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『たった25年前、三国志の資料は「無かった」』地雷魚氏(曹操人気の火付役「LOGIN三国志コーナー」担当)の回想…吉川英治、横山光輝話も

ちょっと前に 【「三国志」、日本での曹操人気、中国の人に経緯を説明するのは難しい… - Togetterまとめ http://togetter.com/li/910387】 というまとめを作りましたが、それが縁で?大物が回想ツイート!LOGINで三国志コーナー「三国時代」を担当、その後「三国志新聞」も手がけ、「三国志は『正史』が重要!」という流れを作ったといわれる地雷魚@Jiraygyo さんが、当時を振り返ります。 ほんの25年前ですが「当時は資料が『無かった』」という話など、さまざまに具体的な事例が挙がり、まるで三国志版「まんが道」か「アオイホノオ」…そこからさらに、吉川英治や横山光輝論にも。
歴史 地雷魚 マンガ 曹操 横山光輝 ゲーム 中国史 三国志 LOGiN 吉川英治 koei
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gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan
連動するtogetterを作ったので、その冒頭に入れる。 「三国志」、日本での曹操人気、中国の人に経緯を説明するのは難しい… - Togetterまとめ togetter.com/li/910387
ツイートまとめ 「三国志」日本での曹操人気、中国の人に経緯を説明するのは難しい… 普通は反響を見てtogetterを作るのですが、今回はむしろまとめた後の反響に期待。 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151205-00000011-rcdc-cn と、中国文化圏の人々が曹操人気に驚くのは判るのですが、その理由の解釈がたぶん違う方向に行ってる!と思う(笑)。だが、説明するのは難しい…皆さんは、ここにそういう疑問を持つ中国人がいたと仮定して、どう説明する? 連動するま.. 97947 pv 490 266 users 121
地雷魚 @Jiraygyo
日本での曹操人気の一因に、当時、オタクたちやマニアたちに絶大な影響力を持っていたアスキーのパソコン誌『LOGiN』で三国志コーナーを担当し、強烈な曹操と正史推しをやっていた私の影響は若干あると思う。光栄の『三國志』やっている人は大抵読んでいたしね。『蒼天航路』より先よ?
田宮宗一郎 @Tamiya_Soichiro
@Jiraygyo ログインやコンプの歴ゲー推しの影響で「魏の連中過小評価すぎなんじゃゴルァ」と憤ってた幼かった頃のわたしですw
地雷魚 @Jiraygyo
それをひっくり返したからマジで反響でかかったですよ当時 RT @Tamiya_Soichiro: @Jiraygyo ログインやコンプの歴ゲー推しの影響で「魏の連中過小評価すぎなんじゃゴルァ」と憤ってた幼かった頃のわたしですw
地雷魚 @Jiraygyo
@ki84type4 若いからやろ。25年ぐらい昔やぞ。
地雷魚 @Jiraygyo
私が連載始めた頃は、普通に劉備主従バンザイ、五虎将最強、魏は雑魚。で、光栄の『三國志』も能力値の偏りがすごかった。25年ぐらい昔の話である。
おるぐり @allgreen76b
@Jiraygyo 三国志4とかくらいまでは魏の五大将で武力90超えてる奴いなかったよーな。許楮、典偉、夏候淵くらいかな?魏で90超えの武力持ち
地雷魚 @Jiraygyo
于禁とか楽進とか弱かったよねー RT @allgreen76b: @Jiraygyo 三国志4とかくらいまでは魏の五大将で武力90超えてる奴いなかったよーな。許楮、典偉、夏候淵くらいかな?魏で90超えの武力持ち
牛太郎 @ootakashi
@Jiraygyo 光栄三国志の魏の武将の評価が、ガラリと変わりましたよね
おるぐり @allgreen76b
@Jiraygyo 呉の武将なんか孫策と太史慈くらいしか印象が無いw
地雷魚 @Jiraygyo
当時、光栄とLOGINはツーカーだったしねえ RT @ootakashi: @Jiraygyo 光栄三国志の魏の武将の評価が、ガラリと変わりましたよね
地雷魚 @Jiraygyo
ただ呉はグラが美形多かったね。陸遜が美形な印象あるのは無印『三國志』の陸遜グラがやたら美形だったせいだと思う(笑) 横山だとデブっちょだしね。 RT @allgreen76b: @Jiraygyo 呉の武将なんか孫策と太史慈くらいしか印象が無いw
小可 @xiaoke_As
@Jiraygyo 壁|v´) 当時まだ珍しかった正史ベースで、演義との混同は避けてゲームにおけるキャラ評価を論じる姿勢は、正直「三国志に学ぶ経営」云々程度の雑誌よりも質が高く、それをログインという大きいプラットフォームでできたこともあって影響力は大きかったんじゃないかと。
おるぐり @allgreen76b
@Jiraygyo 横光御大「ちゅ、中国で美形は大体肥満気味なんや・・・」
田宮宗一郎 @Tamiya_Soichiro
@Jiraygyo 夏侯一族に較べ曹一族の一山ナンボ感。
地雷魚 @Jiraygyo
私にかぎらず、当時のログインとコンプティークはオタクに凄い影響があったよねえ。ゲーム誌というよりオタク総合誌だったんだよね RT @xiaoke_As: 壁|v´) 当時まだ珍しかった正史ベースで、演義との混同は避けてゲームにおけるキャラ評価を論じる姿勢は、正直「三国志に学ぶ経営
地雷魚 @Jiraygyo
でもそうそうは白面の美形やった(笑) RT @allgreen76b: @Jiraygyo 横光御大「ちゅ、中国で美形は大体肥満気味なんや・・・」
地雷魚 @Jiraygyo
曹洪とか使い道なかったレベル(笑) RT @Tamiya_Soichiro: @Jiraygyo 夏侯一族に較べ曹一族の一山ナンボ感。
地雷魚 @Jiraygyo
ネットもニフティぐらいだったし、そもそも、ちくまの『三国志』が文庫になっていなかったレベルよ? RT @allgreen76b: 当時三国志を皆が「語れる」場所なんか限られてたやろしねぇ・・・
小可 @xiaoke_As
@Jiraygyo 壁|v´) 三国志の扱いでも、正史を切り口に真っ向から通念に切り込んでいくログイン、ネタなどに絡ませて婉曲に裾野を侵食していくコンプ、というイメージでした。
地雷魚 @Jiraygyo
エアプで四式氏が反論しているけど、私が連載始めた頃はゲーム『三國志』で三国志好きになった人が、資料探すとあまりの枯渇ぶりに呆然としたレベルで、正史に関する本なんてほぼなかった。そこに連載で正史推しを始めたので、物凄い食いつきがあったのよ。当時の読者の飢渇感は当時でないとわからん。
地雷魚 @Jiraygyo
王平は横山でも吉川でも好意的に扱われていたしね RT @umarquee_san: @Jiraygyo 武力70台なのに妙に好かれる王平と朱然
地雷魚 @Jiraygyo
毎日のように議論のハガキが何通も届いてたよ RT @xiaoke_As: @Jiraygyo 壁|v´) 三国志の扱いでも、正史を切り口に真っ向から通念に切り込んでいくログイン、ネタなどに絡ませて婉曲に裾野を侵食していくコンプ、というイメージでした。
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コメント

gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2015年12月9日
リプライ多すぎて全員に送れませんが、@Jiraygyo 氏はじめ各氏に多謝 「誰でも編集可能」です。そして繰り返しですが 【「三国志」、日本での曹操人気、中国の人に経緯を説明するのは難しい… - Togetterまとめ http://togetter.com/li/910387】と連動しており、両方読んで頂ければいい、と。
gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2015年12月9日
そして感想申す。@Jiraygyo 氏自身も途中で書いておられるが、「たった25年前なのに、この感覚は消えつつある…」はまさにしかり。特に95年のwin95あたりを基点にして「ネット時代前と後」となれば特に史料探し・研究ジャンルにおいては「一身にして二生」。昔の感覚をもてない&忘れたは仕方ない。じゃあ語り残す、書き残すしかない。
gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2015年12月9日
横山氏も描きながら「史料がないんで、色々見逃してください」とか書いてたですね。80年代は中国が「竹のカーテン」を開くにしてもやはり交通インフラも社会の自由さもない。そして、かつての偏見・蔑視や反共の敵意とは別に「文革は壮大な実験」「新中国は理想郷」や「パンダかわいい」というバイアスもありました。最近「革命とパンダ」http://www.amazon.co.jp/dp/4781613772 という本が。
おく のぶ @samorou 2015年12月9日
あの当時の飢餓感はわかるなあ。おかげで『天の華地の風』をそういうものと知らず、見た事ない三国志ものを発見したと思い、ウキウキで買ってしまった中学生の俺。ショックだったなあ
Abe Thoru @kyou_sen 2015年12月9日
懐かしいなあ。 当時を知る人間としては、徳間書店の中国の思想・第4期『三国志』I~V+別巻のことも思い出してあげてほしい。 抄訳というより引用に近いレベルだけど、当時としては貴重な「正史の訳文」が載っていたのです。 …自分もI、IIと別巻しか持ってないですが。
地雷魚 @Jiraygyo 2015年12月9日
あー、気づいたけど、四半世紀近くも昔の話なので2-3年とか4-5年とかの思い違いあるかもしれませんので、「だいたいそんぐらいの時代」として読んでくださいな
GEO ジオ@中国古典オタク @japanchinaGEO 2015年12月9日
gryphonjapan タイトルの方、「史料」となっておりますが「資料」の間違いではないでしょうか?訂正しようと思ったのですが、タイトルの方は編集できないみたいですね……。
地雷魚 @Jiraygyo 2015年12月9日
ちなみに「三国志コーナー」のタイトルは『三国時代』です。ひねりなくて少し恥ずかしかった(笑)
林 伯文 @borshch77 2015年12月9日
光栄が出していた三国志Ⅲの武将ファイルが確か正史ベースの解説になっていて、能力値と解説がかみあっていなかった記憶がある。三国志Ⅲが1992年発売、筑摩書房の正史三国志が1993年刊行。当時、正史の需要が高かったことがわかる。
Yoshi_せんしゃぶ!連載中 @Yoshikun21c 2015年12月9日
マル勝だったかファミ通だったかのシブサワ・コウコーナーで正史の読者が投稿してシブサワ・コウ氏(当時だと光栄の広報さんかな?)が反論書いていた覚えがある。
竹林 @chikulin365 2015年12月9日
やはり1990年前後のオタク文化は記憶を持ち寄って残さないともったいない。押し入れのダンボール漁ったら当時の本見つかるかな。
愚者@ C97土南ソ30a @fool_0 2015年12月9日
そういや銀英伝全盛期もこの頃だっけなあ。銀英伝に限らずあの当時三国志(演義にしろ正史にしろ)に影響を受けた良質の作品群が綺羅星の如く揃っていたのが懐かしいです。
小可 @xiaoke_As 2015年12月9日
japanchinaGEO 壁|v´) 自分もそう考えます。史学畑ではなく、一般人がお手軽に正史に接することができる一般書の類がほぼなかった、という意味で「三国志そのものに容易に触れられる資料はほとんどなかった」くらいが穏当かと考量します。
林 伯文 @borshch77 2015年12月9日
もう少し古い時期の異色作として陳舜臣氏の秘本三国志が1970年代にでているけど、やはり中国語文献を直接参考にできたことが大きいのかな。
竹林 @chikulin365 2015年12月10日
三国志に関する本を買うためにゲーム攻略本コーナーを探したのも当時は気にならなかったけど今思うとその時代ならではだったな。
桑山忍@扶桑型LOVE@ビブロフィリア @Idee_und_Sophia 2015年12月10日
懐かしいわ~。私がその頃買っていたのがポプコムでしたが、そっちもコラムとか投稿欄で三国志論争がすごかった思い出がw
毛利は医神の蛇になりたい @mourisuiko 2015年12月10日
NHK人形劇と横山三国志に田中先生の創竜伝にはさまれる蘊蓄…。資料がねええと叫んだ方は当時多いぞ。反三国志が翻訳されるなんてってあとがきに書いてましたもんねえ田中先生も。光栄様ありがとう。…同人サークルのえみくり様が三国志本出してたのはいつだっけか…な。さすがに持ってない。
あさぎ @asagi8 2015年12月10日
ゲームならナムコの三国志~中原の覇者~の評価も取り上げて欲しいな。魏は智将に事欠かない
gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2015年12月10日
japanchinaGEO うーんどうだろ?一応歴史関係の話なので、「史料」としたのですが、資料でもかまいません。タイトルは修整できないのか、じゃあしておきます
gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2015年12月10日
まとめ人申す 体験者、当事者が「書き残そう、語り残そう」としてもらうのも重要だが、そのきっかけとして「この発祥、系譜はどうなってるんだ?わからんぞわからんぞ、教えろ!」と騒ぐのも重要だという気がします。つまり、おれをほめろ…じゃなくて、皆もこんな感じで色々と「発祥」の謎を追ってほしいし、またテーマで言えば80-90年代サブカルの歴史はもっと掘り下げる点が多々あると。(アオイホノオも「ガンダムを創った男たち」もその運動の一環だと思う)
秋ゑびす●11/21-28 親鸞聖人 御正忌報恩講:東本願寺(真宗本廟、京都烏丸七条) @yamashita99 2015年12月10日
いわば『コミックトムの時代』。長文まとめ、お疲れ様でした。ありがとうございます♪
nekosencho @Neko_Sencho 2015年12月10日
そのさらに前にアレを描いてた横山先生は偉大だなあ…… 確かに今となっては疑問なところもあるけど、面白く読める三国志を描ききってくれたのは感謝しても感謝しきれない。あと巨大ロボットや魔法少女や忍者や超能力バトルものや……
gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2015年12月10日
Neko_Sencho 同じように歴史大河漫画を描いている立場からの、みなもと太郎氏の「横山三国志」賛。 http://www.usio.co.jp/yms-kentei/message_minamoto.html http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20140618/p2
gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2015年12月10日
gryphonjapan 「ひょっとしたら、21世紀の日本で(中国まで含めて良いかもしれない)これほど『三国志』がもてはやされているのは、「横山三国志」が火つけ役なのだ、ということもを知らない人も多いんじゃないだろうか。いやもちろん、かの吉川英治…小説化は以前からあり、ロングセラーとなっていた。/しかしそれらはあくまでも「文学」の領域に留まり、現在のようにTVドラマや人形劇、二ケタを越える作家による漫画競作、RPGといった…」/(続く)
gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2015年12月10日
(続き)「映像・ビジュアルとしての三国志時代」を花開かせてしまった張本人は、これはたしかに横山光輝の「三国志」がスタート地点。/横山以前の「三国志」は、やはり別世界の英雄群像劇。政治の仕組みも地理も名前もムツカシイ、隣国の、古代の物語。 凄い人たちだが、身近な人ではなかった…それが横山光輝のペンによって、玄徳も孔明も、となりのお兄ちゃんのような親近感を読者に抱かせたのだ。/横山光輝とは、そういう作家なのである――。手塚治虫と違って」(みなもと太郎)
nakatsu_s @nakatsu_s 2015年12月10日
『三国志読本』、ウチから出版されてるや。なるほどLOGINの三国志コーナーからの繋がりがあったわけか。
義明_雑談用 @yoshiaki_idol 2015年12月10日
gryphonjapan みなもと太郎氏の名前で思い出したけど、「風雲児たち」で杉田玄白が「蘭学事始」を出した経緯も、同じように何も資料の無いところから始めて苦労した時代を知らない若い蘭学者に驚いて、という風に描いてたっけ。
玉藻さん@地球 @Roseate_Rosy 2015年12月10日
確かに、三国志について話が出来る相手って「人形劇三国志見た人間」「横山三国志読んだ人間」「ゲームの三国志やった人間」くらいで全部ベースは演義だったわ……(笑)
cinefuk 🌀 @cinefuk 2015年12月10日
RecordChinaの記事を見て曹操人気に疑問だったが、なるほどLOGIN Jiraygyo 氏の記事がルーツなのか。史上初の女体化ワロタ http://pic.twitter.com/a4XlI6lJpj
ミナミ ユー @u_minami 2015年12月10日
ふーむ、LOGINあまり読まなかったからそういう流れは知らんかった。正史ベースだと守屋洋さんの本とかあったけどなあ。図書館から正史借りたけど呉志だけ無くて知識量に差が出たりとかしたが、そういうのは恵まれてたのか。
Masanobu Hirano @mahiran 2015年12月10日
まとめが長いので全部読んでませんが、たぶんLOGiNでの三国志関係コーナーのきっかけって、85年発売のPC-8801版三国志のレビュー記事ですよね?たしか編集者二人のかけあいレビューになっていて、そのうちの一人が青柳ういろうさんで、青柳さんは曹操ファンだと発言してました。恥ずかしながら、私が三国志に興味を持ったのもその記事を読んでからです。
Maulwurf @a7m167509498 2015年12月10日
1986年のログインに掲載された自作ゲームでオタクという概念を初めて発見して、 相手をOOオタク呼ばわし蔑むのが俺と友人の間で流行った。俺の友人は重度の三國志オタクだったのだが、 その頃はまだオタクという概念はアニメやマンガのみに限定されており、友人は三国志オタクはオタクではないと言い張っていたのだが、幼稚な無駄な悪あがきに過ぎなかった。
有芝まはる殿下。 / 𝕴.𝕳. 𝕸𝖆𝖍𝖆𝖑 𝕬𝖑𝖞𝖘𝖍𝖊𝖇𝖆 @Mahal 2015年12月10日
自分の中では、陳舜臣が「秘本三国志」で蜀中心史観を「講談」としてバサバサぶった斬ってたのが痛快という80年代の記憶がある。
有芝まはる殿下。 / 𝕴.𝕳. 𝕸𝖆𝖍𝖆𝖑 𝕬𝖑𝖞𝖘𝖍𝖊𝖇𝖆 @Mahal 2015年12月10日
それに地雷魚センセが言及してないということは、センセはその影響圏の外でやっぱ似たような思いを感じておられた、というお話になるのかな。
有芝まはる殿下。 / 𝕴.𝕳. 𝕸𝖆𝖍𝖆𝖑 𝕬𝖑𝖞𝖘𝖍𝖊𝖇𝖆 @Mahal 2015年12月10日
いわば、「蜀中心史観」への疑問がマグマのように溜まっていく素地が、戦後日本の三国志受容の文脈で存在した、というか。
有芝まはる殿下。 / 𝕴.𝕳. 𝕸𝖆𝖍𝖆𝖑 𝕬𝖑𝖞𝖘𝖍𝖊𝖇𝖆 @Mahal 2015年12月10日
そこの背景としては、吉川・横山三国志などの複眼的な演出力に負うとこはあったのかもだが、それ以外にも本朝の戦後歴史学の文化なども寄与してた面はあったのだろうか?
毛利は医神の蛇になりたい @mourisuiko 2015年12月10日
えみくりが三国志の同人誌だしたのが87年7月と判明…『STOP劉備くん!』白井恵理子著(小説June)の連載開始が87年…。女性向け的にはこのあたりからですね。自分はNHK三国志からの『STOP劉備くん!』なので若干入り方がおかしいw
おりた @toronei 2015年12月10日
しかも横山先生の「官渡の戦い」って、一部描き始められていたのに、没になってるんだよね。三国志の別冊みたいな本にカットが収録されてた。
おりた @toronei 2015年12月10日
コーエーの三国志、張遼とかも凡将ではなかったけど最初はパラ80台のやや良将って感じだったもんな。
毛利は医神の蛇になりたい @mourisuiko 2015年12月10日
えみくりの4コマまとめをみると三国志本は再版希望も多かった模様。あれは系列的にはNHK人形系でしたが、横山三国志に流れるよりは自分のように『STOP劉備くん!』に流れてアニメからのゲームで三国志に沿った方も多いはず…って言う流れをオタク的に解説してみる。自分の周りの歴史オタは『STOP劉備くん!』からの光栄ゲームからのアニメって流れの方多くて横山三国志はかなり後に読んだ人多かったし…。
Shouji Ebisawa @Ebi_floridus 2015年12月10日
そういや80年代、青龍偃月刀が長柄武器じゃなくて刀みたいな片手武器だと思ってたなあ。
trycatch777 @trycatch777 2015年12月10日
懐かしいですよね。初代三國志をPC-98で猿のように遊び、吉川三國志を読み、読みにくい陳寿の三國志演義を図書館で借りて読み、LOGiNや光栄の三國志ガイドブックで情報を入手してたなぁ。たしか光栄のガイドブックも歴史的背景とか割と書いてあって、その当時('89年ころ?)にしては、コラムで「曹操はただの悪役などではなく、実はすごい人」と書いてあったのを覚えてます。
gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2015年12月10日
「ちょっと後日談」を追加したほか、読む人用に、お茶を飲む区切りを追加した(笑)
おりひら @k_orihira 2015年12月11日
懐かしいですね。三国志だけでなく、戦国時代・ファンタジーなども当時のPCゲーと雑誌が大きく貢献したはずなのでが、あまり話題にされてないですよね。
いずみのかな:C97 28日(土)西Iー10a @runco_a 2015年12月11日
『STOP劉備くん!』の元ネタのひとつである江森備著『天の華 地の風』の第一作が投稿されたのが84年か85年、単行本化は86年なので女性向けはえみくり以前、80年代前半には芽吹いていたことを記しておきたいと。もう一つ、男性読者の方は『STOP劉備くん!』での間者フェイメイのあれこれやら周瑜に毒を盛って小喬の琴を割るネタとかはどう消化していたんだろう…w
小可 @xiaoke_As 2015年12月11日
壁|ヮ・) にゃし。
安東 @andou0725 2015年12月11日
光栄の初代三國志で、パソコン雑誌で(雑誌名忘れ)オリグラを貰っている武将一覧があって、能力値が書いていなくて「へー、劉備の跡継ぎで、オリグラあったら能力高いんだろうなー」と思って、PC版で一番後期のシナリオをワクワクしながら進めていた。演義すら読んだことが無かった幼い日の思い出ですw
安東 @andou0725 2015年12月11日
あとカッコ良い悪役を受け入れる土壌ってのはもとからあったと思います。シャアとかデスラーとか。なので、曹操のカッコ良い面を紹介すれば、あとは人気は、そりゃぁ出るよなぁ。あの人調べれば調べるほどスーパーマンだもんww
上野 良樹@C97サークル参加休みます @letssaga3 2015年12月11日
私は初めて曹操を知った時から、取り敢えず凄い人という認識でした。歴史群像シリーズ第1巻『織田信長』に曹操の記事がありそれが初めて触れた三国志物の記事でした。その後は光栄ゲームと『光栄ゲームパラダイス』と正史邦訳を同時進行という形で、演義に触れたのはその後。ちなみに横山三国志は、最初巻数の多さに尻込みして、後に読んだら末期が尻切れトンボでまたがっかりしました。
上野 良樹@C97サークル参加休みます @letssaga3 2015年12月11日
andou0725 でも、今から見ると最近の作品よりは遙かに高い能力なのでした…<劉禅 この人も演義その他の三国志派生創作物でババを引いた口です。
小可 @xiaoke_As 2015年12月11日
壁|v´)自分の好みや視点と異なる他者の好みや視点も許容して、なおかつそれらを客観視できる、いい意味でのオタク気質が、蜀漢善玉・曹操悪玉という視点だけに傾かない「三国志」受容に寄与したんじゃないかとも。
gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2015年12月11日
あっそうだ、「創竜伝」って、なんかあまり必然性がないのに(笑)、主人公らが悪役をやり込める口げんかで「孔明は戦争指揮自体はヘタなんだよ!(ドヤッ)」「『劉備』か『劉玄徳』であって、劉備玄徳とは言わない!(ドヤッ)」とかあったよね。知識としては有益だったが、一読者が読んでも「これ、作者が言いたいんで、無理やりこういう場面をつくったぽいなー」と感じたものでした(笑)
上野 良樹@C97サークル参加休みます @letssaga3 2015年12月11日
letssaga3 『光栄ゲームパラダイス』創刊号は私の目には突然現れたので、「一体どこで創刊号の投稿を募集していたのだろう??」と考え込んだ程度で、もちろん『LOGIN』で募集していた事も知りませんでした。光栄ゲーにはまる過程で『LOGIN』や他のゲーム雑誌に目を通すようになり、読ませる記事が減るに連れフェードアウトしていったのもまた思い出です。
上野 良樹@C97サークル参加休みます @letssaga3 2015年12月11日
letssaga3 歴史書『三國志』邦訳完成(1989年)→文庫化(1992年-1993年)の流れに『LOGIN』も『光栄ゲームパラダイス』もうまく乗れたのだと思います。文庫で、当時のコーエーゲー並の値段で正史『三國志』全巻揃えられるようになったのは本当にありがたかった。何度も読み返して、すっかりボロボロになってしまいました…。
上野 良樹@C97サークル参加休みます @letssaga3 2015年12月11日
letssaga3 もし今から正史『三國志』を読みたいと思った場合。原文はネットに転がっています(ただ校正は怪しいらしい)。邦訳を読むなら、ちくま学芸文庫版ならまず1巻を勧めます。1巻は魏の歴代皇帝と後漢末の群雄で、なおかつ、魏を正統としているため三国時代全体のおおざっぱな流れも魏皇帝の本紀に書かれているからです。当然、その筆頭は曹操(武帝)です。
上野 良樹@C97サークル参加休みます @letssaga3 2015年12月11日
letssaga3 続いて5巻。これは蜀漢全部入りです。劉備(先主)、劉禅(後主)の伝記でアウトラインを掴み、続いて好きな人物に進むとよいでしょう。続いて6巻、これは呉の歴代皇帝と草創期の重臣、呉に割拠した後漢末の群雄など。いずれも、皇帝(正式に皇帝扱いされているのは魏だけ)の本紀でアウトラインを掴み、他の列伝に読み進んで行くのが基本です。
上野 良樹@C97サークル参加休みます @letssaga3 2015年12月11日
letssaga3 続いて最終8巻、これは余裕があるなら最初に買うべき。というのは全巻の人物索引、地図、年表、官位表が付いているからです。違う巻に人物の事績が散らばっているのはざらなので(特に曹操はほぼ全巻に名前が出て来る)、索引は必須です。後は興味のある武将の巻など買って行けばよいでしょう。なお、『魏志倭人伝』と呼ばれる、魏書東夷伝倭人の条は4巻収録。
回也(コメント用) @kaiyasore 2015年12月11日
すっごい違和感しかないまとめ。タイトルの「無かった」はカギカッコつきだから「三国志そのものに容易に触れられる資料はほとんどなかった」という意味だってことはわかるけども・・・
回也(コメント用) @kaiyasore 2015年12月11日
http://www.nichigai.co.jp/sales/images/sangoku_01.pdf ここに掲載されてるのだけでも一般向けに書かれた三国志正史ベースの本、25年前にすでに結構あるし、専門研究なら日本語のものなんて当時だって腐るほどあったでしょう。
回也(コメント用) @kaiyasore 2015年12月11日
例えばたまたま手元にあるので、加地伸行編『三国志の世界』1987年。 あたりまえだけど三国時代を正史ベースで解説。 また「『三国志』と『三国志演義』」の違いの解説にも頁をとってる。
回也(コメント用) @kaiyasore 2015年12月11日
というか今も25年前も千年前も三国時代を知る資料なんて正史の『三国志』くらいしかないしw(最近は呉の竹簡とかでてきてるけども)
回也(コメント用) @kaiyasore 2015年12月11日
当時は自分たち学生だったし無知だったから、よくわかってなかったからログインの人が色々解説してくれてありがたかった、楽しかったって思い出話したいのはわかるし、それはかまわないけど、 当時すでに資料はあったしわかってた人はいくらでもいただろうに、 自分たちが単に無知だった、そして啓蒙されたってことを「蘭学事始」みたいに言われるともう恥ずかしくてたまらない。
かずごん@大事武器屋 @kazugon1103 2015年12月11日
その後の韓玄 お加減いかが? とか好きだったなぁ。しかのつかささんのオールザットウルトラ科学とか当時のログインは確かに面白かったなぁ。
大島鏡介 @suikyousai 2015年12月11日
当時、当人がどういう層だったかによって元ツィートに共感できるか違和感を感じるか分かれるだろうね。80年代半ば小6で人形劇・横光・吉川の3コンボで三国志にはまった後にPC98初代三国志をプレイした人間からすると、共感、違和感、ともに理解できるw
@dark_fact 2015年12月11日
kaiyasore そもそも正史の全訳である世界古典文学全集の三国志が80年代に出てますからね。中国史では邦訳などされていない史料も多い中これはまだ恵まれている方ではないかと思います。正史を一般向けに紹介する本は確かに少なかったでしょうが。
大島鏡介 @suikyousai 2015年12月11日
あと「25年前」って表現もまずいわね。25年前だと学研の赤本歴史群像の「三国志」が出ていて、あれで三国志ファンの正史面知識が相当充実させられたから。
大島鏡介 @suikyousai 2015年12月11日
それ以前でも、その気になれば、正史を和訳編集して通史的にまとめた徳間の『三国志』(Ⅰ~Ⅴ)があったから正史の資料はそれなりにあった。ただ、ゲームから三国志に入った人にはハードルが高かったのだろうけど。
大島鏡介 @suikyousai 2015年12月11日
人物伝も、古典的名著の宮川尚志『諸葛孔明』と86年に出た川合康三『曹操』があったから、孔明と曹操については正史・歴史研究に基づく一般書籍が普通にあった。
大島鏡介 @suikyousai 2015年12月11日
ただ同時に、一般的な中高生の感覚でいくと当時は演義中心の三国志記事・書籍が圧倒的に多かったのも確か。高校入学頃に正史全文を読みたいと書名をあさって購入したのが、汲古書院の『和刻本正史三国志』だったのは苦笑いする思い出。
大島鏡介 @suikyousai 2015年12月11日
当時はちくまの三国志も呉書が出ていなかったし、世界古典文学全集シリーズの一編だったから、存在に気づかなかったりしたんだよね。そういう意味では、当時、正史三国志の情報に対する飢餓感がそれなりにあったのも確かだと思う。
BigHopeClasic @BigHopeClasic 2015年12月11日
小学5年か6年のときにクリスマスプレゼントで吉川三国志をプレゼントされ、中学2年のクリスマスプレゼントで呉書が出たばかりのちくま古典全集正史3巻を貰えた俺は恵まれてたなあ。
BigHopeClasic @BigHopeClasic 2015年12月11日
で、横山光輝を横光と略されると「あれ横光利一って三国志書いてたっけ」と一瞬勘違いすることを四半世紀続けてる俺(もちろん横山三国志は全巻通読を数回してるのですよ)
水野修平 @mizunosyuhei 2015年12月12日
ちくま古典全集とその後の文庫版による正史の普及で評価が大幅に上向いたのは魏であるのは言うまでもないのですが、蜀ファンも陳到とか劉璿など演義に殆どあるいは全く載せられていない人物がコーエーのゲームに出れるようになった点では恩恵を受けていますね。なお、陳祗……。
上野 良樹@C97サークル参加休みます @letssaga3 2015年12月12日
mizunosyuhei 呉の恩恵は大きいです。ただでさえ演義では呉の影が薄いし、山越の不服住民が無視されているので、賀斉を筆頭に山越征服に携わった武将が演義では軒並み無視されていました。
上野 良樹@C97サークル参加休みます @letssaga3 2015年12月12日
いま色々三国志物の創作物を振り返り思う事は、「呉の滅亡まで曲がりなりにも書き切った演義って、凄い小説だったんだな…」。関羽曹操劉備、せいぜい諸葛亮の死で筆を置く小説漫画etcの多い事。正史からして、後半は晋書の領域とばかりに断片的な記述になってしまうので、仕方がないといえば仕方がないのですが。
Hirumanoya @Hirumanoya 2015年12月13日
資料は増えたが、中国風ファンタジーという感じの作品は逆に減ってきている? 昔は多かった記憶があるのですが。 チャイナファンタジーのルーツと盛衰も気になる。
てらどらいぶ @teradrive_tw 2015年12月14日
ログインもコンプも読んでたけど、歴史の知識をつけるにはゲーム雑誌が一番手っ取り早かった。他には歴史群像とか。90年代中盤から突然PHP文庫や経営関係の文庫でも三國志の本が増えたけど、その火付け役はやっぱりゲームから来てたような気がする。今の三國志の流行は当時三國志の本を読みあさった人たちが会社で偉くなって、コンテンツ作れる立場になったからだろうなぁ
りょーいち @barkindog2099 2015年12月14日
今では女体化はおろか、ロボ化までされてるからなぁw(「SDガンダム三国伝」、アニメが赤壁で終ったのは残念でした 司馬懿何のために出てきたんだ・・・)
ばけ @bake10 2015年12月14日
曹操贔屓の陳舜臣「秘本三国志」はもうあまり読まれてないのかな 25年前って三国志関連の出版は今より沢山あった気がします 色々記憶を集めたら面白そう
ゴイスー @goisup 2015年12月14日
ゲーパラ懐かしいなぁ
音埜まいこ @Echuiriel 2015年12月14日
いや普通にあったよ?
永沢壱朗 @Nichilaw 2015年12月14日
そういや、「鞭」が四角い金棒ってなったのは何時ごろなんだろ。横山水滸伝から三国無双のどっかなのは確かなんだけど。
築地俊彦 @to_tsukiji 2015年12月14日
正史を意識してデザインされた「英雄三国志」のさらに元ゲーム「旌旗蔽空」がタクテクス誌に掲載されたのは1987年2月号(1月売り)だから、80年代後半はそういう空気だったんだろうと。「蜀が魏に対抗できたのは攻められにくい地形だったから」「中国の河を渡るのは非常に面倒」を意識したとデザイナーズノートに書いてありました。
鎌倉 @kamakuracc 2015年12月14日
曹豹血盟軍派だったw
上野 良樹@C97サークル参加休みます @letssaga3 2015年12月15日
曹豹血盟軍に入りたくていくつか投稿しましたが、没でした。意外と入団は難しかったです。
シュウ @shuaveng 2015年12月15日
かこうとん と入力して夏侯惇と第一変換候補に出るいまの時代の素晴らしさよ。横山三国志でも初期はかこうじゅんとルビを振られていたのが嘘みたいだ。
ワス @wsplus 2015年12月15日
曹操をただの悪役ではなく魅力的に描くなど新たなる解釈を加えたのはwikiによると吉川英治らしいですね https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E5%B7%9D%E8%8B%B1%E6%B2%BB
BigHopeClasic @BigHopeClasic 2015年12月16日
bake10 秘本三国志は曹操よりも少容の印象が強くて。
ばけ @bake10 2015年12月16日
BigHopeClasic 確かに、五斗米道の少容が実質的な主人公でしたね 曹操人気、の起爆剤ではないか
へぼやま @heboya 2015年12月16日
『三国志新聞』持ってるハズなのにどこ行ったか分かんない! てか俺、そういう本多すぎ。
つづら @sengok_daimyoh 2015年12月16日
85~90年は正史三国志に関するムーブがすごかった。LOGIN連載当時は筑摩古典でも魏書・蜀書しかなくって「呉書出す気あんの?」ってのが一般読者が持つ不安だったから、「呉書出る」って情報が流れた時は大騒ぎだったなぁ。呉書が出た後にウルフチームが正史寄りの天舞を出すんだけどこれがちっとも流行らないw 自分の周りでは旌旗蔽空と英雄三国志の方が知名度高かった。
💫⭐👤⭐💫 @123cdef 2016年3月7日
91年の中学生のときに正史三国志を購入しました。大手書店で三国志フェアをやっていて、文学全集買ったの、そのときはじめてでした。すでに秘本三国志も、歴史群像シリーズの三国志も出ていました。ヴィジュアルでは、中学校の図書室に画本三国志(連環画)があったし、しかし、当時は正座が一般的だったという、それを修正するような情報も読書で得られました。曹操評価の火付け役、資料無し、そういう環境のひともいたんですね。
楠征樹 L46 N-SAM @blue_knightQ63 2016年9月3日
吉川三国志が入口の人が、やっぱり大多数かなあ...自分が読んだのは高校生の時で、三国志との出会いは小学生の時に父からプレゼントされた、岩波少年文庫の三国志。上中下の三巻セットで、大人になってからでも結構読み応えある。とりあえず、演義ベースから手軽に押さえたい人にはお勧め。
吉川卓見@制作ですらなくなった! @nondarasinu 2017年2月23日
ウルフチームのくだりが凄い面白かった。斬2とか天舞三国志は家庭用ゲーム機にも移植されてるから、これを良いゲームだと思う連中が沢山いるんだなと不思議に思ってたが、やっぱ当時から、皆そう思ってたんだなと安心した。25年前だと歴史読本が別冊を出していて、それで禰衡の存在を知った。柴田錬三郎さんは三国志が好きで気合入れて書いたけど売れなくて同時期に適当に書いた小説が売れて凹んでましたっけ(地べたから物申す収録のエッセイより)
hellcatcart@リンガ泊地 @hellcatcart 2017年9月15日
美形の諸葛亮とか日テレのアニメの影響かなあ