、デモの趣旨と継続可能性を破壊する表現を目指す人(セクト)の自由は衝突する。一方のみ擁護するのは間違い。ゾーニングは最低ラインの妥協案。

2015-09-30 02:37:47
@WakagiTakahashi

「治安権力との対決」:違う。セクトの、戦術的に一切無益な、パターン化された逮捕劇は、対決ではない。持ちつ持たれつの癒着である。「国家権力」と群衆のあいだには不分明な緊張関係が生じるが、セクトはそれを簒奪、矮小化して自己延命する。セクトがいるかぎり必要な対峙は持続しない。

2015-09-30 02:40:39
@WakagiTakahashi

以上は、セクトを拒否することへの「違和感」のうち、リベラルの範囲内で出てくる話。その先に、レフトに特有の「違和感」がある。

2015-09-30 02:44:09
@WakagiTakahashi

それは、彼ら(左の知識ある人々)が大昔に諦めた大義の、"汚れているからこそ尊い残滓"のようなものを、生き残った化石セクトに託し、裏切らない自分の密かな矜持のように思ってしまうこと。自分から見ると、これこそほんとうの問題。

2015-09-30 02:44:36
@WakagiTakahashi

このタイプの人々は、セクトの暴力の実例を見つめても、彼らの狼藉を言われても、情けなさを示されても、決して切らない。「ふだんは口にすることも本気で言うこともない、どこかで信じているはずの大義がいつか直面するはずの対決」の汚れ仕事をセクトに託し、裏切らない自分を慰めているからだ。

2015-09-30 02:47:26
@WakagiTakahashi

いまほとんどの人には関係ない話を書いています。

2015-09-30 02:47:40
@WakagiTakahashi

そういう人たちは、メランコリーに陥っているのである。実は、もはや大義を信じていない。「自分たちは大義をどこかでまだ信じているはずだ」と思い続けたいだけである。こういう人にとって最大の脅威は、現実に大義に近づこうとする動きだ。

2015-09-30 02:51:39
@WakagiTakahashi

セクトのような敗北の化石のなかに「世間に理解されない汚れ」があって、「それを自分はどこかで見捨てない」というポジションは、ほんとうに大義orientedな運動が出てくると保てなくなる。

2015-09-30 02:52:40
@WakagiTakahashi

書いたことは、「いまの運動」を批判するすべてのタイプの人に当てはまるわけではありません。レフトである自分にとって、その無理解が悲しく感じられる人々には、当てはまるかもしれない。

2015-09-30 02:56:12
@WakagiTakahashi

ベンヤミンの「左翼メランコリー」とどこか似た話です。

2015-09-30 02:57:46
上原潔 @UeharaKiyoshi

「要するに、この左翼急進主義の態度には、およそいかなる政治行動も、もはや対応していないのである。この左翼急進主義は、あれなりこれなりの潮流の左に位置するのではなく、まったく単純に、可能なもの一般の左に位置する。というのも、それはハナから、否定を唱えながらそのじつ腰をおちつけて、→

2015-09-30 11:42:23
上原潔 @UeharaKiyoshi

自己自身を享楽することのほかには、何ひとつ眼中に置いていないからなのだ。政治闘争を、決定を迫る拘束からなぐさみの対象に変え、ひとつの生産手段からひとつの消費物質に変えること―このことが、この種の文学の最後の当たり芸である」(ヴァルター・ベンヤミン「左翼メランコリー」)。

2015-09-30 11:42:52

コメント

なかよし(P) @ishiitakoashi 2015年9月30日
重要。極左詰めてると、関係ないおっさんおばさんが文句つけてきたりするんだよね...。
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kaburazaka @kaburazaka1 2015年9月30日
全く関係ないが、拒否に対する抵抗への反感ってバカボンのパパよりややこしいな
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換気するひろすけ @hrskksrh 2015年10月1日
一般人がこういった人たちと並んで抗議行動を行うのははっきり言って無理です。勝手に自分たちで主催してやればいいのに。
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換気するひろすけ @hrskksrh 2015年10月1日
都合がいいも悪いも、「仲間」じゃないでしょ。
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G.G. @G__G_ 2015年10月1日
反社会的な運動の破壊者とは組めないのは当然。
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