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仏塔 ぐでだま亭免堂苦斎 @wheyh
昭和帝の皇太子時代の御写真。まだひげを生やすまえで、なかなかイケメンであった。 pic.twitter.com/EbAVP9qlUa
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【昭和帝の評判】昭和天皇が即位後、母貞明皇太后は昭和天皇が祭祀を行う態度を「形式的の敬神」とみなし「神罰」があると発言。⇒『昭和天皇伝』 伊藤 之雄 amazon.co.jp/dp/4167900645/… @amazonJPさんから #昭和天皇 #貞明皇太后 #確執
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【昭和帝の評判】今上陛下(明仁親王)御誕生の後、昭和天皇皇后両陛下は手元で育てるというご希望だったが周囲からの反対で挫折。3歳以降東宮仮御所で傅育官と女官に育てられることになった。尚、内親王達は皇居内で養育されていた。昭和天皇の主張は通らなかった。
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【昭和帝の評判】香淳皇后が風邪をひいた際、皇后はいつも天皇・皇后が使っている多くの寝室で眠り、昭和天皇は表御座所の部屋で寝た。この為、侍従などの間でも「皇后陛下は御強くして、天皇陛下は御気の毒なり」という声があがった(小原前宮内省内匠頭発言)。
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【昭和帝の評判】(承前)(祭祀)を形式的ではなく、「御心より御務めなさる」よう自覚を望んでいる。「御運動」に熱心であるが、やりすぎになるのもどうかと思う。「静思御修養」の方に心を用いてほしい。スポーツばかりしているので、「御弱点の神経性」に悪影響を及ぼさないか心配である。続く
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【昭和帝の評判】貞明皇太后は戦後有名になるように「惟神(かんながら)の道」を言うように非常に保守的な人柄であった。その皇太后から見て、皇太子時代、昭和初期の昭和天皇はあまりにも「西洋化」しすぎたと思っていたのだろう。それは宮中内だけではなく陸軍もそう思っていたと考えられる。
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【昭和帝の評判】まだ摂政皇太子時代、貞明皇后(当時)は皇太子に対し、「正座ができないので「御親祭」は事実上できないので「御練習の上正座に御堪」えるようになってほしい。「此種の御務め事に御怠慢」の様子なので今後は自発的に心がけるようになってほしい。続く
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【昭和帝の評判】しかし、昭和天皇も年齢を経るに従って、特に敗戦を経て自信を持ち、円熟していく。昭和40年代、今上陛下皇后陛下に対しても宮中、特に昭和天皇の周囲から「あまりにもリベラルすぎる」「次代はどうなるのか」という批判があったことを記憶している。
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【昭和帝の評判】そのような経緯を考えれば、今上陛下皇后陛下が即位後、これほどまでに祭祀、御公務に熱心に取り組み、国民と寄り添おうとされていることは、昭和天皇の側近には想像できなかったことなのだろう。天皇と皇太子という立場は時代の相違もあり、同じようにはならないものだと愚考する。

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