高橋源一郎作 「アキューメン(acumen)」と「アンラーン(unlearn)」・「他人に届く思想」

作家 高橋源一郎氏 @takagengen によるツイッターでしか読めない即興小説「午前0時の小説ラジオ」。 思想家 鶴見俊輔氏の言葉を通して、学び、理解し、そして人に伝えるという事とは何か、どうすれば良いかを高橋源一郎氏が語られます。 ソーシャルメディアにおける様々な議論に参加される方にも参考になるのではないでしょうか。
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高橋源一郎 @takagengen

なぜかもう、子どもたちと奥さんが一緒に眠ってしまいました。そういうわけで、今晩は「小説ラジオ」をやってみる予定です。では後ほど。

2011-01-10 21:36:56
高橋源一郎 @takagengen

「午前0時の小説ラジオ」・本日の予告編1・本年二回目の「放送」をします。もしかしたら、最近フォローされた方はご存じないかもしれないので、「小説ラジオ」の由来を少々。始めたのは去年5月、最初は新刊小説『「悪」と戦う』のメイキングでした。毎晩午前0時から呟いて一週間続けたのでした。

2011-01-10 23:04:57
高橋源一郎 @takagengen

本日の予告編2・その時のモットー、「ふだん書いている原稿のクォリティより落さない」・「ここで呟いたことは本にしない」はそのまま続いています。そう、それから「ことばを無料で電子の海に放流する」というのも気に入っていること。確かに原稿ならもっと稠密に書くことできるかもしれない。

2011-01-10 23:07:14
高橋源一郎 @takagengen

予告編3・でも、この緊張感があってこそ「放送」は成り立っています。もちろん、全部、即興です。実は一回、「下原稿」を書いたことがあります。その回はまるでつまらなかった。なので、それからは一度も「下原稿」はありません。メモが一枚あるだけです。

2011-01-10 23:09:44
高橋源一郎 @takagengen

予告編4・「たいしたクォリティじゃないな」といわないでくださいね。こんなに集中して考え、ことばにすることは、「本業」でもやってません(まあ、形が違うんですが)。ツイッターは街頭で歌うこと、しゃべりかけることに似ています。キリストや仏陀も同じことをしていたような気がするんですが。

2011-01-10 23:13:40
高橋源一郎 @takagengen

予告編5・今日は「アキューメン(acumen)」と「アンラーン(unlearn)」・「他人に届く思想」というタイトルでやります。どちらもあまり使わない言葉ですね。「アキューメン(acumen)」は「keen perception」、「洞察」とか「明察」という意味でしょうか。

2011-01-10 23:18:39
高橋源一郎 @takagengen

予告編6・「アンラーン(unlearn)」は「学びほどく」でしょうか。いったん、なにかを勉強した後、ただ学んだだけでは意味がないので、いったん忘れてやり直すというぐらいの意味ですね。ぼくは、どちらも鶴見俊輔さんの本で知りました。

2011-01-10 23:20:25
高橋源一郎 @takagengen

予告編7・このふたつの言葉を通して(というか、鶴見俊輔という素晴らしい思想家の思索を通じて)、他人に言葉や思想を送り届けるためには、どうすればいいのか、ということを考えたいと思います。どうかうまくいきますように。では、後ほど、24時に。

2011-01-10 23:22:21
高橋源一郎 @takagengen

「午前0時の小説ラジオ」・「アキューメン(acumen)」と「アンラーン(unlearn)」・「他人に届く思想」1・1922年生まれの鶴見俊輔さんは戦後を代表する哲学者・評論家ということになるだろう。ぼくは、とてもとても尊敬している。

2011-01-11 00:00:07
高橋源一郎 @takagengen

「他人に届く思想」2・88歳になる鶴見さんは現在も旺盛に本を出している。どれも面白い。みんな遺言のようだ。遺言とは、来るべき世代に渡される鍵のようなものかもしれない。少し前『戦争が遺したもの』という本で小熊英二・上野千鶴子という現在を代表する2大論客が鶴見さんをインタビューした。

2011-01-11 00:03:06
高橋源一郎 @takagengen

「他人に届く思想」3・ただのインタビューではなかった。鶴見さんの思想の危ういところについて、ふたりが切っ先鋭く突っ込む。鶴見さんを殺すようにな本質的な批判をする。それに対して、鶴見さんが誠心誠意答える。すごい光景だった。ふたりが鶴見さんを深く敬愛していることがわかったからだ。

2011-01-11 00:05:36
高橋源一郎 @takagengen

「他人に届く思想」4・「本質的な批判は、真に敬愛するものに対してだけできるのだ」とぼくは思った。そのずっと以前、吉本隆明さんが鶴見さんとの対談の時にも同じことをした。鶴見さんの思想を深いところで厳しく否定した。だが、敬愛の気持ちに揺るぎはないようであった。ぼくにはそれは難しい。

2011-01-11 00:08:07
高橋源一郎 @takagengen

「他人に届く思想」5・なぜ、彼らは鶴見さんにそのように接したのか。それは、鶴見さんのことばはどれも徹底的に歴史や現実との格闘の末に獲得されたのものだからだ。「ただ本を読んで覚えた」だけのことばや思想や一つもなかった。どんな思考の切れ端も納得ゆくまで考え抜かれたものばかりだからだ。

2011-01-11 00:10:57
高橋源一郎 @takagengen

「他人に届く思想」6・たとえば、鶴見さんは「unlearn」についてこんな風にいっている。「unlearnという言葉は誰から聞いたかというと、一八歳のとき、ニューヨークの図書館でヘレン・ケラーに会って聞いたんです。ヘレン・ケラーは喋れないし、聞けもしないから、秘書がついている…」

2011-01-11 00:13:18
高橋源一郎 @takagengen

「他人に届く思想」7・「それが手で通信し、ヘレン・ケラーが何を言っているかをちゃんと口で伝えてくれた。ヘレン・ケラーは私に話しかけた。『あなたは何ですか』と。『私はハーヴァード大学の学生です』『そうですか。私は隣のラドクリフで勉強しました。ラドクリフで実にたくさんのことを…」

2011-01-11 00:15:27
高橋源一郎 @takagengen

「『…わたしは学びました。しかし同時に、大学を離れてから、それらの多くをunlearnしなければなりませんでした』。そのunlearnという言葉は、ヘレン・ケラーが発した言葉です。何と日本語にしたらいいのか、よく分からないのですが、『学びほどく』ということだと思います…」

2011-01-11 00:17:25
高橋源一郎 @takagengen

「他人に届く思想」9・「知識人とつき合っていると、習った通りをしゃべる人がいる。そういうのは、学びほどいていないんです。だけど、そうではなくて、何か普通の、日常生活の言葉として言い当てる人もいます。それはunlearnした人なんです」

2011-01-11 00:19:01
高橋源一郎 @takagengen

「他人に届く思想」10・この話でまずびっくりするのはヘレン・ケラーと会った話したことだが(笑)。1940年という時期にハーヴァード大学に留学しているのもすごいのだが、それは置いておくとして、まず、ここでのヘレン・ケラーにびっくりする。三重苦はみんな知っているだろう。

2011-01-11 00:21:14
高橋源一郎 @takagengen

「他人に届く思想」11・その三重苦のヘレンが、艱難辛苦の末、ことばを覚え、名門ラドクリフに入学することもすごいし、さらに、そこを優等で(!)卒業しているのだから、想像を絶する。しかし、もっとすごいのは、ヘレン・ケラーがそれで満足しなかったことなのだ。

2011-01-11 00:22:59
高橋源一郎 @takagengen

「他人に届く思想」12・ヘレン・ケラーは自分が「ただことばや思想を覚えただけ」であり、そんなものには意味がないことに気づいた。重要なのは、それをいったんunlearnした後、もう一度、真にlearnし直すことだと考えたのだ。それが彼女のacumen(明察)だったといってもいい。

2011-01-11 00:26:56
高橋源一郎 @takagengen

「他人に届く思想」13・そして、当然のことながら、1940年のニューヨークで、ヘレン・ケラーから彼女のもっとも本質的な言葉を聞き分けることができた鶴見俊輔のすごみというものをぼくは感じるのだ。このunlearnは単なる英単語ではない。ここには、歴史と実在する個人の匂いがある。

2011-01-11 00:29:31
高橋源一郎 @takagengen

「他人に届く思想」14・だから、ぼくは鶴見俊輔のことばを読んでいるとまるで3Dの画像のように立体的に感じることがある。なぜなら、彼は、彼のことばを、彼が生きた88年、明治以来の140年、その歴史に絶えずぶつけながら、育んできたからだ。それこそがacumenなのかもしれないが。

2011-01-11 00:32:59
高橋源一郎 @takagengen

「他人に届く思想」15・「耳順」とは「耳したがう」。論語にあることばだ。六十歳のことをいう。なぜ、六十歳が「耳順」なのか。その歳になって、初めて、ようやく他人のことばに耳をかたむけることができるようになるから、ということらしい。それまでは、ろくに他人のことばを聞かないのである。

2011-01-11 00:35:38
高橋源一郎 @takagengen

「他人に届く思想」16・その「耳順」について、鶴見俊輔はこんなことを書いている。「だが、相手の言うことに意味の幅があることを知って、その中から自分にとって適切な意味を引き出す、というゆとりは、幼児にとっても老人にとっても必要で、青年はしばしばそのゆとりを失っていないか。」

2011-01-11 00:37:48