終了◆彷徨いヒサギの黄昏録
1日目
[ハンドアウト]気が付くと君は、横倒しになった自販機の前にいる。どの飲み物のボタンにも、「売り切れ」の文字が点滅している。《開始地点[町]shindanmaker.com/541547》 #黄昏町の怪物 shindanmaker.com/541552
2015-10-04 20:39:55空が焼けていく寸前の、ぎりぎりで。滑り込むようにバスが停留所に入った。時刻表通りの正確な運行、そこから外れることは滅多にない。 明けて、暮れて、また明けて。日が昇りまた沈む、楸雪奈(ひさぎ・ゆきな)はそれを疑問に思ったことはない。いや、幼い時分は別だっただろうが。#ヒサギの黄昏録
2015-10-05 00:34:15……それも、変わることのない日々の中で、すっかり慣れてしまった。 制服姿の子供達が多数と、様々な格好をした大人達が少し。バスから降りる人々の中に、黒いセーラー服姿のヒサギはいた。停留所を離れ、友人らと別れて一人。このまま何事もなく歩いて行けば、家族の待つ家に帰る。#ヒサギの黄昏録
2015-10-05 00:35:00やがて日が暮れて夜になり、朝になれば時間通りに登校し、いつもと同じ生活をするだろう――ヒサギは、その日常を何一つ疑わなかった。もし突然それが壊れたらと、夢見がちな空想はしても、本気で失うなどとは、爪先ほどにも。 だが、全てが瓦解するには、一瞬で事足りた。#ヒサギの黄昏録
2015-10-05 00:36:16横倒しになった自販機は、辛うじて電気が通っているのか、ダイイングメッセージのように『売り切れ』の文字を点滅させていた。かつて整然と並んでいただろう飲料の見本は、バラバラに転がり落ちて、内部には蜘蛛の巣が張っている。表面をなぞれば、埃で指の跡が残りそうだ。#ヒサギの黄昏録
2015-10-05 00:37:04そこまで考えて、ヒサギは我に返った。自分は何をしているのだろう、バスを降りて、真っ直ぐ家に向かって、気が付くと壊れた自販機の前にいる。何度思い出そうとしても、帰り道から、ここに立つまでの間が不自然に抜け落ちていた。#ヒサギの黄昏録
2015-10-05 00:37:29「あれ……」 口を開く、改めて息を吸う。それは、どこか異質な味がした。妙に馴染みのない、不安と危険を孕んだ、得体の知れない緊張感のある空気。どうしてそう感じるのか、訝しく思うより先に、理由を悟る。 (鉄臭い)#ヒサギの黄昏録
2015-10-05 00:37:50普段なら、即座にそれを血の臭いに結び付けなかっただろう。しかし、目の前の自販機から漂うにしては、口に含んだような臭いの濃さはおかしい。何より、つい最近も、彼女はそれと同じものを嗅いだ気がしていた。 塩気と脂が混じった独特の味が、舌の上によみがえる。#ヒサギの黄昏録
2015-10-05 00:38:59大量の血、あふれかえって、自分の口に入ってしまうほどの。 (入った? それとも、出た?) ――――ッ―――― 何かが脳裏にちらついて、ヒサギは眼を固くつぶった。ここに居てはいけない、頭を切り替え、己にそう言い聞かせる。#ヒサギの黄昏録
2015-10-05 00:39:36そもそも、こんな自販機は初めて見たし、この道も通ったことがない。自分はどうも迷子になりかけているらしい。……もう日が暮れて、辺りはすっかり茜色だ。早く家に帰ろう。そう心に決めて、彼女は足早にその場を離れた。 訳の分からない焦燥感が、心臓の裏に貼りついたみたいだ。#ヒサギの黄昏録
2015-10-05 00:41:15腹が温度を失って、胸が息苦しい。周囲は何の変哲もない住宅地だが、行けども行けども見慣れた場所には出ず、道を訊こうにもひとっこ一人見当たらない。それに、水漏れの滴のように、時折聞こえる囁き声。 〝早く早く〟 〝逃げろ逃げろ逃げろ〟 〝死にたくなければ〟#ヒサギの黄昏録
2015-10-05 00:41:52〝怪物になりたくなければ〟 誰かが、どこか遠くで口にする言葉。自分に向けて言っているのかは分からないが、何故だかヒサギがどこへ行っても、必ず声が聞こえてくる。そして、言葉の合間合間に混ざる、犬の唸り声。#ヒサギの黄昏録
2015-10-05 00:44:05ただ、それは本当に犬なのだろうか? 唸りは、彼女が知っているどの犬種よりも、もっと大きく、恐ろしげだ。 「どこなの、ここ……」 数時間そうしてさまよった挙句、ヒサギはそうこぼした。自分が見知らぬ、異常な場所に迷い込んだのだと、認め、助けを求める呟きだった。#ヒサギの黄昏録
2015-10-05 00:44:55だが、それに応じてくれる者はいない。とっくに確かめた携帯は電波圏外で、表示された時刻は固定されて動かなくなっていた。 ――【1日目、開始】#ヒサギの黄昏録
2015-10-05 00:45:34[町]公園のベンチで、スーツ姿の猪は隣をすすめる。「ちょいと話を聞かせてくれ。町以外のことも是非にな。」《君が話すなら情報料は食事【魂+2】、廃ビルか裏町に行ったことがあるなら【魂+3】》 #黄昏町の怪物 shindanmaker.com/541547
2015-10-04 20:40:04公園を見つけて喉を潤すと、少しだけヒサギは人心地ついた気がした。 (これからどうしようかなあ) 圏外の文字を無視して何度も母や自宅に携帯をかけたが、当然ながらどこにも繋がらない。修学旅行の時、道に迷ってバスの集合時間に間に合わなくなりそうだったったのを思い出す。#ヒサギの黄昏録
2015-10-05 00:55:24だが、この肌にひりつくような感覚は、体の中心から焦げ付くような不安は、あの時よりもっと深刻な事態だと彼女に告げていた。バスはもう出発してしまって、クラスメートにも教師にも連絡がつかない、そんな状態。そして、正体の見えない焦燥感……。#ヒサギの黄昏録
2015-10-05 00:56:59「どうしたね、ため息ついて」 男の声に振り向くと、ソフト帽とスーツの人物がベンチに腰掛けていた。レトロ調の紳士だなと思っていると、顔を上げた男と目が合う。毛むくじゃらの顔に、前に突き出した鼻は、明らかに人間ではなくて、猪の頭をそのままひょい、と乗せたようだった。#ヒサギの黄昏録
2015-10-05 00:58:51(人間……? イノシシ……?) 喉がしゃっくりに似たジャンプをしたが、声を出すのは堪えた。驚きすぎて驚けない、急に動かした筋肉がつってしまったように、ヒサギの心は正常な反応を失って硬直してしまったようだ。彼女が黙っていると、スーツ姿の猪が言葉を続ける。#ヒサギの黄昏録
2015-10-05 01:02:41「お嬢ちゃん、見ない顔だな。最近この町に来たのかい?」 「あ、う、まあ」 ここはどこですかと聞きたかったが、ヒサギはとっさに言えなかった。体も心も、この状況の追いついていない。 「なら、ちょいと話を聞かせてくれ。町以外のことも是非にな」#ヒサギの黄昏録
2015-10-05 01:04:20ちょいちょいと手招きされ、ヒサギはベンチの端に腰を下ろした。すぐ隣に座るのは気が引ける。 「ほれ、情報料もある」 そう言って、猪の紳士はあんパンとコーヒー牛乳をヒサギに渡した。食欲旺盛で、疲労困憊した十代、腹が鳴るのは抗えない。#ヒサギの黄昏録
2015-10-05 01:09:07前払いで情報料を口に入れると、ヒサギはずいぶんと話しやすい気持ちになっていた。 とはいえ、彼女には大して話すものはない。見知らぬ人間に、家のことまでぺらぺら教えられるわけでもなし、学校のこと、部活のこと、当たり障りない話題を慎重に選んでなんとかお茶を濁した。#ヒサギの黄昏録
2015-10-05 01:12:00「ありがとよ、これも中々珍しい話だ」 メモを書きつけた手帳を閉じると、猪の紳士はベンチを立った。 「パン、ありがとうございました」 「別に構わんよ。次に会った時、また面白いネタが増えていたら、ぜひ聞かせてくれ。今度はもっと美味いものを奢るよ」#ヒサギの黄昏録
2015-10-05 01:14:14