幽霊屋敷の仮定決闘#4(終)

盗賊のシェルヒと、幽霊屋敷で出会った幽霊ルーミ。二人は魔法仕掛けの残酷な運命に必死で抗います #1はこちら http://togetter.com/li/884905 #2はこちら http://togetter.com/li/885319 #3はこちら http://togetter.com/li/885931 続きを読む
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――幽霊屋敷の仮定決闘#4

2015-10-13 16:15:48
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(前回までのあらすじ:古びた屋敷に不法侵入した盗賊のシェルヒ。くだらない仕事に後悔する毎日。そこで彼は壁のしみ、ルーミと出会う。この館は殺人鬼に魔法をかけられているという。ルーミは殺されたらしい。そして、殺人鬼の残した魔法がシェルヒの前に現れる)

2015-10-13 16:18:23
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(前回までのあらすじ2:魔法によって現れたシェルヒそっくりの騎士。彼はシェルヒが諦めた、叶えることのできなかった騎士の夢の実現だった。騎士は魔法陣の制約を破るため、館の外に出るため館の地下室に隠された遺体を処分するという。シェルヒは地下室に籠城し、決心を固めた)

2015-10-13 16:20:40
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(前回までのあらすじ3:地下室で騎士を待ち受けるシェルヒ。そこで彼はルーミの亡骸を発見する。一度は決心したが、騎士が迫ると、シェルヒは逃げ出してしまう。騎士はルーミの遺体を回収し、鏡の力で『完璧なルーミ』を作り出す。一方そのころシェルヒは酒場で飲んだくれていた)

2015-10-13 16:23:24
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シェルヒそっくりの、しかしシェルヒではない完璧な騎士。彼は鏡に向かって、その光の奥を見つめていた。手をつなぎ隣に立つのは、ルーミそっくりの……完璧な令嬢。 「ルーミ、今から君はこの館の主として一切の権利を移譲される。そして、鏡の魔法陣を破り、俺たちを解き放つんだ」 96

2015-10-13 16:27:25
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令嬢は静かに鏡を見る。騎士は鏡に向かって静かに語りかける。 「権利者が今こうしている。そして、その方法も知っている。さぁ、魔法陣の権利を彼女に」  ただの言葉に思えるが、それは魔法的視線を伴った契約の魔法だ。しみのルーミ……ましてやシェルヒには不可能な芸当だ。 97

2015-10-13 16:32:04
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魔法の契約は確かに結ばれる、そう騎士は確信していた。実際、鏡はゆっくりと輝きを増していく。だが、最後の最後で、輝きは頂点に達することは無かった。 「なぜだ? なぜ彼女を権利者と認めないんだ……こんなにも完璧なのに、何も、欠けたところはないはずだ。なぜ……」 98

2015-10-13 16:34:00
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鏡の輝きは強くなったと思えても、すぐに弱まり、まるで電力の不安定な電球のように頼りなく瞬く。 「何が足りないというんだ、全て満たされているはずだ。それが前提条件だ。この魔法の仕組みだ。一体、何が足りないというんだ!」  令嬢も、不安そうな顔で騎士を見つめる。 99

2015-10-13 16:36:11
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「欠けているじゃない」  ルーミの声。しみのルーミは、ホールの隅、暗がりの中で静かに目を光らせていた。 「あなたはあの人のことを、馬鹿にしたよね。可能性を捨ててきた人生だって。空虚な人生かと思ったかしら? そんなこと、あるはずない。あの人の人生に捨てるとこなんて何もない」 100

2015-10-13 16:40:06
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「あたしだってそう。あたしの人生にはいくつもの無駄があったかもしれない。でも、それは全て満たされていた人生よ。だって、あたしはこうして、しみになっても楽しく生きてるじゃない。ご令嬢、あなたは本当に幸せ? 作られた情報だけの、仮定の情報で張りぼてな人生は楽しい?」 101

2015-10-13 16:42:58
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「楽しいわ、あたしは完璧だもの」 「いいえ、虚勢だわ。あなたには経験が無い。仮初の経験では何も得られない。あたしには困難も、挫折も、失敗も、数え切れないほど。それらは一つとして無駄ではなかった。成功しか仮定しなかったあなたに、その一つでも存在するかしら」102

2015-10-13 16:46:04
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「失敗は汚点だ、無駄だ。結果こそ全てだ。成功した結果だけが意味を持つ」  騎士は鏡を殴る。それはひび一つ入らない。 「彼はきっと帰ってくる。あたしには分かる。あなたが無駄だと吐き捨てた全てを背負って、彼は生きている。だからあたしは……彼を信じられるの」 103

2015-10-13 16:48:22
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「絶対に来ない!」 「来るわ、仮定でしか考えられないあなたでは……机上の空論ではそういう答えかもね。でも、本当の人間は仮定を実現させるものよ!」 「来ない!」 「絶対に来る!」 「来れるわけがない! 無様を晒して、再び来れるわけが……」 「来たぜ!」 104

2015-10-13 16:50:59
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激しい音を立てて開かれる、館のエントランスの扉。そこに立っていたのは、勇気で頬を震わせたシェルヒだった。彼は両手に、胴体に、ダイナマイトを巻き付けていた。 「来たぜ……お前が剣を振るうなら、僕はダイナマイトで行く! ダイナマイトは剣より強いんだよぉ!」 105

2015-10-13 16:54:21
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ダイナマイトはニトロスライムという魔法生物を加工して作られる爆発物だ。些細な衝撃で爆発するニトロスライムを安定させてはいるが、最初に相対した時のように剣風を浴びせれば、大爆発を誘発しかねない。騎士はゆっくりと間合いを取る。シェルヒは片手に撃鉄式発火装置を掲げた。 106

2015-10-13 16:57:16
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「引き金を引くだけで、火花が導火線に火をつけるぞ」  脅しの文句を述べつつ、シェルヒもまたにじり寄る。ゆっくりと隅へ移動し、ルーミの遺骨を回収する。 「迎えに来たよ。すべての呪縛と、おさらばする日が来た」  呪縛。ルーミの呪縛。魔法陣の呪縛。シェルヒを悩ました、呪縛。 107

2015-10-13 17:01:03
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「吹き飛ばすんだ、僕は……剣を振れなくても、お前ら全てを吹き飛ばせるんだ! それが僕だ! 吹き飛べ、偽物!」  シェルヒは発火装置の撃鉄を引く! ディスクが回転し連続で火花を起こす! それは容易く導火線に火をつけた。放り投げる。次々と! 騎士は令嬢を抱えて逃げるしかない! 108

2015-10-13 17:03:45
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館のホールは、瞬く間に炎と爆炎に包まれた。シェルヒはもう十分だとばかりに、館を飛び出す。彼の目的は達した。使用したダイナマイトは5本。報酬で払いきれる。シェルヒは走った。遺骨を抱えて、どこまでも走った。 「見たかよ、僕はやった。僕はやったんだ。見たかよ! あいつの顔!」 109

2015-10-13 17:06:26
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騎士は炎の中に、令嬢と共にいた。彼の周囲には風が巻き起こり、炎をはじいていた。それも長くは続かないだろう。彼は炎に沈む鏡を見た。熱で大きくひびが入り、鏡面に舐めるような炎を映す。令嬢は騎士を強く抱きしめる。騎士は抱き返し、シェルヒが去ったエントランスを見た。 110

2015-10-13 17:08:53
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館のエントランスには炎の影となったルーミがいた。彼女は館の地縛霊だ。館と彼女は運命を共にする。それは彼女の願いだった浄化の時だった。 「なぜ彼が来ると信じられた。あいつは負け犬はずだ。結果がすべてじゃないのか。負けたら終わりだと、お前はなぜ思わない」 111

2015-10-13 17:11:04
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騎士は令嬢を抱き、ルーミに問うた。ルーミは炎の笑顔を作る。 「彼は言っていたよ。いつも精いっぱいで生きているって。負けても、辛くても、結果が出なくても、精いっぱい生きてる。だから、彼は逃げても、精いっぱい生きれるのよ。結果が全てなんて、子供でも言える世界の法則だわ」 112

2015-10-13 17:13:26
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「可能性を信じていなかったのは、俺の方だったか。困った、認めざるを得ないな」  騎士は初めて、心から笑った。令嬢も彼の笑顔を見て、表情を和らげる。魔法陣は構造的に完璧ではない。完璧な人間がいないということは、人間の作る魔法の法則に完璧が無いということだ。 113

2015-10-13 17:15:38