お待たせいたしました。 「石田三成の青春」第6話 「長浜城を取り戻せ!」第1回 ぼちぼち始めさせていただきます。 #長浜城を取り戻せ pic.twitter.com/BvJkH4Wkxw
2015-10-26 20:03:31長浜城を取り戻せ! (一) 天王山の紅葉が散り初める頃、近江石田村から、一斗樽が一つ届いた。 やはり、今年も来たか。 うたは、運ばれて来た一斗樽を見て、溜息をついた。 #長浜城を取り戻せ
2015-10-26 20:04:51織田家の将・羽柴秀吉に仕える石田三成に嫁して三年。毎年、秋が深くなると、石田村の三成の生家から、鮒ずしが樽で届くのだ。 #長浜城を取り戻せ
2015-10-26 20:05:32三年前の天正七年の春に祝言を挙げた。そしてその年の秋の初め、うたは自らの身体の変調に気が付いた。身籠ったのだ。毛利との戦で戦場と長浜を行ったり来たりの夫・三成に告げたのは、東の山の木々の葉が色づきかけた頃だった。 #長浜城を取り戻せ
2015-10-26 20:06:25仕事を終えて帰宅した三成に、恥じらいながら、 「身籠りました」 小声で言った。 あまり感情を表に出さない三成だが、この時も、ちょっと戸惑ったような表情で、 「そうか」 とだけ答えた。 #長浜城を取り戻せ
2015-10-26 20:08:13え、それだけ。 うたが物足りなく思っていると、 「明日は早立ち故あまり過ごせぬが、少し飲みたい」 と言うではないか。 うたが嫁に来て以来、来客の時のほかで、三成が酒を飲むことなど一度もなかった。 #長浜城を取り戻せ
2015-10-26 20:09:38この人なりに喜んでくれているんだ。 うたは少し気を良くして、 「只今、用意を」 と、台所へ行きかけた。その背中に三成が声をかけた。 「鮒ずしがもう、食べごろだろう」 #長浜城を取り戻せ
2015-10-26 20:10:43そこまで思い出して、うたは身震いをした。 うたの脳裏に、あの強烈な臭いが蘇る。 三年前、三成に言われるままに鮒ずしの樽を開けたのだが、そのとたん、気分が悪くなり、気を失ってしまったのだ。 #長浜城を取り戻せ
2015-10-26 20:12:03実家から連れて来た女中のきよが慌てて駆け寄って助け、槍持ちの嘉助を呼んで、 それ、医者だ、薬だ。 と、大騒ぎになるのだが、うたは気を失っていたからその時の様子は何も知らない。 #長浜城を取り戻せ
2015-10-26 20:12:49寝かされた布団の上で気がついたうたの目に最初に飛び込んできたのは、自分の顔を覗き込む、心配そうな夫の顔だった。 心配してくれている。 うたは、嬉しかった。 #長浜城を取り戻せ
2015-10-26 20:14:19嫁して半年、忙しい三成は家を空けることが多く、夫婦としての暮らしはまだ少ない。事あるごとに細やかな心遣いをしてくれる優しい人という印象はあったが、この時初めて 夫婦なんだ。 という実感がわいた。 #長浜城を取り戻せ
2015-10-26 20:15:20「大事ないか」 優しく訊く三成の息の中に、酒の匂いとともに微かにあの臭いが混じっていて、 心配しながらも、あれを肴に飲んだのね。 少しだけがっかりせぬではなかったが、子を授かった心祝いだと、納得するのだった。 #長浜城を取り戻せ
2015-10-26 20:16:15それからも三成は、来客があり酒を飲む時は、鮒ずしを肴にした。だがその時には、嘉助に酒の用意を命じ、 「ちと、お役目の話がある故、そなたは下がっておれ」 と、酒肴が出される前に、うたを部屋から出した。 #長浜城を取り戻せ
2015-10-26 20:17:05うたは、いとも素直に三成の言うことに従う。ふつう、 旦那様の好物なのだから と、触れるぐらいにはなろうとするものだが、うたは、一切そういう努力をしなかった。 #長浜城を取り戻せ
2015-10-26 20:18:13三成が、 鮒ずしくらい平気になれ。 と言えば、うたも努力しただろうと思う。しかし、三成は言わない。 言われないことはしない。 うたとはそんな妻だった。 #長浜城を取り戻せ
2015-10-26 20:19:26一昨年、去年と、秋になると、石田村の三成の実家から、一斗樽で鮒ずしが届いた。 今年は長浜から、山城国に在るここ、宝寺城に移った。 ひょっとしたら今年は来ないかな。 淡い期待を抱いたのだが……。 来た。今年も、送られてきた。 #長浜城を取り戻せ
2015-10-26 20:20:34「何処へ置きましょうか」 嘉助の問いに、 「私は手をふれませんから、お前の出しやすいところへ置いておくれ」 応えて、二人目の居る腹に、 「お父上は何故、あのようなものがお好きなのでしょうね」 と話しかけ、嘉助を苦笑させるのだった。 #長浜城を取り戻せ
2015-10-26 20:21:46お待たせいたしました。 「石田三成の青春」第6話 「長浜城を取り戻せ!」第2回 ぼちぼち始めさせていただきます。 #長浜城を取り戻せ pic.twitter.com/BvJkH4Wkxw
2015-10-27 20:13:52(二) 山々を色とりどりに染め分けた木々の葉が晩秋の風に舞い散る。北近江に、もうすぐ長い冬が訪れる。伊吹山の初冠雪も間近だろうと思われた。 #長浜城を取り戻せ
2015-10-27 20:14:59三成は今、秀吉に従い、長浜城から南へ四里足らずの佐和山城の天守に居る。この城を居城とする丹羽長秀と並んで三成の前に立つ秀吉は、北の方角を眺めていた。 秀吉の視線のはるか先には、織田家筆頭の重臣・柴田勝家の居城である越前北の庄城がある。 #長浜城を取り戻せ
2015-10-27 20:15:52今年、天正十年六月の本能寺の変で、主・信長を亡くした織田家の重臣たちは、清洲で会議を開き、織田家の跡目と領地配分を話し合った。 跡目は、柴田勝家の推す信長の三男・信孝を抑えて、秀吉の推す信長の嫡孫・三法師と決まった。 #長浜城を取り戻せ
2015-10-27 20:16:53だが、三法師はわずか三歳。 実質的には秀吉の織田政権継承が決まったも同じだ。織田家筆頭の家老と自他ともに認めてきた勝家としては、血筋から三法師が跡目に就くことには否やは言えぬ。しかしその後ろで秀吉が大きな顔をするのは我慢できないに違いない。 #長浜城を取り戻せ
2015-10-27 20:17:44そんな勝家の気持ちを少しでも和らげようと思ったのだろうか、秀吉は勝家に、信長の妹・市を娶ることを薦めた。 この縁談は清洲会議で承認され、勝家と市は祝言を挙げ、市は北の庄城へ入った。 #長浜城を取り戻せ
2015-10-27 20:18:33それでもやはり、勝家が秀吉の、天下継承を許すとは考えにくい。 いずれ両者の衝突は避けられない。 世の中の誰もが思っていることだった。 #長浜城を取り戻せ
2015-10-27 20:19:59清洲会議で、居城だった長浜城を勝家に譲った秀吉は、新たに得た山城国の山崎にある宝寺城に手を入れて移った。 三成たち家臣団も当然、宝寺城へ移る。 一方近江は、長浜城に柴田勝家の甥で養子の勝豊が入り、佐和山城に丹羽長秀が入った。 #長浜城を取り戻せ
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