僕らは愛し合っている

木曾さんその首は誰の首
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洲央 @laurassuoh

「食っちまえ」 と木曾は言って彼女の首を一刀のもとに切り落とすと無表情の生首を僕に差し出した。切断面からドバドバと零れ落ちる血のどす黒さに吐き気を覚えた。液体に混ざるダマは彼女の脳味噌をミキサーで砕いた細かな破片なのではないかと思うほど硬くてしつこそうだった。

2015-10-04 01:56:56
洲央 @laurassuoh

木曾は彼女の黒髪を無造作に掴んでおり、彼女の生首は空中で僅かに左右に揺れていた。僕と彼女の目が合うことはなかった。彼女はあらぬ方向を向いてはおらず、自分の鼻の頭をしっかり見つめたまま時だけが止まっていた。キスでもしない限り、彼女と目が合うことはないだろう。僕は彼女とキスをしない。

2015-10-04 01:59:40
洲央 @laurassuoh

彼女から流れ落ちる血の勢いは雨上がりの軒下の水滴のように徐々に弱くなっていった。これが流れ出なくなるまでに僕は答えを見つけなければならない。さて、彼女を食べるとして、どこが一番美味しいだろう。そこで寝転がっている胴体は、この際さっぱり忘れてしまおう。

2015-10-04 02:02:17
洲央 @laurassuoh

彼女はとりたてて巨乳でも名器でも名脚でもなかったから、多くの人間と同じように彼女を彼女たらしめているのはその首から上、顔だった。彼女の顔の、どこが美味しい? 僕は彼女の顔のどこが好きだったのか。これは明確で僕は彼女の耳の形が好きだった。水分の足りないキノコみたいなしわくちゃの耳。

2015-10-04 02:04:23
洲央 @laurassuoh

色気のない彼女の耳は皮膚を忘れてしまったみたいに骨ばっていた。ごつごつとした岩肌に立つ葉の一枚もない枯れ木の枝、そんな印象を受ける彼女の耳の溝。薄い耳たぶに垂れ下がる大きすぎる赤い安物のピアス。食べるのには向いていないと思った。彼女の小さく形の悪い鼻。薄い唇。淀んだ瞳。

2015-10-04 02:08:04
洲央 @laurassuoh

こけた頬。台形の顎。黒髪だけが美しく光り輝く天使の輪を浮かばせている。黄色人種の肌は食欲を萎えさせる。食べるだけなら真っ黒ではない混血の黒人が一番美味しそうだ。 「食べないのか?」 木曾が僕に彼女の生首を投げてよこした。僕はそれをバスケットのパスと同じように胸の前で受け止めた。

2015-10-04 02:11:20
洲央 @laurassuoh

思っていたよりも彼女の生首は軽かった。彼女の薄っぺらな知識を思えば当然かもしれなかった。セックスとお菓子の話しかできない彼女。流行のポップスを聴いて、流行の映画とテレビ番組を見て、流行のファッションと流行の仕草で飾る彼女。頭の中身が空っぽじゃなかったことをむしろ喜ぶべきだった。

2015-10-04 02:15:22
洲央 @laurassuoh

「これを食べたら……」 僕は彼女の生首をもはや彼女とは思っていなかった。どうやら僕は彼女を好きではなかったらしい。何度もセックスをしたけれど、お金を何百万もかけたけど、僕は彼女が死んでも悲しくなんてならなかった。彼女の価値は下半身だけ。自尊心だけ。彼女は装飾付オナホールだった。

2015-10-04 02:19:26
洲央 @laurassuoh

彼女は緊急食糧だった。彼女は社会的なアイテムで、彼女は僕の個人的な事情に何の関係もなかった。彼女はいたら金がかかるが社会的に認められるという存在で、いなかったらいなかったで気にならない存在だった。彼女は車とか、一戸建てとか、定職とか、そういったものと同じだった。

2015-10-04 02:21:58
洲央 @laurassuoh

「僕は、これを食べたら馬鹿になってしまう」 彼女のどこを食べても、僕に悪影響を及ぼすのだと直感した。だから、僕は食欲をそそらない彼女の生首をどこかに捨てた。投げ捨てた。木曾から目を離さずに。目の前に、こんなに美味しそうな女がいるのだ。彼女が生きていても、僕は彼女を捨てただろう。

2015-10-04 02:24:27
洲央 @laurassuoh

「僕とセックスをしよう」 僕は服を脱いで、木曾も服を脱いだ。僕らは肌を重ねて、性器を擦り合わせて、肩や腹に歯を立てあった。彼女は死んで、彼女ができた。食べなかったから、お腹が空いて、食べてしまった。木曾はとても美味しかったし、僕も多分美味しかっただろう。残さず食べて愛が産まれた。

2015-10-04 02:28:53
洲央 @laurassuoh

僕らは食べつくし食べつくされて、横になった。 「こうしたかったのか?」 僕が聞くと、木曾は答えた。 「わからない。でも、きっとこうしたかった」 「僕は美味しかった?」 「お前は美味しかった」 「木曾も美味しかったよ」 「それはよかった」 「うん」 「あぁ」 僕らは愛し合っている。

2015-10-04 02:31:41