【HYDE】Another Story - 9.生命の意味

互いの命を賭した戦いの先、見つけたものとは何か。彼女が見た結末とは。歩む未来とは。 仮面ハイドの歩む物語は、一つの区切りを迎える。
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ばしこし@文垢 @bs_ks_0

命を賭した刃のやり取り。誓約と追憶が反発し合い、その心が慟哭する。彼らの剣筋に迷いは感じられない。ただその身に宿る全ての力を、握りしめるふた振りの剣に込めて。ーーー殺戮の魂に狂い叫ぶイースの心と、追憶に抗い誓約を破ったハイドの意思がぶつかり合う。この戦いに、何の意味があるのか。1

2015-11-27 22:20:28
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

いや。「くっ...!」。彼の正確な斬撃は幾度とハイドの身を擦り、刀身をその血で彩り続ける。戦う理由、そんなものは要らない。"これからも、共に"。ただ一心に胸に抱いた望みが、己を動かす答え。「...っ!!」。一振り、また一振りと。ハイドは双剣に自らの意思と覚悟を乗せて訴えかける。2

2015-11-27 22:26:47
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

ーーー彼の心を蝕む、狂い暴れる魂。抉られた傷跡すらもその力へと変えて、ハイドへと狂気を何度も振りかざす。もうどれくらい刃で音を奏であったのか。ふと、その斬撃の中で。「ーーーっ」。イースの頭を、痺れるような何かが走った。心臓がどくんと脈打つ。これは。「........ぁ、」。3

2015-11-27 22:34:26
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

イースの動きが、止まる。「......イース、?」。突然の出来事に驚愕するハイドの前、剣を振るうその腕から力が抜けた瞬間、彼は片方の剣を地へと下ろした...いや、"落とした"というのが正解だろう。武器を失った片手で頭を押さえるその表情は、苦痛に歪んだ。「ぅ、ーー...!!!」。4

2015-11-27 22:39:41
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

彼の心は、抗い始めていた。その与えられた殺戮の魂に、飲み込まれまいと。まだ残る"彼の意思"は、その強大でおぞましい狂った戦意に叛逆の剣を向ける。「イースっ...!」。己を呼ぶ声が聞こえる。耳に届くその声に、心臓の鼓動が呼応する。「......っぁあああああ!!!」。5

2015-11-27 22:45:33
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

狂える魂は、その叛逆を許さない。心を蝕み、鼓動を掌握するその"殺戮者"は、なおもイースを支配する。苦痛に耐えるその声は、悲痛な叫び声としてその場に轟いた。「イース!!」。ただならぬその情景に思わず走り寄る、が。ハイドの肢体は、彼から放たれた莫大なオーラによって弾かれる。6

2015-11-27 22:49:57
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

"狂暴竜"の力。その禍々しい魂はオーラとなり、"生きとし生けるもの"全てを拒絶する。ハイドを襲った衝撃は、いとも簡単にその身を吹き飛ばす。「っ!!」。頂を囲う石の壁に打ち付けられたその肢体には、受け身を取る力さえもう残ってはいなかった。意思だけで支えられた体は、立ち上がれない。7

2015-11-27 22:56:06
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

ゆらり、と。揺らめくように。イースは、力無く腰を折ったその存在へ近付く。「......」。立ち止まり、言葉も無く。己を呼び続けたその姿に、片腕を伸ばした。その手に握る刃の切っ先を、彼女の額へ向けて。小さく血を吐き、己を見上げる弱々しい青い瞳を。彼の紅の瞳は、何を思い、映すのか。8

2015-11-27 23:02:20
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

あぁ。彼の中で暴れる殺意は、"イース"の心を喰らい尽くそうとする。抱く意思、抱く想い、それら全てを飲み込んで。...あぁ、狂える竜の魂よ。お前はもうじき、俺を完全に支配する。辛うじて残る"彼自身"も、その魂に抗う事など出来ないと悟っていた。弱い心を蝕む事の容易さは、知っている。9

2015-11-27 23:11:14
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

その悟りは、諦めか。彼の腕が動く。刃が鈍く煌めいた。言葉すら紡ぐ事なく瞳を閉じた彼女を前に。イースの紅の瞳が、揺れる。ハイド。その声が口から漏れる事はなかった。無数の残虐な牙に貫かれた彼の心は、もう風前の灯火。己を蝕むは"殺戮の魂"。知っているさ。だから、"俺"が殺すのは。10

2015-11-27 23:20:13
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

過去を超える強さが、今を生きる強さが。あれば何かが変わったのだろう。己の名を呼ぶ存在に気付きながらも、手を伸ばせなかったその弱さを消し去れずとも。生きろと叫んでくれた存在に、せめてもの手向けを。それが"俺"に出来る、最後のーーー。剣は刺し貫いた。イースの左胸を、躊躇う事なく。11

2015-11-27 23:44:48
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

刃を伝い滴る赤い血は、ぽたりぽたりとハイドの頬を濡らした。生温い感触を覚えた彼女は、ハッと顔を上げる。「......な、」。己の胸を、その剣で自ら貫くイースの姿。信じ難い光景は、彼女の声を奪う。言いたい事は山ほどあった。だがそれら全ては、言葉にならない息遣いとなって消える。12

2015-11-27 23:52:34
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

"自分"が消える前に。"心蝕む殺意"を己へと向けて。それは、彼が示した最初で最後の"強さ"だった。「......心配、かけたな」。ハイドの悲痛に染まる表情とは対照的に、イースは、笑っていた。その瞳の青を飲み込んでいた紅が、激しく揺れる。「...もう...、...大丈夫」。13

2015-11-27 23:57:30
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

ふっと微笑むと同時に、イースは剣を持つ腕に力を込めた。その心臓へ突き立て、貫く切っ先を、もっと深くへと。やっとの事で言葉を紡いだハイドの声は、幾度となく呼んだその名を叫ぶ。力を失った体に鞭を打ち、崩れ落ちるイースの肢体を辛うじて受け止めた。手に触れる鮮血が、現実を突きつける。14

2015-11-28 00:05:05
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「イース」。"どうして"。「イース、」。"何やってるんだ"。「...っ」。言葉はただハイドの頭に浮かんでは消えていくだけで。その声が紡ぐのは、名前。ただひたすらに、腕の中でわずかに呼吸をする体の温もりを確かめながら。イースの息は微かで、しかし安心したかのように落ち着いていた。15

2015-11-28 03:49:05
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

いつの間にか、彼を喰らい尽くさんとした殺戮の魂は消えていた。小さく開いたイースの青い瞳がそれを物語る。オーラで形成された双剣も粒子となって消え、彼の胸を貫いていた刃もまた存在を消す。だが、その傷は深くなる事もなければ、治る事もない。「.....馬鹿者が」。ハイドの言葉が降る。16

2015-11-28 03:55:14
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

そう言ったハイドの表情は歪み、肩は小刻みに震えていた。イースの瞳に映るのはきっと、遠い過去の日の彼女の姿。「......ごめん」。口角を小さく上げて笑うイースに、彼女は「謝罪なんて要らない!」と声を荒げた。怒りとも取れる感情を瞳に揺らめかせ、ハイドの視線は彼を鋭く刺す。17

2015-11-28 04:02:03
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

あぁ、この光景は。ふと感じる既視感。ひたすらに名を繰り返し、その腕の中に傷付いた肢体を抱くーーー。そうか。それは"昔の自分"。友の名を幾度と呼び続け、その死を最後まで認められなかった、過去の己の姿を見ているような感覚。彼女も同じ思いを抱いているのだろうか。そんな考えがよぎる。18

2015-11-28 04:06:32
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

しかしもしそうだとして。何を言葉にすれば良いのだろうか。あの日の俺は、友から何を聞きたかったのだろう。考えても考えても、何も浮かばない。思考回路がショートしたかのように、イースの頭に鎖をかけ始める。それが意味する事は。狂おしき魂の置き土産か。炎王龍の焔すら、その傷を癒せない。19

2015-11-28 04:14:57
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「...っくそ!なんでだよ!なんで...」。緩やかだが止めどなく溢れ流れる血は、ハイドの手を、地を、ゆっくりと赤く赤く染める。揺らめく焔は、その赤を一層明るく照らし出すだけ。「....ハイド、」。力なく伸びたその手は、そっとハイドの頬に触れる。「......俺は、弱かった」。20

2015-11-28 04:21:12
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

俺は捨て切れなかった。"あの日"を懐かしむ心を。最後まで手にできなかった。"誓約"のためだけに、生きて死した心をーーー。散り際に崩れたあの日の覚悟は、彼の心の弱さを露わにした。「...自分の都合のいいように"約束"を歪曲させ、弱さを力でねじ伏せようと...しただけなんだ」。21

2015-11-28 04:25:45
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

ハイドは、ただ己の頬に触れる手を握り返す事しか出来ない。彼の体は、少しずつ温かさを失いつつあった。「......あの禍々しい殺意の魂は......皮肉だが、俺に感情を呼び戻す"キッカケ"をくれた」。感謝すらしてるよ、と。力無く微笑むイースを見つめたまま、ハイドは唇を噛んだ。22

2015-11-28 04:41:08
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「...じゃあなんだ。お前は終わり良ければ全て良しとでも言いたいのか」。声が、震える。凛として戦場を駆け抜けるハイドの姿は、そこには存在しなかった。最初から死する末路は決まっていた事。ならば、この今の状況は、むしろ良かったとすら言えるのでは。「...それは、俺の我が儘、か」。23

2015-11-28 04:44:08
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

そう。俺はきっと、弱い自分に言い訳を重ねていたんだ。仲間の為、友の為と…己の無力さが招いた悲劇を、死で償おうと。しかしそれは…思えば一番してはいけない事なんだろう、と。彼はどこかで感じてはいた。だが、それしかなかった。それしか…"俺"は"俺"を赦す事ができなかったのだから。24

2015-11-28 04:47:49