認知症介護研修センター永田久美子さんの講演と感想です。
講師は永田久美子さん 認知症介護研修東京センターの研究者さん 開口一番 地をはうように仕事をしています。先生の身の回りにたくさん認知症の方がおられる。認知症から目を背けない。認知症嫌だなではなく、認知症とどう生きるか 認知症をどう生きるか た楽しい! が重要
2015-12-20 14:10:35地を這うように仕事をしております。
この一言にうたれました。
その後、ご自身のご家族、親族の現在を説明。
そうだよね、みんなそうだよねと思ったことでした。
一日一日を大切に いきなり最期はこない いつかそのうちではなく いまできることを 1人ではなく一緒に いっしょにやっていこうという仲間を持とう
2015-12-20 14:13:26認知症 脳の働きがおちて 日々の生活ができないこと 幅広い問題を含む 日常行動は様々な記憶や理解、判断 段取りの組み合わせ それが出来ないのが認知症 65歳以上の15%が認知症 若くても発症 三十代でも起こる 80代になると予備軍も含めると50%以上が認知症
2015-12-20 14:18:1760代以上の15%が認知症で予備軍をいれると30%という数字は2、3年前のもの、この数字は国の予測では2020年頃のはずだった。事態は予測よりも10年はやく進行している、ということのようです。
認知症になっても認知症だけを生きているだけではない わたしたちの一歩先を生きている人 何かをしてあげるのではなく 一歩先から教えてもらおう 当事者は声をあげよう
2015-12-20 14:25:52八十代では認知症とその予備軍は50%ですから、明日の我が身であることはあきらか。予防だけではなく受容しないとやっていけませんよね。だから、「一歩先をゆく人」から学ぶという姿勢が大事なのだと理解しました。
認知症が発症してから周りが気づくまでに20年から30年かかる わたしのなかで認知症が起きているのかも 本人はがんばってくらしている 周りが気づいてなくなるまでに十五年くらい 気付きが早いと20年 この長さを家族だけでは無理 助けを求めよう
2015-12-20 14:29:10これはがーん!!です。
わたしは今61歳です。
発症してるかもしれません。うん。
しかし周りが気付くまで20年て、その間本人は必死に隠してつじつま合わせて生きてるわけです。大変ですよねえ。我が家の0号が認知症がはじまったころを思い出します。
子どもの言い訳みたいなこと沢山いいました。
不安だったし屈辱だったろうと思います。
ストレスがかかると症状が強まり進む 五十代に始まった認知症は会社退職になり家族に言えなくて務めるふりをしたりする まだできる仕事もあるので雇用を続ける企業ももある 通勤サポートがあれば通勤できる 企業や社会がサポートすれば社会のなかで生きられる
2015-12-20 14:34:09若く発症すると多くは仕事を失うけれど、今は、企業の側の理解も進んできて、企業のなかでできる仕事にうつって雇用が継続される例もあるとのこと。素晴らしい。
認知症という症状それ自体と、そこから派生するものは別
この区別大事です。
認知症とは脳の機能低下で記憶、理解、判断ができなくなること。その結果日常生活にさまざまに問題がでてきて、周りのひととぶつかることになるけれど、それは認知症自体ではないってことですね。
認知症イコール暴力的、徘徊、ではないということです。
本人はできなくても待っている こちらから声をかけて一緒にやる 夜になると泣いている 夕方に声をかける 些細なことが支えになって 眠れる
2015-12-20 14:41:16傍に誰かがいると落ち着ける そばに誰かがいないと どこに行けばいいか 今何時か 何すればいいか 迷路に入ってしまう 家族は追いかけられて苦しむ
2015-12-20 14:44:00できることはある エネルギーを活かすことが大事 それができないとエネルギーがマイナスに出てしまう 本当に本人のやりたいことは何か そこを確保してサービスに繋げる 本人はどうせわからないからと本人の気持ちに蓋をしない 認知症だけをみない 人のために役立ちたいと思っている
2015-12-20 14:50:27いろんな人とは、家族、地域の人、介護専門職、医療者などです。それぞれ見て聞いて、本人のほんとの意志や気持ちを理解することが望ましいと。
認知症は悪くなる一方ではない 病気の発症は防げないが進行は遅らせることが可能 理解、支援、つながりが大切 pic.twitter.com/Lk42UGyz5C
2015-12-20 14:55:32この画像のグラフが象徴的です。
下にくぼんだ線と、上に膨らんだ線。
起点と終点は同じ、発症と死亡です。
でもその途中経過は違う。
上の線の方がQOLが高いのは明らかです。
理解と支援、つながりがあればQOLが高く暮らせる。
徘徊、暴力といったものは適切な対応がないから起る。
いわば二次的なものだということでしょうか。