黄昏町(柊)六十日目(最終日)

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@hiiragi_r_t_d

【六十日目】 【魂19/力13/探索5】 【異形】複口(力+2、探索+1)、長指(力+1、探索+2)、鬼腕(力+5)、竜尾(力+5)、触角(探索+2) #hollytk

2015-10-05 00:00:14
@hiiragi_r_t_d

「うふふふふ……」 私の髪を、細い指が弄ぶ。少し冷えた指先が、ガサガサの髪を梳く。 私は、目を開く。 息のかかるほどの距離で、巳穂の双眸が私をのぞき込む。 「あら、おはようございます貴方様」 薄い桜色に上気した頬。艶やかに濡れる唇。潤む縦長の瞳。 01 #hollytk

2015-10-05 00:02:23
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「……あっ、ああ、うん。おはよう巳穂」 「どうかしました?顔が赤いですよ」 「気のせいだ」 「そうでしょうか」 「とにかく、移動しよう」 何故だろう。今日は心がざわつく。……巳穂の顔を見て速くなった動悸とは、別に。 「今日は何かが見つかる気がするんだ」 02 #hollytk

2015-10-05 00:04:14
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風を受けた触角が、ピリピリと何かを感じ取る。 「風に何かが混じっている……と思うのだが、巳穂は分かるかい?」 巳穂の蛇髪が一斉に舌をチロチロと出し入れし、あたりを窺う。 「……私にも、うっすらとなら」 私達二人は、風上に向かう事にした。 03 #hollytk

2015-10-05 00:06:19
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「巳穂、この先には何があると思う?」 「さあ……私、言われるまで気付きませんでしたし」 巳穂は小首を傾げる。 「貴方様、楽しそうですわね」 「そうかな」 「ええ。とても楽しそう」 04 #hollytk

2015-10-05 00:08:36
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「もしそう見えるなら、それはきっと……」 巳穂と一緒にいるからだ。 「きっと、何かしら?」「……いや、何でもない」 私は赤くなった頬を隠すために少しだけ歩調を速めて、巳穂の一歩前を歩く。 05 #hollytk

2015-10-05 00:10:17
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風に含まれる何かが濃くなっていくのが分かる。触角がチリチリと痺れるような感覚を伝える。 「そろそろみたいだね」 私達の前に突然現れたのは、小さな堤防。一面に真っ赤な彼岸花が咲き乱れ、土手を赤く染めている。 不意に一陣の風が吹き抜け、辺りが深い霧に包まれる。 06 #hollytk

2015-10-05 00:13:30
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「巳穂、手を」 私は巳穂に手を伸ばす。彼女の細い指が私の手を取る。 霧に包まれた視界の中、触角の感じる風だけを頼りに、私は進む。柔らかくて細くて、少しだけ暖かい、巳穂の手を引いて。 07 #hollytk

2015-10-05 00:16:21
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一瞬だろうか。それとも数十分は歩いただろうか?静寂を破り、不意に巳穂が私に声をかける。 「貴方様」 「なんだい、巳穂」 「その……はっきり、させておきたいのです」 私の手を握る巳穂の指に力が込められる。 「私と、貴方様の、関係を」 08 #hollytk

2015-10-05 00:19:26
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私は振り返る。濃い霧が私と巳穂の間に立ち込め、彼女の表情を伺い知ることはできない。 「私……私は、貴方様の事をお慕いしております。貴方様とこの町を出て、一緒に……でも」 巳穂の手に一層の力が込められる。 「貴方様が、それをお望みでないのなら……私は……」 09 #hollytk

2015-10-05 00:22:21
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涼しい風が吹き抜け、唐突に霧が晴れる。 「あっ……見ないで下さいませ」 巳穂は手を払いのけ、袖で顔を隠す。 私は彼女の腕を掴み、強引に引き寄せる。鬼の力に敵うわけもなく、彼女は私の腕の中に抱かれる。 両腕を握られ、私を見つめる彼女の目には、大粒の涙。 10 #hollytk

2015-10-05 00:25:21
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「あ……」 涙が目尻からこぼれ落ち、巳穂の頬を伝う。 「見ないで……って、言ったじゃありませんか……」 涙の筋が頬から首筋を流れ、胸元へと吸い込まれていく。 私は巳穂を抱き締め、顔を寄せ……そっと口づけを交わした。 11 #hollytk

2015-10-05 00:28:25
@hiiragi_r_t_d

あれから十分。巳穂はようやく泣き止んだ。 「大丈夫かい?」 「ごめんなさい……見苦しいところをお見せしました」 「いいんだ。不安にさせてしまった私が悪い」 そう。長い間煮え切らない態度を取ってきたのは私だ。巳穂はあんなにも素直に、私に伝えてくれていたのに。 13 #hollytk

2015-10-05 00:34:16
@hiiragi_r_t_d

「じゃあ、改めて。巳穂、私は貴女の事が好きだ。これからも、一緒にいてくれるか」 巳穂はまた溢れ出した涙を拭いながら、それでも笑って答える。 「ええ、ええ。当たり前ですわ。もう絶対に、離さないで下さいませ」 14 #hollytk

2015-10-05 00:37:21
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そして私は後ろを振り返る。そこには赤く漆を塗られた、大きな橋。向こう岸の見えない川を、どこかへと渡している。 その橋の霧に隠れた向こう側もさる事ながら、それ以上に不可思議なのは橋の半ば、川の中に堂々とそびえ立つ巨大な……赤漆の大鳥居だった。 15 #hollytk

2015-10-05 00:40:19
@hiiragi_r_t_d

あまりの圧力に触角が痙攣を起こす。見れば巳穂の蛇髪達もどこか息苦しげだ。 「貴方様、あれは」 「うん、間違いない」 ずっと感じていた、風に混ざる違和感。その原因はこの大鳥居だ。 私は大鳥居に向けて、一歩を踏み出す。 左手の指がガクガクと震える。 16 #hollytk

2015-10-05 00:43:11
@hiiragi_r_t_d

「貴方様、少し……寒くないですか」 私の手を握る巳穂の指も、小刻みに震えている。 「ああ、確かに、寒い」 この寒さには覚えがある。夕陽が沈んだ瞬間に町を駆け抜ける、冷えた風……あの風が、この鳥居からは吹き付けている。 17 #hollytk

2015-10-05 00:46:17
@hiiragi_r_t_d

「巳穂、これは出口だ。間違いない」 「ですが、このままでは貴方様の体が持たないのでは」 「いや、私なら大丈夫だ。巳穂こそ大丈夫なのかい」 「私はさほど……もしかして、貴方様」 ああ、バレてしまった。私は先程から、巳穂と鳥居の間に立っている。 18 #hollytk

2015-10-05 00:49:14
@hiiragi_r_t_d

「こんな時くらい、格好付けさせてくれ」 「……絶対に、二人で出るんですよ」 「分かってるよ」 しかしこの風は異常に寒い。体感ではさほど寒いとは感じられないのに、触れているだけで体から熱が奪われていく。 「……急ぐよ」 私と巳穂は一歩一歩、橋を進んでいく。 19 #hollytk

2015-10-05 00:52:21
@hiiragi_r_t_d

大鳥居に近付く程に、風は激しさを増していく。それはまるで、弱い者が出る事を拒むこの町の意思だ。 私一人なら、駆け抜ければいいのかもしれない。しかし今、私の後ろには巳穂がいる。 「貴方様……」 巳穂が私の手を握る。その手の暖かさを頼りに、私は一歩を踏み出す。 20 #hollytk

2015-10-05 00:55:54
@hiiragi_r_t_d

いつかカスカにそうしたように、私は巳穂を抱きかかえ、大鳥居をくぐり抜けた。 風が止む。暖かい空気が私と巳穂を包む。 「ここは……?」 暖かい風が吹き抜け、橋の欄干には蝶が止まっている。 夕焼け空を映す川面を眺めると、桜の花びらが流れていた。 21 #hollytk

2015-10-05 00:58:15
@hiiragi_r_t_d

振り返ると、くぐり抜けたはずの大鳥居は消えていた。 「貴方様、あれを」 巳穂の指差す先、前方には先程と寸分違わぬ大鳥居。 「……もう寒くはないですね」 私は左手を握ったり開いたりして調子を確かめる。全身の震えは止まっていた。 22 #hollytk

2015-10-05 01:01:36
@hiiragi_r_t_d

私と巳穂は並んで鳥居をくぐる。予想通り、巳穂が弾かれる事は無かった。 「貴方様、触角が」 「おや、本当だ」 黄色く変色して視界を彩っていた触角が消えている。私は黒い前髪を弄る。 「巳穂には……特に何も起きていませんね」 「いえ、角が出せなくなっていますわ」 23 #hollytk

2015-10-05 01:04:15
@hiiragi_r_t_d

遠くの空には入道雲が茜色に照らされていた。 周囲は蒸すような暑さに包まれている。 先程まで蝶の止まっていた欄干には蜩が止まり、カナカナカナカナと哀愁漂う声を響かせていた。 「さっきが春で、今度は夏、か」 私達はもう一度、赤い鳥居をくぐる。 24 #hollytk

2015-10-05 01:07:26