【ミリマスSS】早坂そらのボーン・トゥ・ショット
夜の街にネオンが煌めく。道を歩く人々の顔は薄赤くほのめき、雑踏の中で婦人、少女の客寄せ声が響いている。店先のネオンに照らされる女性らは太陽のごとく……いや、獲物を誘い込むチョウチンアンコウの灯火のごとく輝いていた。早坂そらはカツカツとブーツを鳴らし少女の前を通りすぎていく。 1
2015-04-03 18:35:33「……今の娘」そらは雷に撃たれたかのように立ち止まり素早く振り向いた。先程まで店先に立っていた幼なき少女が、男を捕まえ暗い店の奥へと誘っていく。男の鼻の穴がビー玉大に広がっていたのが暗闇の中でも見てとれた。そらは踵を返す。白い息を吐いて身震いし、マフラーを巻き直し先を急いだ。 2
2015-04-03 18:38:03そらの首からは革製のカメラホルダーがぶら下げられている。その中には自家製カメラと貴重品一式が入っていた。そらの生活はいつでもカメラと共にあった。自分は写真を撮るためだけに生まれてきたという自負もあった。だが不安もあった。愛するアイドルたちと永遠に共にはいられないという不安が。 3
2015-04-03 18:41:25「違うわ、琴葉ちゃん。違うの。お姉さん悲しい」バーに入ると、独特の抑揚を伴った百瀬莉緒の声がそらの耳に届いた。その声が発せられた場所を探す。すると、田中琴葉がそらの方を見て助けを求める瞳でこちらを見ていた。琴葉は円い濃茶の机の横に立っており、その机には莉緒が席取っていた。 4
2015-04-03 18:44:59店内の明かりは、間接照明だろう、かなり薄暗く、やや不規則に配置された机にはまばらに客が入っている。そらは懇願の瞳を向けている琴葉に向かって、親指と人指し指を二回トントンと鳴らして見せた。『OK』の合図だ。写真撮影でその合図を幾度となく見ていた琴葉は意味を察し胸を撫で下ろした。 5
2015-04-03 18:47:41「合コンっていうのはね、外見のキレイさだけが問題じゃないの。いかに自分を誇張して見せるか。蝶々だってあのキレイな羽はなんのためについてると思う?飛ぶためだけじゃないのよ」「莉緒さん、お待たせしました」そらは莉緒の肩を優しく叩く。莉緒は口をすぼめたまま振り向いた。 6
2015-04-03 18:50:29「あら、そらちゃん。どうしたの?」「莉緒さんを見かけたからつけてきたんです」「フーン、そお」実際には、べろべろに酔った莉緒を家に帰してほしいと琴葉から電話があったのだ。酔った莉緒はそらの嘘など気にもかけない。そらには好都合だった。「そらちゃんは何呑む?」莉緒が尋ねる。 7
2015-04-03 18:54:17「そうですね、ライカニコンなんてどうでしょう?」「ンフフ、いいんじゃない?ライカニコン!ライカニコンいっちょう!!」莉緒が高々と指を突き上げ、琴葉は頷いてカウンターの奥へひっこんだ。何やらグラスを拭いている。そらはいたずらっぽく背中の後ろで人指し指と親指を二回合わせた。 8
2015-04-03 18:58:53琴葉からは莉緒を連れ帰ることを頼まれたが、そらはこの機会に莉緒と一杯呑もうと企んでいた。連れ帰るのはその後でも遅くはないだろう。「ねーえ、そらちゃーん?」いつのまにか莉緒は、うつ伏せになって机に指で文字を書いていた。思ったより酔っているようだ。「どうしたんですか?」 9
2015-04-03 19:04:17「いっつもありがとうねぇ、そらちゃーん」莉緒の口調がどんどんゆっくりになっていく。あるいはそれは、765プロに所属する癒し系アイドル木下ひなたの真似かもしれない。そらは首から掛けていたカメラホルダーをバスケットに入れ、その上にコートとマフラーを被せすっと席についた。 10
2015-04-03 19:08:28「私みたいな残念なおばさんなんて撮ってもしようがないでしょうに」「何言ってるんです、莉緒さんはみんなのお姉さんですよ」「…………こないだの男の子にもそう言われたのぉ」地雷を踏んだ、とそらは直感する。それは実際地雷であった。莉緒は訥々と語り出す。そらは黙って話に耳を傾ける。 11
2015-04-03 19:13:38「…………あとちょっとだと思ったんだけどねェ、すんでのところで逃げられちゃったの。ンー、逃げられちゃったっていえばァー……そうだ、あの子もそうだったかしら…………ウーン……」莉緒はくるくると人指し指を回す。何か思い出せない時に莉緒がよく見せる癖だ。莉緒の頬は赤い。 12
2015-04-03 19:17:49そらは、五分ほど前に琴葉が運んできたライカニコンに口をつける。強いカクテルだ、そらは自分がカクテルに浸かっていく感覚を覚える。しかしそらは酒豪だった。ライカニコン一杯ではさほど酔いはしない。目の前の莉緒が紡ぎ出す言葉が、そらの酔いを加速させているのかもしれなかった。 13
2015-04-03 19:21:09「私はあの子にいっぱい愛情をそそいできたつもりだったのよ~、だけど……だけど逃げられちゃった……。ねぇ、そらちゃん?あの子が私から受け取ってたのは、愛情なんかじゃあなくて、お金だけだったのよねえ」「………………器がなかったんですよ、きっと」「うつわ?」莉緒の目が点になる。 14
2015-04-03 19:23:36「はい。私も、写真撮影をしてると常々思うんです。器がない。……莉緒さん、今度は私の話、聞いてくれます?」「……いいわよお~?」そしてそらは語り出す。酒の力も手伝ってか、そらの奥から、普段の生真面目さの中に隠していた感情が流れ出してくる。その流れはほんの少し澱んでいる。 15
2015-04-03 19:30:05「…………カメラを構えてレンズを覗き込む。そうすると、見えるんです。その娘の中が」「えー、きもちわる~い!ンフフ」「……もちろんそれは、骨や肉、血の流れや筋組織の収縮が見えたりするわけじゃなくて……もっとキレイな……ぼやーっと曖昧にしか見えないんですけど……」「ふう~ん」 16
2015-04-03 19:32:43「白く光る立方体や、赤い半透明の球体。そういうのは大抵どの娘にもあるんですけどーーーー球体はたぶん心臓だと思うんですけどーーーーすり鉢みたいな、うすーい青でガラスっぽい……そういう器がある娘が、たまにいるんです。765プロはみんなそうなんですけど」「すごいわねえ」 17
2015-04-03 19:38:22「…………器がある娘を見ると、私はそこにズームインします。それで、パシャリ。器が一瞬、くるりと彗星のように煌めく。それを狙って、写真を撮る。出来上がった写真を見ると……その娘の持つ最高の表情が、そこには写っているんです」「へえ~」莉緒は曖昧に相槌をうつ。そらは続ける。 18
2015-04-03 19:44:00「要するにそれは“素質”なんです。器がある娘は好かれ、周りの人達に支えられ、いずれ大成する。私はそういう娘たちをたくさん見てきました。莉緒さんの言う男性には、器がなかったんですよ。愛情をそそいでも、受ける器がなかった。きっと莉緒さんは悪くありませんよ、その男性が悪いんです」 19
2015-04-03 19:46:37「……そんな事言わないでよ」「えっ?」そらはトーンの下がった莉緒の声に驚き、莉緒の顔を見る。莉緒の目には大粒の涙が今零れ落ちんばかりに溜められていた。励ますつもりでそらが掛けた言葉が、莉緒にはかえって嫌だった。それは喩え分かっていても聞きたくない言葉だったのだ。 20
2015-04-03 19:50:06「私、あの子が大好きだったの、でも、でも、逃げられちゃったのお」「莉緒さん」「私の愛情が伝わらないなんてイヤなの、イヤなのイヤなの」莉緒の頬を滑り降りた滴が机を濡らす。莉緒は声を立てて赤子のように泣きじゃくり始めた。「うっうっ、うえ、うえええええん、うぐっうえっえええん」 21
2015-04-03 19:53:16嗚咽を上げる莉緒の肩を優しく支えたそらは、バスケットに入れていたマフラーをそっと莉緒の首に巻いた。心配した琴葉が駆け寄ってくる。そらははにかんだ。「琴葉ちゃん、いい顔してたね」「えっ?」「今日はもう飲み会はお開き。私の家で女子会するね」そらは莉緒を連れてバーを去っていった。 22
2015-04-03 19:56:00ライカニコンの入っていたグラスのそばに、一枚の写真が伏せられていた。そこには、ほの暗い照明を浴びながらグラスを拭く琴葉の姿が写っている。グラスの汚れを確認しているのだろう、琴葉はグラスを顔の高さに掲げ、小難しそうに眉をほんの少し細めている。その横顔はとても蠱惑的だった。 23
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