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北田暁大 @a_kitada
厳しい、しかし重要なご指摘をありがとうございます。/「ケイパビリティ・アプローチがリベラルの倫理として定着したかのような書き方は疑問だ」/出だしからコケている気がするリベラル懇話会 anlyznews.com/2015/12/blog-p…
北田暁大 @a_kitada
このご指摘もごもっとも。セン的に平等とするか「という」自由とするかで結構悩みました。基本的には平等論であることはたしか。「潜在能力…は、それによって達成できる程度を含めた選択肢の集合なので、ケイパピリテイ自体が自由を表す。自由の自由となってしまっているわけで、この表現は無い」
北田暁大 @a_kitada
これでヌスバウム的に機能の列挙という方向性をとるのが潜在能力の論理的帰結なのかについても、先進国での経験的な応用可能性含め検討中です。「ケイパビリティ・アプローチは現実適応できるのであろうか。ケイパピリテイ自体が集合として定義されるので、個人間比較をどうすれば良いかは問題になる」
北田暁大 @a_kitada
その昔若松先生の書評会にお呼ばれしていったときに、功利主義語が飛び交うなかで、センの理論はかなり「社会学的」であり、であるがゆえに経済学的には諸刃の剣との認識をもちつつt幾歳月。これが経験的な比較としてどのようなカテゴリーにもとづいて指標化されるのかも難しい話です。
北田暁大 @a_kitada
ここで(固有の財をもった)社会領域の多元性(ウォルツァー)、およびその多元性を加味した経済的財を効用へと転換する関数の多様性の重視、およびその合理性判断という課題が出てくるわけですが、それがどのようにしてfeasibleなのかはそれこそ実際の社会問題に即して考えるしかない。
北田暁大 @a_kitada
ジェンダー、家族、雇用政策、親密圏へのアクセス可能性などと、「少子化」という政策課題との関連、個の選択の幅を規定/保障する制度設計ー経済効率を損なわないー等が焦点の一つとなると考えています。難題ではありますが、理念水準に留まらない社会像の提示を非力ながら目指して作業中です。
北田暁大 @a_kitada
社会的厚生関数、合理性の多義性の誤謬の回避、コミットメントって何よ、問題など問題は山積みですが、ちょっとこの問題系―もちろん選択理論や経済学の原義に留意しつつ―を具体的・経験的な事象にそくして考えてみたい、というのが私個人の目標です。川本先生に色々とご指導賜っております。
北田暁大 @a_kitada
ケイパビリティ・アプローチはバナーナリズムをどうしても含みこみます。「生き方の幅」といえば聞こえがいいですが、機能の特定化、機能の分別など、そうそうきれいな「リベラル」というわけにはいきません。辿ればバーリンの積極的自由批判にも繋がる論点で、この点も十分に留意すべきことです。

コメント

えぬ @enu_ei 2015年12月11日
ヌルヌルだよ! すっごい滑るよ!?
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