「自分で管理できる自分の悲劇」と「自分で管理できない他人の悲劇」の違いについて

すでに他の方によってまとめられていた話題ですが、まとめの趣旨が異なることと、抜けていた言及もあることから個別に編集しなおすことにしました。 #TRPG や作劇における、悲劇を管理するということ。上質な悲劇について。 - Togetterまとめ http://togetter.com/li/883675
アニメ TRPG ケイオスドラゴン 悲劇 シナリオ 創作 キャラクター
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泉信行 @izumino
ケイオスドラゴンの1話を見て感じたのは「確かにTRPGセッションで盛り上がりそうな展開だな」で、TRPGのプレイ演出って非ゲームの物語に比べると、自ら悲劇を招いたり「こんな犠牲を出すつもりじゃなかったのに」と慟哭したりといった自分を追い込む展開をなぜか楽しみやすいというのがある
2015年夏期アニメ終了後
泉信行 @izumino
1.アニメのケイオスドラゴンの作劇の話になって、自分は断片的にしか見ていないからなんとも言えないけども、TRPGやアナログゲームのプレイ体験から「ゲーマーにとって自分で悲劇を管理できることは非常に楽しい」という説を話した。特に勝ち負けを求めない(とされる)TRPGの場合、
泉信行 @izumino
2.率先して迷惑なことをしたり死にに行くような行動を取ることでも楽しめるという性質がある。極端に言えば「死にフラグを立てる」のも楽しい遊び方に挙げられる。管理された悲劇は現実には辛くないので楽しめるわけだが、人間は「悲劇を演じること」が本能的に好きなのだ、というのがぼくの考え方。
泉信行 @izumino
3.ところが自分で管理できない悲劇。例えば対戦ゲーム(対CPU含む)での敗北や、客として眺める物語のキャラの不幸などは自分で管理しようのない「理不尽」なので単純に辛く苦しい。辛さを乗り越えて悲劇に共感するためにはよほどの一体感がより必要だとも言える。一方、作り手の中にはたまに、
泉信行 @izumino
4.「悲劇を描きたいがストレスを嫌がる客が多い」とこぼす人がいて、だが実際は、自分の演じる悲劇が作者にはRPG的に楽しいだけ、というケースと区別がついてないこともあるので注意が必要だ。言えるのは、キャラクターに没入できる演じ手の方が自分を辛い目に追い込んで楽しみやすいという点で、
泉信行 @izumino
5.ストレスフリーな作劇というは、作り手側が受け手目線を持っていないと(つまりキャラを一旦「辛い目に遭わせるとなんか悪いことしてるみたいだな」と突き放せる距離感がないと)逆に難しいんじゃないか、それは評論家がよく言う自己投影や自己愛という理屈とは逆じゃね?という見方もできるわけだ
  • つまり逆に言えば、「自分の悲劇ならまだしも、他人の悲劇は見る気にならない」という側面も人間にはあるということ
泉信行 @izumino
6.もちろん「他人事だからこそ悲劇を楽しめる」側面もあるが、実はそれも「これは作り話(orギャグ作品)なのでオチがある」とか「こうなってしまう気持ちや理由はよくわかる…」といった構造的な理解が不可欠で、実は物語への参加度は高いとも言えるのだ(ケイオス〜の話ではなくなって終わり)
  • ここに補足すると、他者には「まったく無関係な赤の他人」から「知り合いや友達になるかもしれない他人」「友達や家族、好きな人」までの距離感の違いがある
  • 物語の登場人物は後者のタイプの「他者」(好きな人)に近い
  • 前者のタイプの「赤の他人」にかぎってなら、どんな目に遭っていようと「他人の不幸でメシがうまい」が楽しめるのは当然でもある
GiGi @gigir
作り手は悲劇の顛末を想像できるけど受け手はそうとは限らないのでストレス量がぜんぜん違うのよね。お約束の型が求められるのもこのあたりに起因する
月夜見 @tukuyomi4731
あー、これわかる。すごく分かる。
月夜見 @tukuyomi4731
上質な悲劇に酔ってるときって、明らかに脳からキモチイイおクスリ出ちゃってるもの。
夢望ここる @yume_nozomi
「自分で管理できる悲劇の楽しさ」という観点でございますか。なるほど。>RT
夢望ここる @yume_nozomi
ゲーム自体が勝ち負けを求めていて、敗北・悲劇を自分で管理できない対戦ゲームや、眺める物語ゲーム……これらは自分で悲劇管理ができない。
夢望ここる @yume_nozomi
対戦ゲームでは「わざと演出して負ける」もできなくはないですけれど、基本的に実力がぶつかり合うことを想定するのならば、敗北は「運が悪い」とか「戦略がだめだった」等になって。
夢望ここる @yume_nozomi
TRPGも、GMさんやPLさんの方針によっては「勝ち負けがあるようなもの」ではあるんですよね。誰もが助かり敵は倒せるハッピーエンド、敵はのさばり誰もが死んで世界は闇に覆われてしまうバッドエンド……とすると、前者は勝利、後者は敗北でしょうし。
夢望ここる @yume_nozomi
けれども「自分(PL)の目的が果たせれば個人的には勝ち!」という楽しみ方もあるんですよね。生き残るのが最終目的として持っていなくて、道中で味方を守って盾になって死んでいく、とか。……あ、これが「管理できる悲劇」になるのかしら。
泉信行 @izumino
twitter.com/izumino/status… 昨日、連投したこの話題へのコメントですね。TRPGで「仲間をかばって死ぬ」「俺に構わず行け」を演じるのはかなり楽しい、というのはその通りだと思います>RT
泉信行 @izumino
具体例としてケイオスドラゴンのシナリオにあまり触れるつもりはないんだけど、「ぼくのせいで大事な人が死ぬ」が面白い話として成立すると思えることはものすごくTRPGっぽいよなー、という話で。とりあえず大事な人の亡骸を抱きかかえながら慟哭とかすることがロールプレイング的には楽しい
月夜見 @tukuyomi4731
しかし、やはりエンターテイメントとしての悲劇は、かなり難しいんだと思う。実際、ただ胸くそが悪いだけの物語で、楽しいと思うことはあんまりないし。
月夜見 @tukuyomi4731
ロミオとジュリエットの話をしましょう。ロミオとジュリエットは、敵対する家に生まれた二人で、決して結ばれぬと分かっていながら恋に落ちます。
月夜見 @tukuyomi4731
「ロミオよロミオ、ああ、どうしてあなたはロミオなの」という有名なセリフは、この後に、あなたが家を捨てるなら、私も家を捨てましょう、と続きます。
月夜見 @tukuyomi4731
許されぬ恋に身を焦がす二人の姿に、観客は輝かしい未来を信じたいと思いつつも、悲劇の予感を感じ取ります。こうした丁寧な描写や、下敷きになる背景によって、どんどん悲劇の予感は強まっていくのです。
月夜見 @tukuyomi4731
上質な悲劇というのは、こういう悲劇への心理的な誘導が巧みな作品だと思うのです。これが下手くそだと、なんかのれないなーで終わってしまう。
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コメント

しめすへん@ネ人造人間 @shimesuhen 2015年10月25日
人が泣くのは悔しさからであり、共感できない相手の悲劇では泣けないのです
泉信行 @izumino 2015年10月25日
よく「この作品のなかに苦労して勝つ凡人キャラを出せ!」って要望述べる人っているんですけど、そこで想定してる凡人努力キャラが、その人の「オリキャラ」を出してください!って要望だとすると興味深いですよね。その凡人キャラが苦労するのが他の人にとって楽しいかは別だという
柵田思量【φ(..)メモメモ】 @sakutashiryou 2015年10月26日
運命から自由になりたいようで運命を生ききりたいと望むのが人(福田恆存)(ゝω∂)
エビゾメ|9/22砲雷52 も-26 @ABzome 2015年10月26日
TRPGやってない僕があんまりえらそうに言えたことではないんですけど思い出したことをちょっと1つ。作業のバックでニコ動のTRPGリプレイ動画見るのが趣味の1つなんですけど、終盤で実は悪だったでも人間としての内情は知ってる的な相手をヒロインポジション役のPLがここぞという戦闘ラウンドで「でもやっぱり私には攻撃できない!」っていうなかなかドラマチックなロールプレイに出たことがあるんですよ。
エビゾメ|9/22砲雷52 も-26 @ABzome 2015年10月26日
これ後日談的なPLトーク内で遊んでいる仲間同士ではかなり盛り上がってたらしいんですけど、ここのコメントが「何やってるんだアホか周りに迷惑かけるな」てな感じで荒れたんですよね。たぶん機械で完成されたゲームしか触ってないとキャラの性格含めて自分で動かす醍醐味がわからずクリア効率でしか想像できないんだろうなーと(まあ勿論TRPGにも効率派がいるのは踏まえた上で)。
深井龍一郎 @rfukai 2015年10月26日
効率重視プレイヤーは時にはマンチキンと呼ばれて忌み嫌われるんやで(Wikipediaでは和マンチとされてる概念)。
かむろ(カワイイ) @kam_r 2015年10月29日
悲劇のストレスのくだりはよくわかるなあ。言語化された感じ
ウェポン @weapon2011 2015年11月4日
ABzome その動画を見たことが無いから断言は出来ないが、それは効率派の問題でも知識の問題でもなく「動画と実プレイの違い」の問題だと思う。実プレイだと、言い方はいろいろあれど「非効率的なプレイするけどええかな?」「ええよやったれー」みたいな感じで他PLの同意を得るか、気心の知れたPLの内面を呼んでそういう事するのが普通。逆に他のPLが良い顔しないのにそういうRP強行するのはただの困ったちゃんPL。
ウェポン @weapon2011 2015年11月4日
ところが、盛り上がりやテンポを考えると、動画ではどうしてもそこらへんのメタ要素、プレイヤーのぶっちゃけ相談は排除されがち。あと動画内PLはPCへの感情移入度が実プレイPLより高い事も多いし。で、その結果「他PLの同意を取ってないのに、突然非効率プレイに走る困ったちゃん」のように見えてしまう、んで叩かれる、と言う。
新坂 @sinzaka 2016年3月17日
TRPGにおける「管理できる悲劇」の多くは、大抵ゲームのオープニングや回想シーンで演じられるってイメージがありますね。この悲劇的な演出によって、キャラクター(とプレイヤー)にモチベーションを与えたり、そういう悲劇を背負うかっこよさを表現するわけです。その上で最後はハッピーエンド(納得できる終わり方)にすれば、「悲劇を乗り越えて幸福な(納得のいく)結末に至ることができた」というカタルシスのある物語が完成するわけです。で、実はケイオスドラゴンの悲劇もこういうことだったんじゃないか、とか。
新坂 @sinzaka 2016年3月17日
ABzome 自分もその動画を見てないんで適当言いますが、それは多分実際に遊んでるプレイヤーと、動画を見ている視聴者の差ですね。物語を見ていて、「なんでその選択をするんだ!」「いいから早く告白しろよ!」と思ったことはないでしょうか。それです。TRPGでは特にキャラクターを動かしているのが作者という神ではなく、GMという神に対するPLという人間なので、そちらを直接批判しやすい構造がある気がします。アニメで言うと監督ではなく脚本家が叩かれがちなのもこういう構造ゆえかもしれません(ホントか)。
新坂 @sinzaka 2016年3月17日
あ、「GMという神に対するPLという人間」と言いましたが、もちろんTRPGはGMとPLが協力して物語を作るゲームなので、実プレイ上でGMよりPLの地位が低いということはありません。単にリプレイを受け取る側から見ると、こう見えるというだけで。…GMの権威とかゴールデンルールとかその辺の話は稀代の名著、「なぜなに未来侵略」の単行本を読んでください!(ダイマ)
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