捨て犬とお化け

ヤスくんとワンコ
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全∞ @all_zen_bu

1 音もない霧雨の夜。 酔うて自宅に帰る途中。 川沿いの近所の公園で聞きなれない音を聞いた。 耳を澄ますと、微かな泣き声。 猫??犬?? 敷地を覗くと、外灯の下で傘も持たずに立ち尽くす人影が見えた。 寒そうな白いワンピース。 (お化け!?) 一瞬脈拍が上がる。

2015-06-28 19:18:09
全∞ @all_zen_bu

2 しばらく動けずに、明かりに照らされて浮かび上がるその人を見つめた。 (足…ちゃんとあるよな??) ドキドキしながら確認すると、その足元に段ボールがあった。 小さな鳴き声がして、ハッとする。 仔犬や。 コンビニで買うた魚肉ソーセージをリュックに入れっぱなしやったことを思い出す。

2015-06-28 19:18:28
全∞ @all_zen_bu

3 箱に吸い寄せられるように近づいた。 彼女は微動だにせず、ただ箱の前に立っているだけ。 「あの…」 声を掛けるとチラッと目だけが動いて、俺を認識する。 「これ、あげてもエエかな。」 「私の犬じゃありません。」 「あー、そうか…」 視線も合わせず素っ気なく返される。

2015-06-28 19:18:32
全∞ @all_zen_bu

4 小さくちぎってソーセージを差し出す。 「食べられないと思いますよ、まだ。」 まっすぐ箱の中を見たまま言う。 よう見たらまだ目も開いてへん?? 産まれて間もないって感じやもんな。 ミルク代わりになるようなもんはさすがに持ち合わせてへん。 この人、連れて帰る気は…ないよな??

2015-06-28 19:18:36
全∞ @all_zen_bu

5 チラと様子を見る。 長い黒い髪に小さな雨粒がまとわりついて、外灯に反射してぼんやり白く光る。 抑揚の無い声。 愛想ない返事。 読み取れない表情。 足はあるけど、お化けみたいにリアリティがない。 変な人やなぁ。 「…うち、犬飼ってるし、すぐそこなんやけど…」

2015-06-28 19:18:39
全∞ @all_zen_bu

6 和風美人のキャリアウーマン、て感じ。 捨て犬とか似合わへん。傘忘れて雨に打たれるのも。 この場面がそもそも違和感。 俺とは対局におりそうな雰囲気。 髪ツヤツヤやなぁ… あ、なにマジマジと見てるんやろ、俺。 ハッと我に返る。 「だからあの…連れて帰っても、エエですか??」

2015-06-28 19:18:43
全∞ @all_zen_bu

7 「…別に…私のじゃ、ありませんから。」 なんちゅー冷たい言い方。 「ほな弱ってるみたいやし、連れて帰らせて貰うで??」 彼女は無言で立ち尽くしてなんの反応もしなかった。 首に巻いてたストールに、箱の中の仔犬を包んで抱える。 「あんたも、早よ帰り。」 俺は足早にその場を去った。

2015-06-28 19:19:40
全∞ @all_zen_bu

8 急いで家に帰って冷蔵庫を開ける。 「うわ、マジかぁ…」 今日に限って牛乳が無いとか、タイミング悪い。 仔犬の様子見たところ、そこまで衰弱って感じじゃないから、コンビニまで買いに走った。 外に出ると、さっきまでの霧雨より雨足が強くなってる。 面倒やけど傘を差して走った。

2015-06-29 16:26:15
全∞ @all_zen_bu

9 急いで牛乳だけ買って、戻る。 もうおらんやろと思ったけど、さっきの公園をチラと覗いた。 (…!?) さっきと同じ場所に、同じ格好で立ったままの彼女が見えた。 (っ、何考えてんの、あの人…) 一瞬で色々考えたけど、体が勝手に動いた。 「ちょっと!!」 思わず肩を掴む。

2015-06-29 16:26:19
全∞ @all_zen_bu

10 彼女は真っ白な顔して前だけ見てた。 肩掴まれてるのにこっちなんか見もせんで。 「…風邪、ひくやろ??」 雨足が強くなって、雫を落とす髪の先。 白いシャツワンピースも、濡れて透けとる。 傘を差し出したけど、受け取りもせん。 「タオル、貸すから。」 無理矢理腕を引っ張った。

2015-06-29 16:26:23
全∞ @all_zen_bu

11 それに抵抗もせずについてくる。 なんやのこの人、ちょっとおかしいで。 けど、ほっとけなかった。 そのまま知らんふりは出来ない。 お化けみたいな人形みたいな彼女を連れて、とにかく部屋に戻った。 玄関で待たせて、バスタオルを渡す。 けどタオルを受け取っても使おうともせん。

2015-06-29 16:26:30
全∞ @all_zen_bu

12 苛ついて、頭から広げたタオル被せた。 「人の好意は素直に受け取った方がエエで。拭いたら帰るなりなんなり、好きにすればエエから。」 言うと、俯いたまま小さな声がした。 「ごめんなさい。」 「そーゆー時はありがとうって言うんやで??」 「…ありがとう、ございます。」

2015-06-29 16:26:37
全∞ @all_zen_bu

13 言い過ぎたかな…。 「あーゴメン。勝手に連れてきたの、俺やのにな…。」 彼女が横に首を振る。 「さっきのワンコに、牛乳あげな。」 飼い犬をケージに入れてから、牛乳を温める。 小さい浅いお皿に、冷ましながら牛乳を少しだけ移した。 仔犬の身体を持って、鼻を近づける。

2015-06-29 16:26:44
全∞ @all_zen_bu

14 「飲めるかなぁ??」 「そ、んな飲ませ方したら、窒息しちゃいますよ…」 「え!?」 彼女がちょっと慌てた風に玄関から声を上げた。 「そーなん??」 「…すいません…スポイトとか…」 「えー…そんなん無いなぁ…」 「あの、じゃあ指の方が、」 「指??…ちょお、やったげてや。」

2015-06-30 20:10:14
全∞ @all_zen_bu

15 手招きすると一瞬驚いた顔をして、それからゆっくり靴を脱いだ。 濡れたバスタオルを肩に掛けてフローリングに座る。 仔犬を渡すと仰向けにさせて、牛乳に浸した小指を口元に近付けた。 「あーおっぱいか…皿からなんて、まだ飲めへんかぁ。」 何回か口に含ませてると、仔犬は寝てしもうた。

2015-06-30 20:10:18
全∞ @all_zen_bu

16 「明日…病院て行ってあげられますか??」 「あ、うん。そのつもりやで。」 「牛乳はお腹壊す子もいるから…仔犬用のを用意してあげた方が、いいです。」 「おん。助かったわ。」 空いてた箱にタオル敷き詰めて、体が冷えないように寝かしたった。 彼女が安心したように、ホッと息をつく。

2015-06-30 20:10:22
全∞ @all_zen_bu

17 「アンタも冷えたやろ。熱いの飲んで行き。」 お湯を沸かしてティーバックの紅茶を淹れる。 「さっき牛乳温め過ぎたわー。ミルクティでエエ??」 聞くと、迷ったように目をぱちくりさせてから、小さく頷いた。 「こっち座って。」 ダイニングの椅子を促すと、タオルを持って立ち上がった。

2015-06-30 20:10:26
全∞ @all_zen_bu

18 よう見たら…この人、荷物何も持ってへんやん。 バッグはおろか、薄いワンピースにはポケットも無さそうやし。 財布とか携帯とか…もしかして何も無いん?? 震える指でカップに手を伸ばし、暖めるように包み込む。 フーフーと息をかけて紅茶を飲んで。 少しだけ、笑ったように見えた…。

2015-06-30 20:10:30
全∞ @all_zen_bu

19 彼女は黙って、静かにカップを飲み干した。 その間にグルグル考えて…声を掛ける。 「…なぁ…服着替えや。それじゃ風邪ひくで。」 ジッとこっちを見てくる。 「あー…いちお、タレントしてるし、変なことはせぇへんよ。風呂場にも脱衣所にも内鍵あるし。嫌ならそれ着て帰って、エエから。」

2015-06-30 20:10:33
全∞ @all_zen_bu

20 テーブルにTシャツとスウェットの半ズボンを置いた。 「まぁ帰る言うても…アンタ何も持ってへんみたいやしなぁ。行くとこ無いなら泊まってけばエエよ。言うてくれたら金も貸すし。」 しばらく沈黙が続く。 「そんな無防備で良いんですか…??タレントなのに。」

2015-06-30 20:10:36
全∞ @all_zen_bu

21 「いや、ホンマは良くないで(笑)…でも犬好きな人に、悪い人おらんやろ??」 言ったとほぼ同時に、彼女が連続してくしゃみをした。 「ごめんなさい…いえ、ありがとうございます。着替えさせて貰います。」 恥ずかしそうに俯いて、やっと脱衣所に向かった。

2015-06-30 20:10:39
全∞ @all_zen_bu

22 仔犬の様子を眺めてたら着替えた彼女が出てきた。 シャワーの音はせんかったけどドライヤーは使うたみたい。 体も暖まったのか少しだけ顔色が良くなってる。 俺のスウェット、似合わんなやっぱ(笑) 目が合うたら彼女が深く頭を下げた。 「ありがとうございます。」 「えーよそんなん…」

2015-07-05 19:37:29
全∞ @all_zen_bu

23 「それより見てみ、可愛いで~♡」 空き箱を一緒に覗き込む。 お化けみたいに表情のなかった頬が、少し緩んだように見えた。 拾った時は興味無さそうにしてたのに。 「ホンマは…アンタが拾ってあげたかったんやろ??」 頷くように下を向く。 「…でも、私は……」

2015-07-05 19:37:33
全∞ @all_zen_bu

24 拾えないけど、立ち去ることも出来なくて。 雨を避ける傘も、食べる物も、温める物も、何も無いから。 見てるしかなかった。 雨の中睨むように立ち竦んでたのは、 何も持って無かったから。 連れて帰ってあげられないから。 無愛想な言い方や態度はわざと。 俺が拾うように。

2015-07-05 19:37:36
全∞ @all_zen_bu

25 不器用なんやろな、この人。 そんなことを考えながら、寝室から布団を運んできた。 それを見た彼女の戸惑った表情が見えたけど、手ぶらなのが分かって帰らせるつもりは無かった。 「あ、の…」 「行くとこあんの??」 「…いえ…」 「ほな今晩は泊まってきや。」

2015-07-05 19:37:40