お待たせいたしました。 「石田三成の青春」第5話 「清濁 本能寺の変異聞」第1回 ぼちぼち始めさせていただきます。 #清濁 pic.twitter.com/EeyNsjVF79
2015-11-12 20:00:20清濁 ~本能寺の変異聞~ (一) 名も知らぬ池のほとりにカキツバタがぽつんと一輪咲いている。水面を渡る薫風が、初夏の高い太陽に照らされて、汗ばんだ身体に何とも心地よい。 #清濁
2015-11-12 20:00:58天正十年四月下旬、石田三成は、備中高松城を囲む羽柴秀吉の陣をひとり離れて、安土への道を急いでいた。 三月十五日に姫路城を発った羽柴秀吉の軍二万は、途中、宇喜多氏の一万を加え、三万の大軍で備中に入った。 #清濁
2015-11-12 20:01:46目指す高松城は当時としては珍しい低湿地を利用した平城で、城主・清水宗治が五千の城兵とともに立て籠って容易に落ちなかった。 毛利輝元率いる四万の援軍が迫りつつある。 秀吉は、主・織田信長に援軍を乞うことを決め、援軍要請の文を認め、三成を使者に立てたのだ。 #清濁
2015-11-12 20:02:55安土に到着した三成は、城へ上がり、取次の者に秀吉からの書状を渡し来意を告げると、少し待たされ、意外にも奥へと通された。 広い座敷の一番下座にちょこんと座り、ここでも少し待っていると、やがてはるか上座の方のふすまが開き、信長が入って来た。三成が平伏すると、 #清濁
2015-11-12 20:03:42「猿め、手こずっているようだな」 独り言のような声が聞こえ、三成が返事をする間もなく、 「文にも書いたが、一日も早う落とせと伝えよ」 そう言う声がしたかと思うと、すぐに出て行く気配がした。そして三成が頭を上げると、そこにはもう、信長の影も形もなかった。 #清濁
2015-11-12 20:05:05その後三成は、取次の者から書状を渡され城を出た。 役目は果たせたのだろうか。 三成は、不安な思いで、目の前に広がる琵琶湖をみつめた。 自分は援軍を求めにやって来たのだ。その旨が書かれた秀吉の書状を持参し、口頭でも取次の者に伝えた。 #清濁
2015-11-12 20:06:00しかし、御屋形様は援軍のことは何も仰らなかった。 どうか文には 援軍を送る と、書いてありますように。 三成は祈る思いだった。 三成の心配をよそに、広い湖面は初夏の午後の日差しにキラキラと輝いて何とも長閑だ。 #清濁
2015-11-12 20:08:33ともかく早く帰陣しなければ。 三成は備中への道を急ぐことにした。 大手門を出たところで、後ろから、 「卒爾ながら」 と声をかけられた。 振り向くと、三十をいくつか越えたと見える長身の武士が立っている。 #清濁
2015-11-12 20:09:31「卒爾ながら、羽柴様の御家来とお見受けいたすが」 「はい、羽柴筑前守秀吉が家臣、石田三成と申します」 「拙者、細川藤孝が家臣、松井康之と申す。石田殿は、最早、備中へお戻りか」 「はい、これより帰陣致します」 「左様か。ならば、これを羽柴様にお届け願いたいのだが」 #清濁
2015-11-12 20:10:44松井が懐から書状を出して、三成に渡す。 受け取った三成が、 「細川様からでございますか」 と訊ねると、 「いや……」 と口ごもった。 「違うのですか」 「いや……」 どっちなんだ。 三成の苛立ちが面に出た。 #清濁
2015-11-12 20:12:14年齢が一回り程上とはいえ、ひとを見下したような態度も気に食わない。 「主・藤孝から……そう思って頂いて結構」 煮え切らない言葉を残して、松井は足早に去って行った。 #清濁
2015-11-12 20:13:18何なんだ。 三成は暫し、首をかしげて見送っていたが、渡された書状を信長の書状と一緒に懐に入れ、備中を目指して歩き始めた。 #清濁
2015-11-12 20:16:31「石田三成の青春」第5話 「清濁 本能寺の変異聞」第1回 これにて終了です。 今宵もお付き合いくださり、どうも有難うございました。 明日も、どうぞお楽しみに! #清濁
2015-11-12 20:21:14お待たせいたしました。 「石田三成の青春」第5話 「清濁 本能寺の変異聞」第2回 ぼちぼち始めさせていただきます。 #清濁 pic.twitter.com/Os2zdDedah
2015-11-13 20:00:06(二) 高松城包囲の陣に戻った三成は、すぐさま秀吉のもとに行き、復命した。 まず、信長からの書状を渡すと、 「ご苦労だった」 労った秀吉は、書状を開き、読みながら、 「お言葉は、なかったか」 と訊ねた。 #清濁
2015-11-13 20:00:38「御屋形様には、『一日も早う落とせ』との仰せでございました」 「そうか……うん? 御屋形様は、その方にお会いくだされたのか」 「はい」 「そうか……、ということは、ご機嫌は悪くはなかったということか」 秀吉は何やらほっとした様子だ。 #清濁
2015-11-13 20:01:51援軍はどうなったのだろう、自分はお役目を果たせたのだろうか。 三成が不安な気落ちで、 「私、お役目は果たせたのでしょうか」 恐る恐る訊ねると、 「援軍は、送ると書かれてある」 秀吉は 安心せい とでも言うように、三成に頷いてみせた。 #清濁
2015-11-13 20:03:26そして、 「但し、一日も早う落とせとも書いてある」 大げさに溜息をついて、傍らに黙って控えていた黒田官兵衛孝高に書状を渡した。 「明智殿でございますか」 官兵衛が書状を読みながら呟いた。三成の見るところ、何か不満気に見える。 #清濁
2015-11-13 20:04:21「ああ、しかも、我らの指揮下に入るのではなく、軍監なのだそうな。相談して策を立てよ。御屋形様出陣はその策次第ということらしい」 秀吉が、投げやりに言うと、 「なんと」 官兵衛が書状の先を読み進め、 「うーん」 と唸った。 #清濁
2015-11-13 20:05:04「御屋形様はわしより、光秀をずっと信頼しておられる」 秀吉が今度は、小さく溜息をついた。何やら寂しげだ。日ごろ自信に満ちた秀吉を見なれているだけに、三成の眼には意外に映った。 #清濁
2015-11-13 20:06:20「明智殿が来られる前に、けりをつけなくてはなりませんな」 官兵衛が言い、 「策はあるか」 秀吉が問うた。 放っておいたら、この場に三成が居ることも忘れて、二人で作戦会議に入ってしまいそうだ。そうなる前にと三成は、 #清濁
2015-11-13 20:07:10「帰りがけ、大手門のところで、細川様のご家来の松井康之という御方から、この書状を預かって参りました」 そう言って、松井から預かった書状を、秀吉に渡した。 「細川殿から書状とな」 さて、何だろう。 そんな様子で受け取る秀吉に、 #清濁
2015-11-13 20:08:41「それが少々妙なのです」 三成が書状を預かった時の様子を話すと、 「松井といったな。知らんな。官兵衛、知っておるか」 「会うたことはございませんが、名前だけは。元は幕府の奉公衆だったと聞き及んでおりまする」 #清濁
2015-11-13 20:09:27「まあ、読めばわかるか」 官兵衛と言葉を交わしながら、書状を読み始めた秀吉の表情が強張り、書状を持つ手が震え、吐く息が荒くなった。 「殿、いかがなされました」 異変に気付いた官兵衛が訊ねる。 官兵衛の声がまるで聞こえていないように、秀吉は書状を読み続けた。 #清濁
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