Fate/どうしょもナイト ぽんこつ聖杯戦争記

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碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

「一揆!一揆じゃあああああ!」  ボロボロの姿の農民は、アスファルトで舗装された農道の上を裸足で駆ける。その手には竹槍。乱暴に突き刺された筵(むしろ)には、乱暴な書体で『南無阿弥陀佛』の文字が描かれている。2

2015-11-16 21:32:42
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

それは正しく、江戸時代までに行われた、農民による抗議活動……百姓一揆の有り様である。  この平成の世に、まるで時代に取り残されたかのように男は唯一人の百姓一揆を叫ぶ。その光景は狂っていた。だが、男は狂ってはいなかった。 「出原村!七助!為五郎!三太!」 3

2015-11-16 21:34:19
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

ボロボロの農民は名前を叫びながら、懐から一枚の紙を取り出す。紙には、男の読み上げた名前が寄せ書きめいて描かれている。  傘型連判状。一揆の際、責任者の特定を防ぐため名前を輪のように記した名簿。その形は、皮肉にも円卓に似ている。 4

2015-11-16 21:39:40
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

そして農民の背後からから、同じくぼろを纏い、手に竹槍や農具を携えた男達が音もなく現れる。呼応するかのように、男が掲げた連判状の名前に1つずつバツが付いてく。 「おお、おお、みんな来でくれたか……!」 5

2015-11-16 21:40:54
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

だが、静かな夜の闇に響く足音は一人分のみ。後から現れた男達には、よくよく見ると影がなく、身体が半分透けている。   男達は皆、実体化に満たない使い魔(サーヴァント)だ。そして最初の男も。些か以上に変則的ではあるが、この聖杯戦争に『ランサー』として喚ばれたサーヴァントである。 6

2015-11-16 21:42:08
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

数十人の規模となった農民の亡霊たちの行列は静かに、道の先にある旧家……即ち、この土地の代官の屋敷を目指す。  これが、出原町……人口わずか一万人と少しの小さな町で起こった有り得ざる聖杯戦争、その緒戦の光景であった。 7

2015-11-16 21:43:17
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

◆Fate/どうしょもナイト ぽんこつ聖杯戦争記◆

2015-11-16 21:44:42
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

時は、少し遡る。 80年代後半。まだこの国が、バブルの真っ只中だった頃。一人の魔術師が極東の島国へと流れ着いた。男は言った。 「俺は、聖杯を複製することができる」 と。事実であれば、天地が返るような大発明だ。そして、そういった発明は九割方偽物であるのが常である。 8

2015-11-16 21:50:15
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

男は九割の方だった。その正体は魔術協会『時計塔』からの脱落者だった。だが、当時は無秩序で過剰な投資が当たり前に行われていた時代。出資者(パトロン)を探すことは難しくはなかった。そして……聖杯に必要な霊地すら、格落ちではあるが手に入れることができた。 9

2015-11-16 21:58:49
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

そして、僅か三十年。魔術の世界に於いては決して長くはない時間で、男は試作品(プロトタイプ)を完成させた。かの冬木の大聖杯の起動式を入手し、霊地の格に応じてダウングレードし、機能をオミットした、言うなればエコノミー聖杯。根源には程遠く、願望機にすら至らない未完成品。 10

2015-11-16 22:04:10
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

召喚のためのシステムは英霊の座へ届く出力すらなく、呼び出されるサーヴァントは紛い物。出資者と己の虚栄心を満足させるためだけに作られた醜悪なシステムは、それでも尚、地脈から力を吸い上げ起動した。 これはその聖杯で行われた、どうしようもない聖杯戦争の物語…… 11

2015-11-16 22:11:31
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」  田園の只中にある、築百年を越える旧家の庭。そこには今や、場違いな西洋魔術の儀式場と化していた。陣の前には魔術師の男が立ち、言葉を紡ぐ。 12

2015-11-18 21:03:08
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

この魔術師こそが、此度の聖杯戦争の『聖杯』を創りだした者。そして……英霊召喚の儀式を縁側から見守る老人は、その出資者(スポンサー)にして、この家の、そして土地の主。 「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」 13

2015-11-18 21:07:40
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

陣が赤く輝き、魔力が迸る。老人は目を細める。 「……これが、西洋魔術というものか」  詠唱は続く。英霊(サーヴァント)という名の奇跡の顕現は始まった。そして……此度の召喚の触媒は、この国の人間ならば小学生でさえその名を知る偉人に纏わる遺物。 14

2015-11-18 21:11:31
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

右近衛大将。第六天魔王。天下人。『織田信長』。彼が使ったとされる馬の鞍が、召喚の触媒なのである。この日ノ本ならば、彼は万夫不当の偉人として現れるであろう。それを引き当てた時点で、勝利は揺るがぬものとなる。 ……その、筈であった。15

2015-11-18 21:21:27
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」 風が吹き荒れる。庭を囲む木々を揺さぶり、老人が思わず身体を屈める。 「……流石は、『織田信長』。現れる時も豪勢じゃわいあ」 16

2015-11-18 21:27:25
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」 だが、魔術師だけは知っている。この聖杯の出力では、座へは届かないことを。『織田信長』などという大英霊が召喚される確率は、例え遺物が本物であったとしても凡そ宝クジに当選するより低いであろうことを。17

2015-11-18 21:31:02
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」  それでも詠唱は完結し、暴風は陣の中へ集い、過去の英霊ーー否、亡霊は現界した。  『それ』は、若い鎧武者の姿をしていた。だが、織田信長ではなかった。 「……家紋が違うぞ」  最初に気付いたのは老人だった。18

2015-11-18 21:37:46
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

鎧に刻まれている家紋は、木瓜でも永楽通宝でもない。その他の織田家の使うどの紋でもなかった。丸に輪貫九曜。それが、意味するものは。 「……サーヴァント、戸沢盛安。『ライダー』のクラスにて召喚に従い参上した」 「……よく、来てくれた」  魔術師は震えながら応えた。19

2015-11-18 21:46:29
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

自らの組み立てた聖杯もどきが、動作をしたのだ。英霊を召喚することに、成功したのだ。その武将が『誰』であるかを日本に疎い魔術師は知らなかったが、彼はその感慨で、一時、ただ満たされていた。 「……何を間違えた」  だが、老人は。 「『やり直せ』。これでは、話が違う」 20

2015-11-18 21:49:49