#春夏秋冬紅茶店 スズリと老婦人の話

空想の街に参加予定 #春夏秋冬紅茶店 の新キャラクタースズリの話です。
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佐和島ゆら@星月堂へようこそ(新作)販売中 @sawajimayura227

季節も深まり、天高く馬肥ゆる秋。 スズリは時計塔で時刻を確認して、紅茶店の中に入った。 中には店主のアキトが紅茶の缶を包み、妻のハルカがお客の老婦人の相手をしていた。 それはいつもの、見慣れはじめた光景である。#春夏秋冬紅茶店

2015-10-21 23:51:01
佐和島ゆら@星月堂へようこそ(新作)販売中 @sawajimayura227

スズリは十日前に拾われた。怪我した彼女が店先でうずくまっているところを、夫婦が見つけて手当てしたのだ。 明らかに襤褸を纏って、目つきもよくないスズリの姿は怪しかっただろうに、夫婦は献身的に面倒を見てくれた。 素性を言えないスズリをしばらく預かるとまで言ったのだ。#春夏秋冬紅茶店

2015-10-21 23:55:52
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そうしてスズリは世話になっている。 話は戻ろう。 ハルカと老婦人の話はなかなか終わらなかった。 外の掃除が終わったことを伝えねばと思い、二人に近づくと老婦人がこう言った。 「私は、金を払わないと気が済まないのだよ! 慈悲だけもらうなんて大嫌いなんだ!」#春夏秋冬紅茶店

2015-10-21 23:59:40
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スズリは目を丸くする。 老婦人も自分の声にびっくりしたのか、肩をすくめた。 「と、とにかく。うちの家に勝手に上がり込んでくるのを、捕まえないとね」 恥ずかしげに目をそらしながら、老婦人は店を出て行った。 スズリは目を瞬かせ、困ったように顔を見合わせる夫婦を見た。#春夏秋冬紅茶店

2015-10-22 00:05:05
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昼食は細切れ野菜と豚の塩漬け肉のスープと、チーズを厚めのパンにのせたものだった。 「……また、チーズか」 「おいしいでしょ」 「ハルカさんってチーズ好きなんですか?」 「ええ、大好きよ。こんなにとろとろで幸せよぅ」 ほっぺが落ちそうにハルカはほほえんでいる。#春夏秋冬紅茶店

2015-10-22 00:15:16
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アキトは食事を完食すると、紅茶を振る舞った。 酸味の強い香りのする紅茶だ。珍しい野いちごのフレーバーを使っていると店主は語った。 紅茶を飲みながら、ハルカは呟く。 「あのお客さん。大丈夫かしらね」 「だいぶ、いきり立っていたからなぁ」 スズリは頭を傾げた。#春夏秋冬紅茶店

2015-10-22 00:24:34
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「何があったのですか?」 スズリが尋ねると二人は同じタイミングで息を吐く。 アキトは紅茶を片手に語り出した。 あの老婦人はこの街でそこその長く一人で暮らしていて、倹約家としても評判なんだ。気が強くて、特に意味なくお世話になることを嫌っている。#春夏秋冬紅茶店

2015-10-23 13:03:01
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そんな老婦人の家の一番低い位置のある窓に、この十日間、奇妙な贈り物が贈られているそうだ。飴やドングリ、花や薬草、古ぼけたコインに、ぴかぴかの瓶の蓋。 老婦人はいつも置かれる窓で気を引き締めて見張っていたが、年のせいかずっとは見られなかった。#春夏秋冬紅茶店

2015-10-23 18:01:24
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「何するか、分からないなぁ。あのお婆さんは」 「どうしてそんなにプレゼントを嫌うのかしらね」 「……」 スズリは紅茶を飲んだ。違和感を感じた。木イチゴの香りに何かが混じっている。 「アキトさん。これ。レモングラスが混じってません?」 アキトは目を丸くした・#春夏秋冬紅茶店

2015-10-23 18:05:06
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「よく分かるな。ほんの匙一杯混ぜたんだ」 「あぁ。だからさっぱりした感じがするんですねぇ。このお茶」 「スズリちゃんはいい鼻しているわね。全然気付かなかったわ」 二人が驚嘆の声を上げるのを、スズリは肩身狭そうに聞いていた。 彼女にとって何てことのない話だ。#春夏秋冬紅茶店

2015-10-23 18:08:47
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彼女の遠い先祖は狼と交わったとされている。スズリは傍目人間ではあるが、狼のごとく鼻がきき、足も速かった。ただし水は苦手である。 人間であれば特別だったろうが、出自故にスズリの特性は長らく獣の性だと忌み嫌われていた。だからスズリは自分が何者かを二人に言えない。#春夏秋冬紅茶店

2015-10-23 18:12:58
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言ったら、嫌われて追い出されると信じて疑わなかった。 二人の発言に冷や汗をかくスズリをよそに。 二人はしばらく感心して、スズリをまじまじと見ていた。 脚力の高いスズリは走ることが好きだった。 その日はフォリス橋を渡り北区を走っていた。洋風の館はとても綺麗だった。#春夏秋冬紅茶店

2015-10-23 18:18:38
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走っていると袋小路に入ったらしく、レンガの壁が見える。 人のいないことを確認して、壁を思いっきり蹴る。宙で一回転。 体勢を整え、自慢の足は難なく地面に足がつく。 「夜なら、このまま屋根の上にのぼって月でも見たいなぁ」 スズリはぽんぽんと膝についた土埃を払った。#春夏秋冬紅茶店

2015-10-23 18:23:00
佐和島ゆら@星月堂へようこそ(新作)販売中 @sawajimayura227

「あ、あんた! 何者だい!」  聞き覚えのある声がして、スズリが声をした方を見ると老婦人が窓から身を乗り出していた。まずいと思ったが、愛想笑いを浮かべる。 「いえ、ただの紅茶店の手伝いです」 「曲芸師なのかい。あの跳躍は尋常じゃない」 「まぁ、元は」 嘘ではない。#春夏秋冬紅茶店

2015-10-23 18:26:42
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曲芸のまねごとをして生きていたこともある。最初にいたのはサーカスだった。売られたのだ、乳児院からまっすぐ出荷されたのだ。 「まいったね。あいたたた。びっくりしすぎて、腰を抜かしてしまった」 「だ、大丈夫ですか」 「大丈夫だよ! ただまいったね、届け物が出来ない」 #春夏秋冬紅茶店

2015-10-23 18:29:32
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老婦人の脇には包装された箱があった。 「あ、良かったら私が持って行きますよ」 「いい。これは私の仕事だ。だからだいっ……いたた」 「無理すると、足が屑になって、立てなくなりますよ」 「お前。見た目に寄らず口が悪いね!」 「これは失礼」 スズリは窓から侵入する。#春夏秋冬紅茶店

2015-10-23 18:33:54
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「そんなにお世話になりたくないなら、待っている間お礼でも探してください。ただが嫌なら、お礼を用意すれば良いじゃないですか。私まどろっこしいの、駄目なんですよー」 スズリは箱を持つと、ぴょんと窓から出て行った。老婦人はスズリの行動に唖然としたが、やがて笑い出した。#春夏秋冬紅茶店

2015-10-23 18:37:01
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「まったく、口が減らないねぇ。息子に爪の垢を煎じて飲ませたいもんだ!」 老婦人は腰を痛まないようにゆっくりと上げて、お茶会の準備を始めた。誰もお客を呼ばないのに、スコーンとクッキーを焼きすぎて困っていたのだ。 ついでに小皿に水を張って、花を浮かべて見せよう。#春夏秋冬紅茶店

2015-10-23 18:41:56
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「だけど、どうして私の好きな花ばかりが置いてかれるのか」 老婦人はその答えにうすうす感づきながら、それに背を向けるようにお茶を作り出した。 老婦人が勇気を出すには、時間が経ちすぎていたのだ。 #春夏秋冬紅茶店

2015-10-23 18:46:24
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スズリは戻って、老婦人とお茶をともにした。 紅茶店の二人にもわけてあげたいと思うような美味しいお菓子が皿に並ぶ。紅茶も美味しく、スズリは頬がこぼれおちそうだった。やがてお腹も落ち着くと、スズリは聞いた。 「お婆さんって、なんでこんな立派な家に一人なのですか?」#春夏秋冬紅茶店

2015-10-23 18:51:15
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「あんたはずいぶんデリカシーがないね! 親はどういうしつけをしたんだい」 「残念ながら、親はいません。生まれは乳児院、育ちはサーカス、流れ流れて紅茶店の手伝いをしているので」 「なんだ、見た目に寄らず苦労しているんだね」 「……お婆さんも口の悪さが相当ですよね」#春夏秋冬紅茶店

2015-10-23 18:54:09
佐和島ゆら@星月堂へようこそ(新作)販売中 @sawajimayura227

老婦人は息をついた。 「私は息子に出て行かれてしまったんだよ。結婚を反対してね。元々大人しい息子がこれ以上ないくらい怒ってね。けんか別れ、それから連絡をとってない」 「どうしてそんなにけんかしたんですか?」 「嫁が孕んだからと言ったからさ」 「あーあー……」 #春夏秋冬紅茶店

2015-10-23 18:59:52
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「私の時代じゃ結婚前に妊娠なんて考えられなかったからね」 老婦人は苦笑いをした。 「だがもうそれも。十年も前だ。孫も生まれているに違いない。いったいどんな顔をしているのかと思っているけどね」 「双方ごめんなさいして、会えば良いのに」 「それがうまく出来ないんだよ」#春夏秋冬紅茶店

2015-10-23 22:56:04
佐和島ゆら@星月堂へようこそ(新作)販売中 @sawajimayura227

私も悪くないし、息子も悪くない。お互い口が過ぎただけ。 でも、もう一度会うには時間が経ちすぎた。 「会った時に何て言えば良いのか、分からないんだよ」 スズリはぽつんと呟く老婦人を見て寂しい気分になる。 どうして家族なのに一緒にならないのだろう。 ふと気配を感じた。#春夏秋冬紅茶店

2015-10-23 22:59:39
佐和島ゆら@星月堂へようこそ(新作)販売中 @sawajimayura227

床を一度蹴れば、窓辺に近づくほどの瞬発力。窓の外には、十歳くらいの男の子がいて、スズリと目が合ったことに驚いた。そうして、ハンカチを一枚落として逃げ出した。子どもらしく素早い動き、しかしスズリの足には叶わないだろう。だけどスズリはわざと逃がしてあげた。#春夏秋冬紅茶店

2015-10-23 23:03:03