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渡邊芳之 @ynabe39

千の風になって。

渡邊 芳之(わたなべ よしゆき、1962年4月22日 - )は日本の心理学者。帯広畜産大学人間科学研究部門(人文社会・体育学分野)教授。博士(心理学・東京国際大学)。 佐藤達哉、尾見康博との共同研究を中心に心理学論、心理学史、人格心理学や血液型性格分類の批判的検討などの分野に論文・著作を持つ。趣味はレコード蒐集。
http://ja.wikipedia.org/wiki/渡邊芳之

渡邊 芳之 -帯広畜産大学-
http://www.obihiro.ac.jp/ichiran/watanabe_yoshiyuki.html

 

渡邊芳之 @ynabe39
自己決定できてそれが周囲に認められる種類の障害者とそれができないあるいは認められない種類の障害者とでは障害受容のありかたも自立のありかたもまるで違うものになる。
渡邊芳之 @ynabe39
世の中が「障害者の自己決定」の例としてあげるのはいつも「パラリンピックに出て活躍する」「専門的な仕事で健常者以上の実績を上げる」といったことが可能な種類の障害を持った人ばかりである。
渡邊芳之 @ynabe39
この問題はそのうちガッツリ何かに書かせてもらう。
riffraff🌤️リフラフ @riffraff_n
@ynabe39 LGBTのひとたちについても、あのひとたちは「すぐれた才能を持っているから」差別してはいけない、みたいなのありますよね。「そうじゃない」ひとが大半なのが(LGBTでないひとたちがそうでないのとおなじように)当たり前なのに。
@to_boesuruinu
@ynabe39 最近、こういうお店も出来たみたいです。 義手・義足の“欠損女子”に会えるバーに潜入 障害は「かわいい・かっこいい」|ウートピ wotopi.jp/archives/28686 #wotopi @wotopinewsから
渡邊芳之 @ynabe39
@to_boesuruinu これだって「脚はないけど精神はまともで顔は可愛い」というので成り立つわけです。
山の彼方の空 @yamano7kanata
@ynabe39 頭のよい、勉強も鍛練も訓練も持続出来て、身体的能力も元々もって結果も出せる障害者もいるけど、障害者も人それぞれ色々なんですよね(そう言うと健常者への言葉感情より強く努力や忍耐力がないだけでは、甘えるなと言われる)
渡邊芳之 @ynabe39
@yamano7kanata 自分はいつも知的障害や精神障害の人のことから考えます。
渡邊芳之 @ynabe39
これが「精神障害フェチ」「知的障害フェチ」ならどうか。われわれは「知的障害の女性が知的障害フェチを相手にそれを売り物にする店を出す」ことを「自己決定」と受け取れるか。
山の彼方の空 @yamano7kanata
@ynabe39 先生のお考えと解離するかもですが、軽度の障害者の場合、障害者の世界では、そんなことくらい、と言われ、健常者の世界では「そんな障害」「でも障害者だろ?」となり、プレッシャーと努力しても優秀になれない自分との葛藤でつらい思いをする人が少なくないです。
渡邊芳之 @ynabe39
これについてはここで議論するつもりではないのでご意見への返信はしない場合があります。
@to_boesuruinu
@ynabe39 インタビューにも有りますが、障害者同士でもどう接するか難しい話ですし、自分の障害にどう向き合ってるかは人それぞれですし、どう接すれば良いのか悩みます。先生のご指摘の事は以前、発達障害の方からも同様の指摘を受けて悩んでおります。
渡邊芳之 @ynabe39
@to_boesuruinu 「人の気持ちがわからないのを喜んでもらえる」ということの怖さって「手がないのを喜んでもらえる」のとはそうとう異質ですよね。
@to_boesuruinu
@ynabe39 障害のある人が皆何か一芸に秀でてる訳ではないという指摘でした。その発達障害の方は物の考え方が論理的で性格がさっぱりしてたのが魅力的でしたが、それは「人の気持ちが解らないのを喜んでる」様なものだったのでしょうか。
semiconK @SemiconK
@ynabe39 失礼します。みんなの言う障害者には時々、知的障害者や精神障害者が入っていない気がしています。兄はB-2の知的障害があるのですが、こういう例はあまり注目されないものなのでしょうか。
渡邊芳之 @ynabe39
@SemiconK 知的や精神の人については「わかりやすい自立」とか「わかりやすい障害克服」の例があまりないからイメージしにくいのだと思います。肢体不自由の人たちにも精神とか知的障害への偏見は普通にありますし。
渡邊芳之 @ynabe39
パラリンピックの「パラ」はもともと「周辺、関連」という意味のパラではなくて「麻痺(パラライジス)」の「パラ」なのだそうだ。
semiconK @SemiconK
@ynabe39 ありがとうございます。よくわかります。
渡邊芳之 @ynabe39
もう買えますが納品は少し時間がかかるようです。私もまだ実物を見ていない。 障害受容からの自由―あなたのあるがままに シービーアール amazon.co.jp/dp/490808307X/… @amazonJPさんから
渡邊芳之 @ynabe39
障害と支援者との関係でも,支援者が「自分が障害者を支援している世界とのつきあいかた」としていろいろな認識の枠組みを持つのはかまわないけど,その枠組みを当事者や家族にまで押し付けてくると「ちょっと待って」と思う。障害受容の問題なんてまさにそうだ。
渡邊芳之 @ynabe39
自分は支援者が「障害受容している/していない」という枠組みで当事者や家族を分類して,それに応じた対処や支援方法を考えるのは別にかまわない(しかたがない)と思う。
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コメント

NTB006 @NTB006 2015年10月31日
精神障害者の場合、天才であった時のみ評価されそれ以外では酷い物です。
trueよりも浅い場所 @ibaranika 2015年10月31日
NTB006 それは健常者でも同じことでは…よくも悪くも人は自分と同じ尺度でしか語れないわけで、健常者の基準や価値観に付随するのは仕方ないことでしょう。
BUNTEN @bunten 2015年10月31日
珍しく期待しとく。→なべ先生
🚮 @recyclebin5385 2015年10月31日
発達障害者がアップを始めました。 しょっちゅうエジソンやアインシュタインを引き合いに出して空しい希望を煽る奴が出てくるけど「天才の一部が発達障害者である」イコール「発達障害者全員に素晴らしい才能が眠ってる」じゃないから
九銀@半bot @kuginnya 2015年10月31日
いつぞやの「キモくて金のないおっさん」のまとめを思い出す。
こぎつね @KogituneJPN 2015年11月1日
確かに発達障害者は良くも悪くも変わってるけど一芸に秀でる人が多い傾向があるけど、それが社会の需要と合致してるとは限らない。そもそも支援を受けれずに潰されてしまう人が多い
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