2015年11月6日

残業にはピザを

ついったで連載したピザ屋の凛(20)とリーマン宗介(32)。宗凛。
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ナナメ @nanamemikan

終電を越して半分だけ明かりがついたフロアは薄暗く、空調もいつの間にとまったのか、肌寒さを覚えて宗介は脱いでいたジャケットに手を伸ばした。と、課の電話が鳴った。「はい、営業二課」「お疲れ様です。守衛所にピザの配達、来てますけど」「ピザ?」「御子柴部長の注文だそうです」

2015-10-22 06:12:55
ナナメ @nanamemikan

帰り際に二カリと発破をかけていった部長を思い出し、宗介はああ、と息をついた。「入れてやってください。24階です」はい、と簡潔に返った答えに通話を終えて、うーん、と一つ伸びをする。空腹感すら忘れていたが、ピザ、という単語にとたんに胃袋が動き出し、どっと疲れを感じてしまう。

2015-10-22 06:24:39
ナナメ @nanamemikan

ふと、受付もいないのだという事に気が付き、無人のフロアを横切って、エレベーターホールへと向かう。ちょうどよくポーンと軽い音が鳴り、静かにドアがひらく。「ヤマザキ、さん?」赤い制服をすらりとまとった身体が窺い見るように宗介を見た。「ああ。ありがとな」どうにか微笑んで手を差し伸ばす。

2015-10-22 06:33:29
ナナメ @nanamemikan

「っと、4380円になります」くしゃくしゃの伝票を覗き込んで、赤い瞳がにこり、と笑った。「俺が払うのか?」「みたいっすね」思わず脱力して、宗介は伸ばした手を膝に落とした。「……サイフ取ってくるんで、待ってもらって良いですか」「いいっすよ」と返った言葉に宗介はデスクへと足を向けた。

2015-10-22 06:43:09
ナナメ @nanamemikan

期待したのが良くなかった、と悪びれない部長の笑顔を思い返し、ぷん、とチーズの焼けた芳しい香りに疼く胃袋をなだめる。「?」その匂いが離れないのを訝しると、すぐ後ろに配達員がついてきていた。「あ、すいません。入っちゃまずかったですか」「いや、別に…」「なんか、人いないと怖いっすね」

2015-10-22 06:48:17
ナナメ @nanamemikan

と、きょろきょろとフロアを見渡すのが妙に可愛らしく映る。と、カバンの中からサイフを取り出して、あ、と声をあげた。「わるい、持ち合わせが足りねえ」「え」驚いて見開いた赤い瞳に眉を下げてみせると、しびれを切らした宗介の胃袋がぐぅと唸った。「ふ、」と堪えきれないように笑みがこぼれる。

2015-10-22 07:04:12
ナナメ @nanamemikan

「これで持ち帰ったら、オレ鬼ですね」と配達員は笑ってみせる。「…いいっすよ。オレが建て替えときます」と配達員は抱えていたピザを宗介に差し出した。「いいのか」「だって、おなかすいてんでしょ」「…わるい。明日必ず返す」「オレ、鮫柄店の松岡です」ニッと笑った顔を宗介は瞳に、焼きつけた。

2015-10-22 07:16:33
ナナメ @nanamemikan

ピザを差し出すとじゃ、と笑って立ち去ろうとした松岡を、宗介は待て、と短く言って引き留めた。「これ」どうにか手の中のサイフに忍ばせていた名刺を引き抜く。「べつに、いいっすよ」「一応、だ」と小さな紙切れを押しつける。「山崎、宗介、さん」名前を読み上げると、赤い瞳が宗介を見上げる。

2015-10-23 04:51:45
ナナメ @nanamemikan

「…明日、待ってますね」はにかむように小さく言うと、松岡は手の中の名刺をそっとポケットにしまいこむ。じゃあ、と今度こそ立ち去ろうと会釈をして。けれど松岡は歩き出そうとした呼吸を切るように、帽子を深くかぶり直した。「…あの、オレ、」と目深にかぶった帽子の影から声が漏れる。

2015-10-23 05:04:23
ナナメ @nanamemikan

「オレの事…覚えてないですか」呟くような問いかけに、宗介は思わずハ?と声を立てた。何の事だと記憶をたどり始めた宗介の前で「あ、や、いや、いいんです。すいません、ありがとうございっした」と松岡は一礼して歩き出す。ばたばたと遠ざかる背を見送る宗介には、けれど、心当たりはなかった。

2015-10-23 05:11:38
ナナメ @nanamemikan

「マツオカ…?」一人残されたデスクで、いただきます、と手を合わせて温情で手に入れた夜食に手を伸ばす。空腹にしみいる温かなピザを一枚、一枚と平らげながら、去り際のセリフを思い返すが、鮫柄店は最寄駅近くにあることは知っていたが、立ち寄ったことも、注文したことも記憶にない。

2015-10-23 05:18:22
ナナメ @nanamemikan

それなのに、はにかむように笑った赤い瞳の残像が、ちらついて、記憶をひっかいた。どこかで、会ったんだろうか?答えが見つからないまま食事を終える。「わかんねーな…」気にはなったが、まだやるべきことは残されていた。小さな疑問を頭の中から追い出すと、宗介は画面に再び向き直った。

2015-10-23 05:34:19
ナナメ @nanamemikan

徹夜で資料の修正を終え、そのままプレゼンに立会い、打ち合わせを終えて帰宅すると、また夜だった。学生時代からもう十年以上住み続けているアパートの階段を朦朧とのぼり、ドアを開けてまっすぐにベッドに向かう。なんとか踏みとどまった意識でスーツを脱ぎ捨て、そのままばさりと倒れこんだ。

2015-10-26 03:31:29
ナナメ @nanamemikan

「あ、やべぇ。ピザ…」今日、代金を返しにいくと、言ったのに。いま眠ったら、きっと間に合わないだろう。眠りに引きずり込まれていく頭の片隅で、赤い瞳がちらつく。まぶしく焼きついた笑顔を裏切るようなまねはしたくない。「ピザ、鮫柄、マツオカ」意識を保つために呟きながら携帯を操作する。

2015-10-26 03:35:22
ナナメ @nanamemikan

大手チェーンを検索すると、鮫柄店の番号を探し出し、発信ボタンを押して、2コール。『ハイ、お電話ありがとうございます』すぐに、夕べ聞いた声だとわかった。「あの、すまねえけど。今日、いけねえ…」『はい? もしもし?』何とか要件を告げた、とホッとした瞬間、宗介は眠りに落ちていた。

2015-10-26 03:43:09
ナナメ @nanamemikan

目がさめた瞬間に、ぐぅ、と腹が鳴った。そういえば夕飯を食べ損ねたな、と思い返して、鼻腔をくすぐる美味しそうな匂いに気がつく。「ピ、ザ…?」なぜ、と顔を起こすと、薄暗い部屋の片隅に、松岡がいた。「おまっ! な、んで…?」「あ、や。す、すいません。カギ開いてたんで、心配で…」

2015-10-26 03:49:41
ナナメ @nanamemikan

羽織った赤いタータンチェックのシャツの端を握りながら、松岡は決まり悪そうに弁解した。「不法侵入、っすよね」ハハ、と笑う松岡を見据えて、渇いた喉から声をだす。「お前、なんでココが解ったんだ…?」携帯から逆探知ってできたか?と起抜けの頭が混乱する。松岡はその問いに、ふ、と微笑んだ。

2015-10-26 03:56:38
ナナメ @nanamemikan

「俺もまだ住んでるとは、俺も思わなかったんすけど」にか、と歯を見せ、はにかむように松岡が笑う。薄暗い視界の中、そのぎざ歯に、ずきり、と頭の奥から記憶が引き出されてくる。「……リンちゃん…?」半信半疑で口にした。「チャン付けとか、やめてくださいよ。覚えてて、くれたんですね」

2015-10-26 04:02:10
ナナメ @nanamemikan

十年以上前。宗介がまだ学生だったころ。ひと夏の間、毎日のようにここを訪れた小学生がいた。リンちゃん。それ以外のことは知らない。バッタを教えろと押しかけ、最後には市民プールでレッスンする羽目になった顛末は、記憶の底に沈められていた。「あんとき、急に行けなくなって、すいませんでした」

2015-10-26 04:13:14
ナナメ @nanamemikan

ぺこり、と松岡は頭を下げてみせる。「ちょっと家がごたごたしちゃって。連絡もできなくって、気になってたんですけど」「いや、べつに。何かあったんだろうなと思ったし」毎日来ていたリンちゃんの不在に戸惑ったのは確かだった。けれど、いつの間にかひと夏の淡い思い出は胸の奥底へと沈んでいった。

2015-10-27 01:17:04
ナナメ @nanamemikan

「あ、でも。バッタはちゃんと泳げるようになったんすよ」照れるように、松岡がいってみせる。「今も、水泳やってるんです。……俺、ソースケ、さんに憧れてたんすよ」ソースケ。舌ったらずに呼び捨てにされていた名前をためらうように口にして、松岡は恥ずかしそうに視線を伏せた。「そう、か」

2015-10-27 01:21:34
ナナメ @nanamemikan

リンちゃんの面影を追いかけ、ふと微笑が上る。「昨日、思い出せなくって悪かったな」「そ、んな。別に、いいんです。俺も、名前見るまで思い出さなかったし。それに、名乗っても微妙かなって」「や、大人になったリンちゃんに会えて、うれしいぜ?」暗がりの中で立ち上がり、その顔を覗き込む。

2015-10-27 01:30:57
ナナメ @nanamemikan

ぽん、とあの頃を思い返すように、宗介は松岡の頭に手をのせた。「でっかくなったなあ」何気なく出た手に、けれど松岡はとおびえるように身をそらした。「…わりぃ。そういう年じゃねえよな」驚かせたかと手を引いて宗介が詫びる。「や、ちがくてっ。ってか、あの、ピザ、よかったら食ってください!」

2015-10-27 01:38:12
ナナメ @nanamemikan

言い捨てると、松岡は跳ねるように宗介から距離をとる。「おう、ありがとな、」昨日の分まで払うぜ、とサイフを取りにかがんだ宗介の目の前で「じゃ、失礼しました!」と声が鳴る。「おいっ、待てよ!」慌ててでていった松岡を追いかけようとして。シャツに下着のままだった自分に、宗介は頭を抱えた。

2015-10-27 01:43:59
ナナメ @nanamemikan

ガッシャンと派手な音がして、あわてて宗介は傍らに脱ぎ捨てられていたジャージに足を通し、玄関を飛び出た。「大丈夫か」転んだのか、階段下でうずくまっていた松岡が声に顔を上げ、宗介を振り仰ぐ。「…っ」く、と唇をかみ締めるようにして、一瞬。返事もせずに再び松岡が駆け出していく。「おいっ」

2015-10-30 02:34:30
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コメント

ナナメ @nanamemikan 2015年11月6日
ここまで。続きは支部に書きます。
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