「a ri A Ru records Vol.Zero」舞踊家・俳優 金野泰史のレコード

2015/11/29【a ri A Ru records (ありあるレコーズ)】第1弾「a ri A Ru records Vol.Zero】@古河におけるパフォーマンス、展示についてのアイディア、思考などのレコード「記録」または備忘録「記憶」
records a RU アート RI ART 金野泰史 ありあるレコーズ
金野泰史 a ri A Ru @konnoariaru1129
「a ri A Ru records Vol.Zero kohseiart.p1.weblife.me/ariarurecordsz… 無事終演致しました。 御来場頂いた皆様、誠にありがとう御座いました。 そしてスタッフ、共演者の皆様、ありがとうございました。 で、何より主催の恒星、お疲れ様!と感代謝‼️
金野泰史 a ri A Ru @konnoariaru1129
可愛い魂が地球を離れた知らせが届く。 眠るように、旅に出たらしい。 「死」があることがありがたいと思うようになってから何年か経つ… 多くの温かい「記憶」を残していったことだろう。 その小さな魂への祈りも抱えて、本日の舞台を勤めたいと思う。 (猫のジゲンへ)
金野泰史 a ri A Ru @konnoariaru1129
「レメディー」 撹拌して撹拌して 物質を取り除いて 残ったのは 「波動」 そう理解している。
金野泰史 a ri A Ru @konnoariaru1129
@vaga_bot: 「しかねえ」じゃない。「最後は」じゃない。祈りがすべてのはじまりだ。祈ることができるんだ。どんなときも、我々は。(沢庵) 「祈る」を「踊る」に… 「祈る」と「踊る」は私にとって同義だ。 (死した知人に向て)
金野泰史 a ri A Ru @konnoariaru1129
俳優修行の時に幾つも暗記し、声に出して読んだ谷川さんの詩… 今でも私にとってのマントラだと感じる 空に樹にひとに 私は自らを投げかける やがて世界の豊かさそのものとなるために 私はひとを呼ぶ すると世界がふり向く そして私がいなくなる 〈六十二のソネット〉から
金野泰史 a ri A Ru @konnoariaru1129
因みに、バガボンドの沢庵の言うところの「天」とは、私にとったら、生命である。
金野泰史 a ri A Ru @konnoariaru1129
元ネタ 「人間の運命は決まっていて、同時に完璧に自由だ」 by 甲野善紀 「同時に」というところが重要だと思うのです。 parallel world(並行世界、並行宇宙)の様に捉えている自分もいます。 三次元で成立させようとすると、矛盾に陥りますが、感覚的に捉えると成立してくる
金野泰史 a ri A Ru @konnoariaru1129
@vaga_bot: それぞれの生きる道は、天によって完璧に決められていて、それでいて完全に自由だ。根っこのところを天に預けている限りは。(沢庵)⇒こういうこと…しかしまあ、こんなにも清々しい矛盾をよく言語化したものです。
金野泰史 a ri A Ru @konnoariaru1129
ということで、今後もデータ取りなどをすることは舞踊家・俳優・表現者としてはしないだろう。 (生躰研究家としては、そのようなデータは欲しいとは思っているが…)
金野泰史 a ri A Ru @konnoariaru1129
例えば、星の運行、月の運行、季節、気候、心理状態、体調などを本番前に記述していたら、面白いものが見えてきたかもしれない。 また、それ+舞台の状況、テーマ、目標、そして結果などを加味していくと、とてつもないデータになるだろう。 それを考えると、スポーツではないので、大変な作業だ。
金野泰史 a ri A Ru @konnoariaru1129
経験、感覚から判断または反応、感応してきたものを、記述でもしておけば、何かしら見えてくるものが、あったかもしれないとは思いつつ、そうゆう科学的(本来の)根拠というものは、ないのが実状だ。
金野泰史 a ri A Ru @konnoariaru1129
「残す」については、現時点での納得する結論を導き出したので、再度「記録」について、言及しておこう。 残念ながら、これまでに自分の表現をデータ化というものを試みたことがないので、私の舞台における様々な判断は、経験と感覚でしかない。
金野泰史 a ri A Ru @konnoariaru1129
ずっと前から思ってたんだけど 言い難いんだ “やすちか” (苦笑) どうも「やすちか」です。
金野泰史 a ri A Ru @konnoariaru1129
背負わせてみる 金野泰史という依り代へ 抱きかかえてみる 金野泰史という依り代を
金野泰史 a ri A Ru @konnoariaru1129
⇔生命 ⇔(地球内生物) ⇔動物 ⇔人間 (黄色人種)(日本人) ⇔私 私から生命へ 生命から私へ 行ったり来たり 行きつ戻りつ 生きつ戻りつ
金野泰史 a ri A Ru @konnoariaru1129
【a ri A Ru records】 Music "Air from Bottomlessness" by Kohsei x Bo-z EXP youtu.be/Ea4QLQuhQA4 @YouTubeさんから
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金野泰史 a ri A Ru @konnoariaru1129
分かりやすく便宜的に区別し言うなら、時のチカラに抗って、保存出来るようにアプローチした西欧。 時のチカラと共に、生き、息続けるようにアプローチした東洋、または日本文化。 と言えるのではないだろうか? 諸行無常に抗わずに即し、共に歩む道を選択した、日本文化の伝統のかつて…
金野泰史 a ri A Ru @konnoariaru1129
「法隆寺」という名前は残ったとしても、それがただの物体になったら、残ってないのと同じこと。 棟梁は「法隆寺」という生き物を生かし続けることの重要さを誰よりも分かっていたんだと思う。 「残す」とは、時に風化し、朽ち果てるのではなく、時とともに息づき続けること。
金野泰史 a ri A Ru @konnoariaru1129
@kinimanabebot: 「鉄骨をいれることを えらい反対したんですけども おまえは 法隆寺の鬼じゃと言われて」 法隆寺宮大工 西岡常一棟梁 鉄骨入れたら、死んでいってしまうんだろうと思う。 「残す」ことが生かすことだから、法隆寺が残らなくなってしまうと…
金野泰史 a ri A Ru @konnoariaru1129
宮大工の西岡常一棟梁のことを想う。 私の想像を超える感覚世界で、木や建物という生き物と会話し、付き合っていた方だ。 棟梁が引き継いで残して来た代表的な法隆寺は、モノでなく、生き物なんだと思う。 残すのではなく 生かし 活かし 続ける それが「残す」ということ。
金野泰史 a ri A Ru @konnoariaru1129
私は私の名を呼ばれたことがあるだろうか? 私は誰かの名を呼べたことがあるだろうか? 呼びかける その人が確かに振り向くように その人がその名前であることに驚く程に そんなニュアンスのことを考えていたことを思い出す。
金野泰史 a ri A Ru @konnoariaru1129
自分の名前が、とても客観的な感覚なのは、誰もが同じなのだろうか? 名前について、過去に考えた記憶がある。 何処にそのメモのようなものが残っているかは分からない… 確か名前を「呼ぶ」ということがひとつのテーマだった
金野泰史 a ri A Ru @konnoariaru1129
私が「残す」ということならば、それはやはり「私」に属さないものでしかない。 個を超え、個にも含まれる、「叡智」への道程 その「叡智」が何であるのかは、まだ私は知る由も無いのだが…予感はしている。 だからこうしてやっている。 だからこうしてやっていられる。 感謝
金野泰史 a ri A Ru @konnoariaru1129
それは、「名」という概念がこれから先も人間の世界に残っているならの話だ。 その時「名」はアイコンとして機能してくれるだろうと思うから。
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