ディズニー映画における『親』なるものの変遷

ウォルト時代から『アナ雪』までのディズニー映画における「親」の描かれ方に関する私見です。『ノートルダムの鐘』『塔の上のラプンツェル』『アナと雪の女王』について語っている部分が多いです。
ディズニー 塔の上のラプンツェル 魔法にかけられて ノートルダムの鐘 アナと雪の女王
morisato_snow 3015view 3コメント
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  • 森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow 2015-10-19 19:42:52
    『ノートルダムの鐘』オーディオコメンタリーのレポートを始める前に、ディズニー映画に登場する『親』なるものについて語ります。英語小ネタはありませんけれど。主に取り上げる作品は、『ノートルダムの鐘』に加えて『塔の上のラプンツェル』『アナと雪の女王』です。
  • 森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow 2015-10-19 19:43:06
    最初に、ウォルト存命時代のディズニー映画から概観します。この頃のディズニーは、昔ながらのお伽話を踏襲して「実の両親はいい人、育ての親は悪い人」という単純明快な世界観で物語を作っていました。
  • 森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow 2015-10-19 19:43:15
    当然のことながら、主人公側も義理の親のやることははっきり悪だと認定しています。白雪姫は継母の仕打ちに本気で怯えて森をさ迷い、シンデレラは「自分にも舞踏会に行く権利があるはずだ」と継母の理不尽を糾弾します。
  • 森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow 2015-10-19 19:43:23
    ニューディズニーでも、『ライオンキング』のスカーあたりはこの類型通りだったのですが、『ノートルダムの鐘』において一線を画す悪役が登場します。
  • 森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow 2015-10-19 19:43:31
    クロード・フロロー判事。自分が犯した殺人の罪を隠すために主人公のカジモドを大聖堂の鐘楼に幽閉し、自分だけが唯一信頼できる存在なのだと教え込み、世間との関わりを一切禁じます。
  • 森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow 2015-10-19 19:43:47
    これだけ見れば完全に悪役なのですが、凄いのは幼い頃からフロローとしか関わってこなかったカジモドは本気でフロローを信頼しているという設定。劇中のカジモドの悩みの半分以上は、フロローへの恩義を捨てきれないことへの葛藤と言っても過言ではありません。
  • 森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow 2015-10-19 19:43:51
    この他にも、フロローは「自分が正義だと本気で信じている」「ヒロインのエスメラルダに邪悪な欲望を抱いてしまう」とディズニー史上極めて画期的な悪役だったのですが、惜しむらくは彼の登場した『ノートルダム』自体がかなりの変化球だったこと。
  • 森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow 2015-10-19 19:43:56
    男性主人公、魔法要素ほぼ皆無、ヒロインと主人公が結ばれない展開、写実的な画面作りに重厚な音楽…意欲作であり傑作ではあるけれど、ディズニーのスタンダードにはなり得なかった(※この映画がきっかけで英語で食べていく決意をした人間の意見です)。
  • 森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow 2015-10-19 19:44:04
    この流れを変える最初のきっかけは、「プリンセスが子持ちバツイチの弁護士と結ばれて継母になる」という展開をやった『魔法にかけられて』でしょうか。ただ、あれも「実写とアニメの融合」という特殊性や、肖像権の問題でグッズ展開が制限されたことで大きな変革を起こすには至りませんでした。
  • 森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow 2015-10-19 19:44:09
    そして出てきたのが『塔の上のラプンツェル』のゴーテル。自分の利益のために主人公を塔に閉じ込め、外の世界との関わりを禁じ自分だけを頼るように仕向ける…と、まるっきり女版フロローみたいなキャラです。
  • 森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow 2015-10-19 19:44:16
    そして『ラプンツェル』の凄いところは、フロロー的な悪役を王道のプリンセスものの系譜に連なる作品に登場させたことです。まあ、ラプンツェルの葛藤は、カジモドのそれに比べれば軽いノリで演出されていましたが。それに、ゴーテルはフロローと違って自分を悪と自覚してましたし。
  • 森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow 2015-10-19 19:44:36
    現代的な視点から見れば、ゴーテルは「モラハラ親」や「毒親」の類型に属するでしょう。おとぎ話の中にしか出てこない累計的な悪役から脱却した、すぐそこにいそうなリアルな悪役です。そしてフロローよりもさらに明白に、「悪い人でも親だと完全に決別するのは難しい」ことを浮き彫りにします。
  • 森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow 2015-10-19 19:44:47
    そして、ゴーテルやフロローほどの存在感はないのですが、実は『アナ雪』にもこの系譜に連なる極めてリアルなキャラが登場します。アナとエルサの両親である国王と王妃です。
  • 森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow 2015-10-19 19:45:09
    この人たちの何が凄いって、悪役でも何でもないことです。悪役でも何でもない一般人(身分ではなく気質が、という意味で)なのに、劇中のエルサの苦悩は8割方この人たちのせい、という。
  • 森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow 2015-10-19 19:45:22
    幼いエルサが図らずも魔法でアナを傷つけてしまった後、両親は全力でエルサを守ろうとします。それは確かに愛情から出た行為でしたが、手段が著しく間違っていた。
  • 森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow 2015-10-19 19:45:29
    エルサに魔法をコントロールさせるために、両親は力を隠し、感情を押さえつけさせるという手段を選びます。だから、エルサは自分の力を恐れるようになってしまいました。
  • 森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow 2015-10-19 19:45:41
    この「善人だけれど全てにおいて正しいわけではない」というのが、凄くリアルだと思います。親として、というより、人間として。フロローやゴーテルに自分の親を重ねる人よりも、『アナ雪』の両親に自分の親を重ねる人の方がきっと多いと思います。
  • 森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow 2015-10-19 19:45:47
    って言うか、ゴーテルもフロローも主人公の義理の親でしたけれど、『アナ雪』の国王と王妃は正真正銘のエルサとアナの両親。それなのに完璧に正しいわけではなく、むしろ意図せず問題を大きくしている。ウォルト存命時代の「実の親は善」という神話を突き崩す画期的な存在です。
  • 森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow 2015-10-19 19:47:01
    トロールたちと協力してエルサに対応していれば、まだ少しは状況はよかったのではないかと思われるのですが…自分達だけで抱え込んでしまったのは、トロールに心配をかけさせたくなかったからか、トロールとの接触でエルサの力が露見し、それが原因でエルサが人々から糾弾される事態を恐れたのか。
  • 森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow 2015-10-19 19:47:18
    親でも誰でも、完璧に分かり合うことはできないと思う。でも、歩み寄る努力はできるはず。けれどエルサとアナにとって不幸だったのは、歩み寄り分かり合うための時間を、海難事故による両親の死で奪われてしまったことです。
  • 森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow 2015-10-19 19:47:13
    「そんなことはない、うちの親は私を完璧に理解してくれる」と思う人は、逆に初期のカジモドやラプンツェル並みの洗脳をかけられているのかも(^^;
  • 森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow 2015-10-19 19:47:27
    以上、「良い実の親と悪い義理の親」というおとぎ話を踏襲したウォルト時代から、「いい継母もいる」ことを示した『魔法にかけられて』、「悪い親でも裏切れない子供の苦しみ」を描いた『ノートルダム』『ラプンツェル』、「実の親でも完璧じゃない」ことを示した『アナ雪』への変遷を辿りました。
  • 森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow 2015-10-19 19:47:33
    さて、次のディズニーは、どんな親子関係、どんな悪役を見せてくれるのでしょうか。ハードルは自ら凄まじく高く設定してしまっている状態ですが、ディズニーなら軽やかに飛び越えてくれると信じたいです。

コメント

  • 奥山犛牛 @bogyu 2015-10-19 23:23:11
    私にはエルサとアナの両親は娘を「女らしさ」という型にはめようとしているように見えた。たぶん、その「型」が何かは見る人によっていかようにも取れるもので、エルサが禁じられた魔法は同性愛の暗喩だという意見すらあった。
  • 森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow 2015-10-21 08:35:24
    コメントありがとうございます。確かに、その見方もありますね。と言うのは、実は『Let it Go』の前半の歌詞って、「理想の娘、理想の花嫁」になるためには自分らしさを殺さなければならない苦悩を歌ったムーランの『Reflection』に雰囲気がよく似てるんです。 同性愛のメタファーとして見る場合は、エルサにに関して男性とのロマンスが全く描かれないことを証左とする考察が多いようですね。
  • 森野智子(本名ではなくHNです) @morisato_snow 2015-10-21 08:37:21
    ただ、何にしても王様と王妃がエルサの「自分らしさ」を抑圧したのはあくまで彼らが何らかの固定観念に囚われていたからであり、本人たちはエルサによかれと思ってやっていた。少なくとも、フロローやゴーテルのような打算は全くなかった。なのに結果を見れば問題の原因はほぼあの人たち、なんですよね。
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