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ASD(アスペルガー、自閉症)の人のコミュニケーション困難についての考察~アナログゲームやヴィゴツキーの知見を交えて~

ASD(自閉症スペクトラム)障害のコミュニケーション困難の本質について、アナログゲームを通じたやり取りや、心理学者ヴィゴツキーの知見、さらには障害当事者の人とのやりとりを通じて考えました。未完。続きます。
人文 自閉症 アナログゲーム 発達障害 コミュニケーション
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松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
僕は、就労支援に携わった経験から、発達障害のある人が就職する際にネックになるのは「コミュニケーション能力」「自己理解」「体力」 の三点であると考え、このうち手前二つの要素を改善できるものとしてアナログゲーム療育を見出したのである。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
ところが、実際に成人から大人までの発達障害のある人にアナログゲームをやっていただくと、「コミュニケーション能力」と「自己理解」が別々のものだとはどうも思われない。同じもの、というよりは、より高次の要素が別々の現れ方をしているだけのように見えてきた。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
その要素というのは、戦略的思考、理論的思考とでも言うべきか。要するに相手の自分の状況の変化をしり、そこにあわせて行動を調整するとか、自分が属している場の性質を見極めて、その性質に沿って自分の思った方向に事を進めていくとかいう高次の精神機能のことなのだ。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
もう一つ重要なのは、この種の高次の思考力の困難さが、発達障害だけでなく精神障害のある人にも共通して見られるということだ。このことから、私はこの問題は障害それ自体に起因するのではなく、社会経験の不足による二次的な発達不全なのではないかと推測している。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
私の言っている高次の精神機能のことは、おそらく、ヴィゴツキーがいう「科学的概念」のことではないかとアタリをつけているが、彼の主著を読みきっていないので未だ断定できない。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
いずれにせよ、これまでのアナログゲーム療育の取り組みの中では、これまで「コミュニケーション能力の向上」を促すという名目のもと、言語的なやりとりが多いいわゆるパーティーゲーム中心に取り入れてきたが、ジレンマを要求するものとか、アブストラクトなものをもっと取り入れても良さそうだ。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
昨日のつぶやきと関連して、アナログゲームと高次精神機能の発達との関連を考えてみたいと思う。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
キャプテン・リノというゲームがある。手持ちのカードを場に出してタワーを組み立てていくゲームで、幼児から小学校中学年くらいまでの子に人気のゲームだ。gameryouiku.com/2015/10/19/%E9…
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
ほとんどの小学校1年生は、キャプテン・リノのルールを理解してゲームを楽しむことができる。しかし、キャプテン・リノを初めての子でもプレイできるようにインスト(instructionの略。ゲームのルールや目的を説明すること)できる子はほとんどいない。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
小学1年生にキャプテン・リノを説明させると、「こうやって高くして、このカードがでたらキャプテン・リノを置くの。」といった風な説明になる。タワーを崩したら負けで、カードが1番少ない人が勝ちという勝利条件、スキップやリバースといった各カードの効果について、説明できる子はいない。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
では、子どもたちはそうしたルールを理解していないのかというとそんなことはない。たとえば、「どうしたら勝ちなの?」と聞けば「カードが少ない人が勝ち」と言えるし、「このカードの意味は何?」と聞けば「次の人の順番の飛ばすの」といったふうに、個別に聞けば答えられるのである。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
つまり、子どもは、個々のルールは理解しているけれども、全体としてまとまった説明ができないのである。これは発達心理学的な観点からみて非常に興味深い現象である。このことは心理学者のヴィゴツキーが言うところの、概念的思考の未成熟であると考えられる。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
ヴィゴツキーによれば、概念的思考は10~12歳くらい、つまり5年生から中学1年生くらいの間に成熟するとされている。この概念的思考とは、算数でいうならば、実数(1,2,3)から代数(x,y,z)への変化によって表される。実際、学校で代数の概念を習うのはこの年代である。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
概念的思考とは、先の実数と代数の例からわかるように、目の前にある具体物を離れた抽象的なシステムの取り扱いに関連する。ここで、アナログゲームの話に戻れば、ゲームとはコンポーネント(コマやカードやボード)とルールによって作り出される一つの抽象的なシステムである。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
私の仮説は、子どもがアナログゲームという一つのシステムのインストができるためには、概念的思考の成熟を待たねばならない。具体的には小学校5年生以上にならないと、あるゲームをほかの人にわかるようにインストするのは難しいのではないか、ということである。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
ここでインストとは何か、という問題がでてくる。もし完璧なインストがあるとすればそれは、説明書を最初から最後まで棒読みすることだろう。しかし、それでは時間が掛かりすぎるから、適当に情報を削って伝える必要がある。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
その際、どの情報を削ってどの情報を残すのか適切に判断するためには、ゲームというシステム全体の理解と、そこに基づいた部分的な操作(取捨選択)が必要で、このときに概念的思考が必要となってくると考えられる。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
さきほど、「インストができるのは小学5年生から」という仮説を立てたが、これはもちろん一般論で、個々の発達段階や経験の有無によって、それより早くインストができる子もいれば、中学生になっても上手に説明できない子もいるだろう。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
重要なのは、概念的思考の成熟の判定基準の一つに「わかりやすくゲームのインストができるかどうか」がなりうるのではないかということだ。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
もう一つ、ゲームのプレイイング自体で概念的思考を測れそうなゲームがある。「人狼」だ。実は、人狼自体ルールがシンプルなので、遊ぶだけなら小学校2年生くらいからできるのである。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
しかし、小学2年生の人狼というのは、「Aちゃん、人狼でしょう」「ちがうよ~」「じゃあBちゃんが人狼でしょう」「ちがうってば~」といった風に、「この子は人狼かどうか」というあくまで個別的な判定しかできないのである。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
人狼らしい人狼、たとえば、「今占い師のAさんが、Bさんのことを村人といったが、二人がグルで嘘をついているかもしれず、そこを確かめるために手始めにCさんが怪盗かどうかを聞いてみよう」といった風な判断ができるのは、やはり小学校高学年以上なのである。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
人狼は、いわば「その場を構築している人間関係の構造を解明するゲーム」である。ここに概念的思考が必要になってくると思われる。インストも人狼も共に概念的思考が必要になるとすれば、、「インストが上手くない人は人狼も上手くない。その逆も然り」という仮説が生まれる。実態に即して、どうか。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
人狼が概念的思考を要するというのは、言葉の意味が文脈や立場によってめまぐるしく変わるからである。たとえば先の「(自称)占い師のAさんはBさんを村人だといった」というのは、Aさんを占い師と見るか人狼と見るかで、Aさんの発言の意味とBさんの属性は全く変わってしまう。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
これはたとえば(x+y)*zという式のzに正負どちらの数を入れるかで答えが全く変わってしまうのと同じである。このような、前後の文脈によって言葉の意味(意図)がまるきり変わってしまうような状況に対応できるかどうかという部分が、コミュニケーション能力の本質ではないかと推測している。
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コメント

どす恋(煮え煮え) @makumaan 2016年5月16日
途中までしか読めてないんだけど→
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