2015年12月8日

「石田三成の青春」第7話 「浮き城 忍城水攻め」

「新選組 試衛館の青春」「独白新選組」の著者 松本匡代先生によるTwitter小説です。
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松本匡代@早耳屋お花事件帳&試衛館の青春&独白新選組&夕焼け土方歳三はゆく&石田三成の青春 @mk106732

お待たせいたしました。 「石田三成の青春」第7話 「浮き城 忍城水攻め」第1回 ぼちぼち始めさせていただきます。 #浮き城 pic.twitter.com/2eFb2bomyR

2015-12-03 20:00:10
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松本匡代@早耳屋お花事件帳&試衛館の青春&独白新選組&夕焼け土方歳三はゆく&石田三成の青春 @mk106732

石田三成の青春 第7話  浮き城 ~忍城水攻め~ (序) 天正十八年六月、武蔵国埼玉郡北部にある小田原北条氏傘下・成田家の居城・忍城を、関白・豊臣秀吉の諸大夫十二人の一人・石田治部少輔三成を総大将とする二万を超える大軍が取り囲んでいた。城方の三千のほぼ七倍の勢力である #浮き城

2015-12-03 20:01:58
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その時までに、四国・九州を平定し、越後の上杉景勝、三河・遠江の徳川家康を臣従させた秀吉は、小田原の北条氏政・氏直父子に上洛を要請した。上洛は当然のことながら秀吉への臣従を意味する。北条方はこれを拒否。真田昌幸の領有する名胡桃城を占有するに至る。 #浮き城

2015-12-03 20:03:05
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それに対して秀吉は、討伐令を全国の諸大名に発した。 「小田原征伐」 である。 秀吉は北条家の本城である小田原城を囲む傍ら、別働隊を編成、諸将に支城および北条家傘下の諸領主の城を攻めさせた。 #浮き城

2015-12-03 20:04:51
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その諸隊のひとつが、石田三成を総大将に、大谷吉継、長束正家、真田昌幸ほかが率いる総勢二万余の軍であり、その軍が攻める城が、忍城であった。 #浮き城

2015-12-03 20:05:40
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(一) 着陣三日目の昼下がり。 梅雨の晴れ間とでもいうのだろうか、空は気持ちよく晴れわたっていた。 大谷吉継は、この軍の総大将・石田三成の陣地がある丸墓山の頂上から忍城を見下ろしていた。 #浮き城

2015-12-03 20:06:35
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よく晴れて適当な風もあり、そして雨の季節、埃もあまりたっていない。だから城の姿がよく見える。吉継の隣では、三成が、同じように、沼地に浮いているかのような忍城の本丸を見つめていた。 #浮き城

2015-12-03 20:07:18
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「やはりやるのか」 吉継の問いに、 「ああ」  三成は、当然のように短く答えた。 「そうか」  吉継も短く言い、三成の端正な横顔を見つめ、小さくため息をついた。  律義すぎる。 #浮き城

2015-12-03 20:08:04
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これから、彼らは忍城攻めを開始する。それにあたって、総大将の三成から全軍の将に示された方法は「水攻め」だった。  水攻め。  そう、この時より八年前の天正十年、まだ織田軍団の一部将にすぎなかった秀吉が、備中高松城を攻めた時に取った攻城法だ。 #浮き城

2015-12-03 20:08:42
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その「高松城の水攻め」は、それ自体の劇的な光景もさることながら、攻城の最中に起きた本能寺の変、信長の死を秘しての講和、城主・清水宗治の船上での切腹、それを見届けての中国大返しなど数々の逸話で、つとに有名である。 #浮き城

2015-12-03 20:09:49
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城をまるごと水没させるというこの攻城法を実行するには、長大な堤防を築かねばならない。それには、多くの人々の動員とそれを可能にする莫大な金子が必要だ。 #浮き城

2015-12-03 20:10:32
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このことからも、そしてその劇的な光景からも、水攻めは、単に城を落とすというだけでなく、相手の将兵に対しては勿論、民百姓に至る世間の人々に対して、自らの持てる富と権力を見せつける、いわばショーとしての効果も大きい。 #浮き城

2015-12-03 20:11:28
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まだ二十歳を過ぎたばかりだった三成も吉継も、そのショーを目の当たりにした。二人は、あらためて自分たちの主・秀吉の大きさに驚き、誇り、その主人のそば近くに仕えることの喜びにうちふるえた違いない。 #浮き城

2015-12-03 20:12:57
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俺もいつかやってみたい。 若い二人がそう思ったとしても、あながち不思議なことではあるまい。 歳月が過ぎ、八年の後。 関白となった秀吉は、日本全国をほぼ平定した。小田原北条氏とのこの戦は、平定・統一の、いわば総仕上げの戦である。 #浮き城

2015-12-03 20:13:51
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その戦において三成は、一軍の将に任じられた。二万の大軍を任されたのである。その大軍で目指す城は、忍城。八年前の備中高松城と同じ沼城である。 吉継は、 やるな。 と思った。 三成は、この八年憧れをもって思い続けた水攻めを、きっとやるに違いない。 #浮き城

2015-12-03 20:14:40
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吉継は、少しの羨望と大きな期待を持ってそう確信した。  吉継の予想はあたった。  三成は、忍城を見下ろせる丸墓山に陣地を張る前に、吉継と二人だけになった時、 「やるぞ」  と言った。決して大声ではなかった。だが、その言いようは、きっぱりと歯切れよかった。 #浮き城

2015-12-03 20:16:15
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どうも三成は、大坂を発つ時点で「忍城は水攻めにする」と決めていたらしい。  三成にすれば、初めての総大将。そして攻める忍城は沼城だ。永年憧れた水攻めが、  やっとできる。  胸躍る思いだったろう。  吉継とて、三成の立場だったら間違いなく同じ決定を下したと思う。 #浮き城

2015-12-03 20:17:38
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ただ、三成と吉継との違いを探すなら、 三成はそれを秀吉に言い、許可を得た。 ということだ。 吉継ならそんなことはしない。 自分で決めて、さっさとやる。 戦の方法は本来、現場に一任されているはずで、事前許可など無用である。 が、三成はそれをした。 #浮き城

2015-12-03 20:18:48
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これを秀吉に対する三成の追従と取る人は多いだろうと思う。日ごろの傲慢ともとれる自信に満ちた三成の態度から、そう思われても致し方ないのかもしれない。しかし、 そうではない。 吉継は、そう言い切れる。彼は、三成の気持ちを理解しているつもりだ。 #浮き城

2015-12-03 20:19:30
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「石田三成の青春」 第7話 「浮き城 忍城水攻め」第1回 これにて終了です。 今宵もお付き合いくださり、どうも有難うございました。 明日も、どうぞお楽しみに! #浮き城

2015-12-03 20:22:19
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お待たせいたしました。 「石田三成の青春」第7話 「浮き城 忍城水攻め」第2回 ぼちぼち始めさせていただきます。 #浮き城

2015-12-04 20:01:50
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北近江の地侍の子として生まれた三成は、一五歳のとき、当時長浜城主になったばかりの秀吉に仕えた。三献茶の逸話はあまりにも有名であるが、真偽のほどは定かではない。ましてやそこに、吉継がかかわったことなど、歴史のどこにも記録されてはいない。 #浮き城

2015-12-04 20:04:25
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ただ、三成の才能、将来性を秀吉が見出す何事かがあったことは間違いないだろう。 三成は才長けた少年だった。 当時秀吉の周りには加藤清正や福島正則など三成と同じくらいの歳格好の少年たちが小姓として仕えていた。 #浮き城

2015-12-04 20:05:31
松本匡代@早耳屋お花事件帳&試衛館の青春&独白新選組&夕焼け土方歳三はゆく&石田三成の青春 @mk106732

が、彼らは皆、腕白坊主の腕自慢。馬鹿ではないが、頭を使うより身体を使う方が得意な少年ばかりである、秀吉としては、可愛いがいろいろなことを教えるには少々物足りなかったに違いない。 そこへ三成が来た。 #浮き城

2015-12-04 20:06:28
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秀吉は三成の才を見極め、戦術の初歩から、治世、経済など、教えられるもの全てを教え込んだ。 三成にとって、秀吉は主人というよりあらゆることを教わった師匠である。 #浮き城

2015-12-04 20:07:31
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