幽霊屋敷の仮定決闘#1

盗賊のシェルヒと、幽霊屋敷で出会った幽霊ルーミ。二人は魔法仕掛けの残酷な運命に必死で抗います ※24番はナンバリングミスにより存在しません #2はこちら http://togetter.com/li/885319 続きを読む
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減衰世界 @decay_world

――幽霊屋敷の仮定決闘#1

2015-10-10 15:46:43
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シェルヒは後悔していた。そもそも、後悔しなかった時などあるだろうか。彼は薄暗い館に踏み入った。電気は通っていない。蜘蛛の巣だらけ。埃の床に足跡がついた。シェルヒは盗賊だった。それもちんけな盗賊だ。今回は使われていない館に忍び込んで、館の主の情報を探る仕事。 1

2015-10-10 15:49:31
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もっと実入りのいい仕事はある。今朝斡旋されたダイナマイトの密輸だとか。いい仕事だろう。リスクが大きいことに目をつぶれば。見つかったら縛り首にされかねない。館に忍び込むだけなら、ただの不法侵入だ。賄賂でも渡せばすぐに釈放される。シェルヒは安全に、安全に生きてきた。 2

2015-10-10 15:52:57
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館に忍び込んで主の情報を手に入れれば、相続や権利のことを調べて、上手くいけば土地と館を手に入れられる。そういう悪い人間がいるのだ。ただ、それはシェルヒではない。シェルヒは薄給で雇われただけの末端のものでしかない。権力者というものは、たとえ軽犯罪でも自らの手を汚さない。 3

2015-10-10 15:57:03
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もう28にもなって、雑用仕事ばかりでこき使われている。髭を伸ばせば貫禄がつくだろうか、いや、中身の貧相さが目立つだけだ。シェルヒはため息をついた。壊れてホールに散乱した椅子の残骸をまたぐ。こんな仕事をいくらこなしても、誰も尊敬してくれやしないだろう。 4

2015-10-10 16:00:24
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豪華な館だ。昔はとても華やかだっただろう。ただ、当時の全ては色褪せて埃を被っている。ドアを開く。衣装部屋のようだ。値打ちのありそうな衣服は残ってはいなかった。荒らされたような跡がある。いや、暴れた後だろうか。ゴミのような布切れが散らばって埃に沈んでいた。 5

2015-10-10 16:03:33
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1階の部屋をあらかた探し、ホールに戻る。天井からぶら下がった大きなシャンデリアが差しこむ光で鈍く輝いていた。情報があるとしたら2階だろうか。1階には館の所有者に繋がる書類や物品などは残っていなかった。ホールには大きな階段があり、2階と繋がっている。巨大な鏡が一枚。 6

2015-10-10 16:07:07
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鏡を覗くと、情けない顔をした盗賊の顔が映った。シェルヒは緩んだターバンを締め直し、笑顔を作る。痩せた頬が頼りない。 「もう少ししっかりしろよ、おい」  シェルヒは鏡の中の自分に呼びかけた。そして白いペンキの剥げた階段を上っていく。ギシギシと軋んで埃が零れ落ちていった。 7

2015-10-10 16:10:01
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シェルヒは気付かなかった。鏡に映った彼の姿はいつまでも鏡の中に残っていた。鏡のシェルヒは階段を上る自分の姿を見上げる。その顔は自信に満ち溢れ、不敵な笑みを浮かべる。腰に提げていた短剣を抜く。それは立派な長剣に変わった。そして鏡の彼はゆっくりと歩き出す。 8

2015-10-10 16:13:01
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――シェルヒは2階に上り、近くの部屋に入った。そこは子供部屋に思える。白い壁が光を受けてぼんやりと浮かんでいる。陰の方に腐った机があり、それは真っ二つに割れていた。 「あれ、お客さん?」  シェルヒは心臓が止まるかと思った。突然、女の子の声がしたのだ。 9

2015-10-10 16:16:00
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振り向くと、白い壁に薄く灰色の影が浮かんでいた。シェルヒの影ではない。それは幾分か背の低い、人型の壁のしみだった。シェルヒは短剣を抜く。壁のしみは、ゆっくりと腕を振って笑い声をあげた。 「ようこそ、幽霊屋敷へ! あたしはルーミ。幽霊よ。以後よろしく!」 10

2015-10-10 16:19:22
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壁のしみはルーミと名乗った。シェルヒは警戒しつつ短剣をしみにかざす。 「僕はシェルヒ。盗賊だ。僕を呪い殺すつもりなら……」 「そんなことしないって!」  ルーミはからからと笑った。悪意も敵意も感じない。シェルヒは短剣を鞘に納める。 「そうそう。無駄な諍いは無し」 11

2015-10-10 16:23:15
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「君は何者?」  シェルヒは壁に向かって話を始めた。 「この館の主よ。でも、ある日殺人鬼がやってきて皆殺し。私の死体はこの館のどこかの壁に塗りこめられて終わり。それからずっと、この館は殺人鬼のものよ」  シェルヒの探していた館の情報である。 「殺人鬼? 今もいるの?」 12

2015-10-10 16:27:03
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壁のしみは身振り手振りで答える。表情は分からないが、死んだことに対する気持ちの整理はもうついているようだった。 「殺人鬼は死んだよ。でも、殺人鬼のかけた魔法はまだ生きている。恐ろしい魔法陣。何人もの侵入者が殺された。貴方もそうなるかも」  聞いたことのない情報。 13

2015-10-10 16:30:30
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シェルヒが怖気づくと都合が悪いので隠されていたのだ。 「魔法陣か……はは、こりゃ死んだかな」 「大丈夫。魔法陣は崩壊寸前。術者が死んで久しいからね。玄関から大手を振って脱出できるよ。だから、はやく逃げた方がいいよ」  嘘を言っているようには見えなかった。 14

2015-10-10 16:34:12
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「逃げて何になる。こんな簡単な仕事、できないなら舐められて終わりだ」  シェルヒは反発した。階下で物音がする。びくっと身を震わせて部屋の外に視線を移した。入口から覗く廊下には誰もいない。 「僕は碌でもない生き方をしているよ。だから、僕は人一倍頑張らなくちゃいけないんだ」 15

2015-10-10 16:37:16
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リスクを避けてきた生き方だった。だが、大きなリスクに直面して、シェルヒのプライドが刺激された。もう一歩も引けない場所にいる。それに、彼には大切に守るべき地位も資産も家族もない。 16

2015-10-10 16:40:44
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「僕は本当は騎士になりたかった」  シェルヒは再びしみを見つめる。 「でも、若いころの僕は何も知らなかった。あっという間に時間が過ぎるなんて。今では、つまらないコソ泥さ。もう騎士にはなれない。よわっちい大人さ。だから、僕は小さなことに精一杯を費やさなくちゃいけないんだ」 17

2015-10-10 16:43:46
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「僕はがけっぷちで腐った縄に縋りついているんだ。これ以上落ちないように全力を出すしかないんだ」  シェルヒは再び短剣を抜く。魔法仕掛けでも業物でもない、何の変哲もない短剣だ。これで魔法使いの残した魔法陣を破壊せねばならない。 「来るなら来い、僕は戦う」 18

2015-10-10 16:50:17
減衰世界 @decay_world

魔法陣を破壊し、ルーミの遺体を発見し、それで彼女を弔う見返りに館を貰う。そうしよう。大きな収穫、大きなリスク。安全と薄給の中で生きてきたシェルヒにとって、それは興奮の坩堝だった。こんなことならダイナマイトの密輸だって気軽にやっておけばよかったとさえ思った。 19

2015-10-10 16:54:50
減衰世界 @decay_world

不審な音は聞こえない。不気味な静寂。シェルヒの視界の隅で壁のしみが動いた。そのまま部屋をぐるっと回って入口の脇の壁に移動する。 「あなたがやる気なら、あたしも手を貸すよ。あたしだってはやく死体を弔って貰って、浄化されたいんだから。壁のしみなんてもううんざり」 20

2015-10-10 16:58:19
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「君の死体はどこ?」  ルーミは首を横に振る。 「分かんない。殺されたあと、気付いたら壁のしみになってた。ねぇ、あたしを助けてくれない? そうしたら、あなたはあたしのヒーローよ。騎士になれるひとはいっぱいいるけど、ヒーローになれるって、レアじゃない?」 21

2015-10-10 17:01:30