【#矢矧の手記】妹を亡くした矢矧の話

いろいろ考える矢矧bot（かわはぎ @Sakawalove_YHG

No.001【はじまりの君へ】 #矢矧の手記

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◆７月２日　晴れ 今朝は一週間ぶりに布団の中で目を覚ました。 いや、本当は覚めていないのかもしれない。 この世界こそ午睡にみた夢で、現実というのは別にあるのかもしれない。 そうであって欲しいと思う。この日記も夢の泡沫に消えてくれることを願っている。 #矢矧の手記

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この日記は、私の余生の日記となる。 老いも衰えもしない艦娘にとって何が余生なのかといえば、それは人生の中で最も重要な何かを失った後の時間のことだろう。 #矢矧の手記

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自己修復機能を備えた機械、十分な補給があり壊れさえしなければ不死身の存在である……そう考えられていた艦娘も、経年で死ぬというのがわかってもう７０年が経つ。 #矢矧の手記

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艦娘の死とは、極めてゆるやかなものだ。一年ほどかけて行動に制限が生まれていき、静かにかつ不可逆的に活動を停止する。腐りも錆びもしないが、もう自ら動くことはなくなる。それが私のような艦娘にとっての「死」だった。……そうである筈だった。 #矢矧の手記

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艦娘の活動停止、すなわち死までの時間は個体差が大きい。だが、造られた歳にそこまで大きな幅はないため、近年は毎週のようにどこかで艦娘が「死んで」いる。 #矢矧の手記

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昨年ついに艦娘の数は最盛期の半分を割った。 もっとも、普通の人間がする以上に、死に対して嘆き抗う艦娘はむしろ少数派である。これは人間にとっては意外な事だろうか。 #矢矧の手記

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今も述べた通り、死を嘆き抗う艦娘は少ない。 なにぶん寿命が長すぎた。 生まれた頃にいた人間は皆死んだ。私の提督も、ずっと昔に亡くなった。 すでに余生を生きていた艦娘は、沢山いた。 #矢矧の手記

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昨日まで今日という日は世界の終わりの日だと思っていた。 しかし朝日は何事も無くのぼり、沈んで、一日は終わろうとしている。 明日もきっとそのようになるだろう。 #矢矧の手記

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今日は記念すべき私の余生の始まりの日。 そのように記そうと思う。 #矢矧の手記

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これを見るいつかの私へ、今日という日を忘れないで欲しい。 始まりを迎えた私の終わりの日を。 愛する妹を失った世界の始まりの日を。 #矢矧の手記

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No.002【美しきもの】 #矢矧の手記

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◆７月５日　曇り 忘れないうちに、酒匂の最期について記しておく。 酒匂の体に以上が現れたのは一年と半年前。酒匂はすこし多弁になった。 もともとおしゃべりな子だったし、はじめは長い間一緒に暮らしている私にしかわからないほどの些細さだったけれど。#矢矧の手記

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酒匂が同じことを何度も聞くのは、それだけ私にかまってほしいからなのだと自惚れていた。 それが話したことを覚えていないのだとわかるには、一ヶ月ほどかかった。 どれだけ愚かな姉だったのだろう。……ごめんね、酒匂。 #矢矧の手記

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艦娘は戦争の道具でなくなり、もはや入渠というシステムはない。 艦娘用の病院に行った。その結果、酒匂の不具合は修理できるようなものでなく、人間で言ういわゆる老衰に当たる状態であることがわかった。 早くて半年、遅くても三年以内に活動停止することが告げられた。 #矢矧の手記

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これに関して未だ治療方法は確立されていない。 民間療法のようなものは沢山あるけれど、それでも発症から三年を超えて生存した艦娘はいなかった。 #矢矧の手記

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その診断の後、私も直ちに検査をしてもらった。 私も同じような状態ではないかと、期待していたのだ。酒匂が死に、私だけが生きていくというのは体が竦むほどの恐怖だった。 #矢矧の手記

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その結果は、また後に書くけれど……ともかく陰性、異常なしだった。目の前が、真っ暗になった。 #矢矧の手記

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それからの酒匂との生活については書ききれないから、適宜にあとで書き足していこうと思う。 艦娘の死は人間で言う高次脳機能の喪失を伴うことが多いが、酒匂は幸いそこまで悪化もせず、おわりの日を迎えた。 #矢矧の手記

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その頃の酒匂は既に立つことができなくなっていた。なので私は専用の車椅子を用意してやった。「ありがとう、矢矧ちゃん」酒匂はそう笑い、半月ほど前まですごい速さでそれを乗り回していた。我が妹ながら、本当に逞しく育ったものだと思う。　#矢矧の手記 #矢矧

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この一週間で著しく酒匂の身体機能は低下した。 部屋の隅で小さく震える酒匂を見つけたのは、昼ごろだった。 怯えの表情ではなかった。むしろ寛容のそれだった。私に向かって微かに笑ってみせた。 酒匂の死が近いことを一番認めていなかったのは、他ならぬこの私だった。#矢矧の手記

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昔話を長いことした。多分夜明け前までした。 酒匂は楽しかったこと幸せだったことを話し、私はあの時ああしてあげれば、こうしてあげればと後悔じみた話ばかりしていた。 お互いがお互いを止めなかった。 #矢矧の手記

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酒匂には好きな音楽があった。あれをかけて、といわれて私は涙目を拭いながらその音楽を流した。 壊れかけたレコードの音が、葬送曲のように乾いた室内にこだました。 酒匂のもとに戻った時、酒匂は既に動かなくなっていた。 #矢矧の手記

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すぐに酒匂の死を悟った。けれど先程までと同じように肩を寄せて、昔話を再開した。 流れてくる音楽が、酒匂からの最期のメッセージのようだった。　#矢矧の手記　#追憶