【HYDE】Another Story - 8.心

突然の事態。しかし彼女の中にある小さき希望は、彼女を突き動かす原動力となる。刃交えた先に見やるのは、果たして。
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ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「狂い咲くように己を抉る殺戮の魂と、心に宿る小さな感情...。どちらに軍配が上がるのかしらね」。小さな声。楽しんでいるようにも、憂いているようにも。少女の瞳は、読めない。「...踊り狂いなさい。破滅の中で、絶望と共に」。そう、あの日の貴女のように。少女はただ、彼女に笑いかけた。1

2015-11-26 11:13:31
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

ハイドの声が届く事叶わず、少女の姿はその場から忽然と消えていた。...しかし、"かつての仲間を蝕んでいた"その狂暴なる魂はまだ、此処に息衝いている。目の前に立つ人影の放つ黒い禍々しさが、嫌でもその存在を認めざるを得なかった。何が起こっているのか。正直、理解は追いつかない。だが。2

2015-11-26 11:17:46
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

"殺される"。それは明確な殺意だった。イースの、彼女へと向けられた尋常ならざる殺気は、最早彼の事を別人へと変貌させている。その手にそれぞれ握られた2つの短剣は、嫌な記憶を抉り起こす。「...追憶、」。ぽつり、と。ハイドの口から言葉が漏れた。「今度はこの双剣で、殺し合えと」。3

2015-11-26 11:22:59
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

奥底にしまい込んだ記憶。失ったはずの、彼女の暖かな想い。あの日から、その"罪"を懺悔する為に無心で剣を振るい、贖罪の地を探した。全ては己を断罪する為に。間もなくして訪れた同志達との出会いは、ハイドの心に確実な変化をもたらした。そう、相棒達は命を散らす為だけの道具ではないのだと。4

2015-11-26 11:27:30
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「...だから」。イースが地を蹴る。一瞬で縮まる距離は、その殺気の鋭さを一層感じさせた。ハイドはその"斬撃"を双剣で受け止める。キンと響く、刃同士がぶつかる音。狂おしい程の紅に染まる彼の瞳を見据えながら。「もう、繰り返さない」。刃交える道が避けられぬ運命であるなら。「壊す!」。5

2015-11-26 11:32:30
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

ーーーそれは、彼女の追憶。自らの手で愛する者との離別を選んだ己への、絶対的な憎悪の闇。その時に誓った。断罪すべきは自分自身だと。氷の刃は凍てついた杭を打ち、冷えた心はただ殺戮を繰り返す。しかし。炎の刃はその身を焼き焦がしはせず、絶えず己を包み込んでいたのだと、気がつけなかった。6

2015-11-26 20:42:33
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

自らの手が殺めた存在は、炎の魂を宿して。その魂は殺戮者を殺める事なく、生きる道を照らし続けていた。...愚かだった、と。彼女が気付いた時には、その手は戻れぬ程に血濡れていて。嘆くには遠い記憶が、小さな後悔と共に押し寄せて。断罪への生贄は、この命。それは己に立てた誓約。しかし。7

2015-11-26 20:49:07
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「...断罪の為に死を求めるんじゃ、ない」。振り下ろされた刃を防ぐ氷炎剣に、ぐっと力を込める。「...断罪する為に、懺悔する為に...生きるのだと!」。ありったけの力を振り絞り、ハイドは彼の重圧を押し返した。弾き返されたイースの狂おしくも美しい紅の瞳が、彼女の瞳に反射する。8

2015-11-26 20:55:55
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「...なぁ、イース」。断罪も、懺悔も。お互いが求めお互いが誓う覚悟。でも。あの日"同志達"と出会わなければ。命の炎の暖かさに気付かぬままだったなら。...君に、出会う事がなければ。「私の心は、今でも死を求め続けていた」。君の行動も意思と、この身に向けた殺意も。私と同じなんだ。9

2015-11-26 21:01:11
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

先刻の鉄槌の貫くような鈍痛を未だ微かに感じながら、ハイドはイースの眼を見据えた。彼女の瞳を揺らすのは、小さな光。ーーー彼の意思を身を以て感じた時。"生きて欲しい"と切に願った。頭にぽつりと浮かぶ、しかし迷いの無いその希望は、彼女の中に眠る"人間の心"を呼び覚ますかのように。10

2015-11-26 22:54:02
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

己の誓いに叛逆するこの願いは、かつて"自らが望んだ"もの。「愛する者と共に生きたい」と。そんな何気ない、しかし叶うはずのなかったもの。それはあの日から、彼女の中で闇に押し潰されていた、儚い希望。そして、それを叶わぬものとしてしまったのもまた己自身。愛を死で護ろうとした、末路。11

2015-11-26 22:57:54
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

自分という存在が憎かった。己をこの手で裁かねば気が収まらず、二度と戻らない心地の良いぬくもりは、彼女の心を閉ざす扉と成り果てた。己を許せず、ふた振りの刃を振るう度、その心をも断罪の刃で傷つけ続けた。それが、償いの唯一の方法だと狂ったように縋って。抱いていた希望も、見失う程に。12

2015-11-26 23:08:01
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

否。"失った"と思っていた心の声は、その小さな儚き望みは、常に彼女と共にあった。ずっと鼓動に共鳴して疼き、閉じられた扉を叩いていた。懺悔の魂に喰らいつかれても。憎悪の闇が飲み込まんとしても。断罪の刃に斬られ傷を付けられても。それでも、何度も、何度も。彼女の心に訴えかけていた。13

2015-11-26 23:11:53
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

その罪の意識と耐え難い恐怖に、断罪という逃げ道にしがみついていたのかもしれない。そう、だからこそ。あの日の選択肢はもう彼女の中には存在しない。ただ"彼と共に生きたい"と。蘇る胸の奥、その意思が、ハイドの肢体を、心を、突き動かす。「私は無力だ。だけど」。その言葉に、力がこもる。14

2015-11-26 23:26:08
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

全てを終わらせる事で何かを護りたかった無力な自分に。死する事で永遠を得られると信じた愚かな自分に別れを告げて。弱さを虚偽で塗り固めた刃で脅した殺戮者に、真なる望みを訴え叫ぶ。死する為に断罪の道に縋った"仮面ハイド"という存在は、もうここには居ない。「...クシャ、炎王龍」。15

2015-11-26 23:36:16
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

彼女の声が、共に生きし相棒の名を呼ぶ。彼女を一番近くで、その心を誰よりも知っている、その存在に。「......ありがとう」。それは、感謝の意。何も言わずただ見守ってくれた事へか、弱い己をいつもいつでも受け入れてくれた事へか。「...もう立ち止まらない。私は、弱さと向き合う」。16

2015-11-26 23:49:44
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

自らへと殺気を露わにするイースへ、ハイドもまた双剣の切っ先を向ける。相棒達への決意の言霊は、過去の己との決別。弱さ故に死を掲げ逃げた愚かな自分との。「...あいにく、私はお前を殺す気も、お前に殺されてやる気も無い」。彼の瞳が揺れた。「イース......お前は、私を変えた」。17

2015-11-26 23:59:39
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

正確には"変わるキッカケだった"と言うのが正解かもしれない。しかし、その結果に変わりはない。固く閉ざされた彼女の心の扉を叩く"希望"は、彼という鍵を見つけた。共に過ごす時の中で、そのやり取りの中で、脈打つ鼓動の変化。確信はない、ただ彼女の心は。「...お前を、失いたくない」。18

2015-11-27 00:22:12
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

抱いていた興味は心をくすぐり、あの日失ったはずの感情を呼び覚ますを理屈やありふれた言葉では実に形容し難い、想い。だからこそ、彼女はその剣を引かない。彼からの殺意に逆らうように、己の殺気を乗せて。「私にその鉄槌を向けてまで、死を求めたのならば」。二度と、あの惨劇は繰り返さない。19

2015-11-27 00:30:15
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「私がどんな我が儘をお前に押し付けようが、文句なんて言わせない」。わざとらしく腹を押さえながら嗤って見せた。ハイドの声は彼の耳に届いているのか。殺戮の魂に飲まれたその瞳だけが、鮮やかに煌めいている。その体が、僅かに動いた。来る。彼女が悟ると同時に、イースは再び距離を詰めた。20

2015-11-27 00:37:21
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「ぐっ、...!」。二度目の斬撃は、先のものよりも遥かに重く。ハイドを双剣諸共押し潰さんとする。刃をぶつけ合う度に、イースの殺気が幾度となく心を抉る。迷いのない剣筋は、確実にハイドの急所を狙い来る。「...イース、...!」。聞こえているのか。いや、きっと。「...けるな」。21

2015-11-27 00:51:33
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

ぼそりと。ハイドは言葉をこぼした。一振りの刃の退路を見出すと共に、一瞬の間の内に渾身の力を込めた斬撃を振り下ろす。ガキンと剣と剣が音を立てた。「ふざけるなよ」。今度は強く。声は震えていた。届く届かない、そんな事はどうでも良い。「お前の心はお前のものだ!目を覚ませ馬鹿者が!」。22

2015-11-27 01:06:39
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

叫ぶように、言い放つ。怒りを纏った氷と炎の力は、イースの禍々しい双剣をすり抜け神速の軌道を描いた。咄嗟に背後へ跳んだイースの頬を掠めた切っ先は、その白い肌に赤い跡を残す。「...全てを犠牲にしても、死を望んだのなら、」。手に持つ刃に、己と共に生きる2つの魂を具現させて。23

2015-11-27 01:14:26
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「その殺戮の闇に、抗ってみせてみろ!」 踊り狂う命は舞い散る花の如く 儚く消え、風と共に消えゆく。 彼女の想いと、彼の意思。 断罪に縋り、懺悔に嘆き、贖罪に生きた彼らの刃が奏でる音は 何を、答えと成すか。24

2015-11-27 01:21:30