Twitter小説『セイレーンの娘』

息の白く濁る薄曇りで、他の人は皆寒いね、と言うのに私はちっとも寒くないような日があって、そんな冬の日には大抵、雪が降ります。 『きのうのこと。』 http://togetter.com/li/84739 『早朝のキッチン』 続きを読む
小説
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figment @aka_lamp
息の白く濁る薄曇りで、他の人は皆寒いね、と言うのに私はちっとも寒くないような日があって、そんな冬の日には大抵、雪が降ります。
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雪景色は、好きでした。真っ白で、しんとしていて、冷たさの中にもどこかあたたかさがあって、そう、雪が降りだすと、あたたかかったのです。
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私が生まれ育ったのは人口200人程の小さな島で、漁船や商船が立寄る事でようやく成り立っている、産業も何もない、陰気で治安が悪く、侘しい所でした。 私は自分の父親を知りません。母は私を愛してくれましたが、暮らしは貧しいものでした。
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私の母は元は南の方の生まれで、退っ引きならぬ理由により私を身籠った身体で島へ流れたそうです。余所者だった母に島の人たちは冷たく、やむを得ず母は立ち寄る船の男たちに体を売って辛うじて生計を立てていましたが、その事で更に風当たりは厳しかったのです。
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また、母は何時も何かに怯えていました。日増しに脅迫観念は強くなり、客である男たちは自分を追ってきたのだと言い張り、仕舞いには殺すようになってしまいました。 小さな島で、母の兇行はあっと言う間に知れ渡り、あれは人ではなくセイレーンだなどと囁かれたものです。
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狂った母は私が9つの時に亡くなりました。 その時の事は、あまり思い出したくありません
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母が亡くなった後、私は島民から「先生」と呼ばれている人のお屋敷に引き取られました。先生は本島から移り住んできた学者で、余所者な上に少々変わっていましたが、皆から尊敬されていました。
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偉大な先生ならセイレーンの娘でも人として育ててくれるだろうと島民は考えたようです。その背景には母の兇行の所為で悪い噂が流れ、渡航者が減った事もあったのですが、それ以上に先生は私の事を気に入って、またこの境遇を憐れんでくれたのでしょう、息子のセオドアの許嫁にしてくださったのです。
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先生の奥様は既に亡くなっていましたが、三つ上のセオドアも私によくしてくれたので、三人での暮らしは楽しいものでした。 しかし穏やかな日々というのは短いもので、セオドアが島を出てから状況は一変しました。
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セオドアは先生と同様、本島の大学に行く為に島を出たのですが、奇特な事に彼はこの何もない島を愛しており、必ず帰ると言って行きました。 ところが先生はセオドアの帰りを待たず、亡くなってしまったのです。
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そんな時に、あの男は現れました。
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母は大変美しい人で、南に居た頃踊り子だった事が自慢でした。歌も上手で、私に色々な歌を歌って聴かせてくれました。それは聴くだけで明るい気持ちになるような、聴けばすぐにこの島のものではないとわかる、異国の歌でした。
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母によく似た私もまた歌うのが好きでしたが、歌う母をセイレーンと呼び蔑んだ島民に歌声を聴かれてはいけないと思い、外では決して歌いませんでした。 けれど私の歌声を唯一褒めてくれた先生まで亡くなってしまい、寂しかった私はつい、自分を慰める為に誰も来ない海岸で歌っていました。
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男は渡航者で、島を散策している途中で私の歌声を聞き、出会い頭に私の歌を褒めてくれました。よく晴れた日で、澄み渡った空よりも晴れ晴れとした顔で笑う男だと思いました。きっと私は眩んだのでしょう、その男に抱かれたのです。
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私はその時処女ではありませんでしたが、出血があった為、自分が初めての男だと勘違いした男は逆上せました。 男には国に残りしてきた妻と子供があり、また私はセオドアを愛していました。仮初の睦み合いである事は承知でしたが、それでも構わなかった、其れ程に、私は孤独でした。
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男は数日後島を発ちましたが、すぐに嵐にあって戻ってきました。時期的に、海が長く荒れる頃でした。 戻ってきた男は当然のような態度で私の所にやってきて、情夫のような顔で居座りました。男に対して嫌悪感しかなかった私は、何とかして男を追い出そうと、許嫁を待っているから迷惑だと話しました。
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すると男は事も何気に、君の許嫁だって、今頃こうして他の女を抱いているさ、と笑ったのです。その瞬間、私は汚された、と思いました。 私のみならず、愛するセオドアまで汚されたと。
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やがて海は落ち着き、男は心の底から嬉しそうに、ようやくこの島から出て家族に会える、とはしゃぎました。それまでも求められれば受け入れていましたが、これで最後だから、とやはり私を抱きました。
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いよいよ出発の朝、部屋を出ようとした彼の背中は、とても頼りなく見えました。 きっと彼は海に出たら死んでしまうと…虫の報せと言いますが、女の勘は馬鹿にならない、すぐにまた海は荒れる、引き止めなくては、と思い立ち上がりかけた刹那、男の体が崩れ落ちました。
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私は自分が薬を盛った事を思い出しましたが、憎悪を止められませんでした。 男を殺してしまってから、母の憎悪まで請け負ってしまった、と感じていよいよ男が憎くて堪らず、一刻も早く忘れたくて、そのまま死体を海へ捨てました。それで、私の島での暮らしは、すべて終わりです。
figment @aka_lamp
今私は南へ向かう船の上で降りしきる雪を見ていますが、ちっともあたたかいと感じません。真黒な海はすべてを飲み込むようで、雪も積もる事無く、ちらちらと落ちた先から沈むばかり。
figment @aka_lamp
かと言って、吹き荒れる海風に凍えているわけでもないのです。 海だけでなく昼間なのに空も暗い所為でしょうか、私の心をどす黒い影のようなものが厚く覆ってしまって、最早何も感じません。
figment @aka_lamp
私にはその事が、何よりも恐いのです。了。

コメント

umbrella_process @umbrellaprocess 2011年1月11日
いつものようにまとめました。
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