「橋本麻里さん、伊藤剛さん、おかざき先生らが展開されている『阿・吽 3巻』での丹生の里の記述から空海伝説、日本の鉱山、採掘技術、近代以前の「山」の情景にまつわる一連の考察が面白すぎて仕事が手につかない」

まとめました。
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山猫だぶ㌠ @fluor_doublet

「丹生」という地名は、基本的には水銀から朱を作った場所、水銀鉱床、朱を作っている技能者の棲む集落に付けられる。奈良、三重、和歌山に多く、一部は香川や京都にもあるのだけれども。でも、日本で一ヶ所だけ、それがうまく当てはまらないところがある。群馬県富岡市の、貫前神社の奥だ。

2015-12-19 13:54:08
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet

群馬の丹生の歴史は古くて、10世紀前後には丹生神社という社名が記載されているのだけれども。でも、その辺りは新しい堆積岩で水銀鉱床はないし、甘楽の奥を考えても、ヒ素や銅鉛亜鉛鉱床はあっても、水銀鉱はない。なんでここに丹生の名が付いているのだろう?

2015-12-19 13:57:31
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet

伊勢の水銀は、日本で一番古くから知られるものです。続日本紀にすでに出てきます。

2015-12-19 14:02:19
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet

@Doctor_NEET ああそうか。大野郡のそこがありましたね。あの辺は水銀鉱床は確かなかった、ような。川のずっと上に磁硫鉄鉱の鉱山がありますが、弁柄なのかしら・・・。

2015-12-19 14:09:30
伊藤 剛 @GoITO

@fluor_doublet @Doctor_NEET 丹生川村、水銀出てますよ。 「呂瀬(ろっせ)金山」です。約30年まえ現地に行きましたが、その10年くらい前に「水銀があるので」鉱山跡を全部埋めてしまったと地元のひとに聞きました。文献的には伊藤洋輔「岐阜県の鉱物」参照。

2015-12-20 18:53:27
橋本麻里 @hashimoto_tokyo

おかざき真里『阿・吽』3巻にも丹生の里が登場します。オトコ前な不死の美女「にうつ様」がツボった…(溜息)。 twitter.com/fluor_doublet/…

2015-12-19 14:07:09
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet

@hashimoto_tokyo まだ3巻読んでないんです・・・。空海と水銀伝説は、今、古い死霊をかき集めて、当たってます。なかなか面白いですねこれ。

2015-12-19 14:11:57
橋本麻里 @hashimoto_tokyo

@fluor_doublet いやー、中国の神仙思想も絡まってきてしまうし、水銀は深くてうかつに手を出せませんが、ほんっとに面白いです。

2015-12-19 14:13:50
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet

@hashimoto_tokyo 調べてみると、えらく古いんですよね。今昔物語にもう水銀商の話が出てきますし、続日本紀に、伊勢、常陸、備前、伊予、日向、豊後の朱の話が出てきます。誰

2015-12-19 14:21:35
橋本麻里 @hashimoto_tokyo

@fluor_doublet そうですね、私の把握している範囲でも、文字資料だと「続日本紀」が最古。いま奈文研の木簡データベース検索で見たら、「丹生」で15件がヒットしました。同じく奈文研の古代地名検索システムでも丹生のつく地名は24件。既に失われた地名を探すにはいいかも。

2015-12-19 14:32:19
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet

@hashimoto_tokyo おそらくは、推古天皇のころに、仏教渡来と同時に仏具関連の製造原料で水銀および辰砂が入ってきてるんでしょうね。そこから100年間の間に、辰砂が伊勢をはじめとして日本に存在しているのを見い出した人がいるはずです。そこの資料に行きあたらない。

2015-12-19 14:39:10
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet

@hashimoto_tokyo ん。ごめんなさい間違い。確か弥生-古墳時代には辰砂は壁画にもう使われてたんです。そこで一回情報と技術の断絶があり、その後に仏教渡来で再燃してるんですよね。んで、江戸期にまた情報が大部分失われ、明治になるとまた国産水銀の開発が始まります。

2015-12-19 14:44:17
橋本麻里 @hashimoto_tokyo

@fluor_doublet そそ、いま「水銀朱は使ってまっせ」と書こうとしてました(笑)。「辰砂が伊勢をはじめとして日本に存在しているのを見い出した人」、ここで空海伝説になっちゃうのですかね。

2015-12-19 14:49:58
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet

@hashimoto_tokyo 朱の起源と歴史は、どっかで一回死霊を整理しないとよくわからないですね。明らかに、技術継承が数回断絶してるんですよね。たぶん、朱を水銀鉱から作れる専門職「丹生」が渡来人の血が強く、あまり技術をオープンにしなかったのではないかと。

2015-12-19 14:51:47
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet

@hashimoto_tokyo 空海は大学中退して留学組ですよね。鉱産物の勉強はどこでしたんでしょうかね。

2015-12-19 14:52:21
橋本麻里 @hashimoto_tokyo

@fluor_doublet 留学期間も短いですからね(ホントは10年のところを勝手に切り上げて帰国)。興味深いです。私も手許の資料をボチボチ調べてみます。

2015-12-19 14:59:54
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet

@hashimoto_tokyo 歴史は橋本さんに丸投げさせていただきたく存じます。

2015-12-19 15:00:26
原田 実 @gishigaku

古代の水銀朱に関しては葬送儀礼との関連も深いのでその話題で「死霊を整理」という字面というのが妙にしっくりきます。 @fluor_doublet @hashimoto_tokyo

2015-12-19 15:05:42
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet

まずはこの三冊の内容を平らにならして、鶴田さんの資料と照らし合わせて、んで益富先生の遺したデータでブラッシュアップしますか。 pic.twitter.com/xahBZSCuow

2015-12-19 15:09:29
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橋本麻里 @hashimoto_tokyo

@fluor_doublet 最近の研究がどうなっているのか存じませんが、早稲田大学の松田壽男先生による『丹生の研究―歴史地理学から見た日本の水銀』(1970)があり、その後出た『古代の朱』には同じく早稲田の矢嶋澄策さんが協力されています。取りあえず『古代の朱』読み直してみます。

2015-12-19 15:11:24
伊藤 剛 @GoITO

@hashimoto_tokyo @fluor_doublet その本は「東海鉱物採集ガイドブック」制作のとき参照しました。なお三重の丹生/水銀については、同書のコラムで三重の稲葉幸郎さんがお書きになっています。たしか私も加筆したはず。

2015-12-19 16:06:09
伊藤 剛 @GoITO

@hashimoto_tokyo @fluor_doublet 『丹生の研究』にも、そこ水銀出る? という土地の記述がありましたね。あと即身仏になる際の五穀断ちを体内の水銀濃度を上げて死後の防腐をうながす効果をねらったものとする仮説は「?」でした

2015-12-19 16:09:21
伊藤 剛 @GoITO

@hashimoto_tokyo @fluor_doublet それから、高知の韮生鉱山はマンガン鉱山ですが、これは「丹生」の転訛でいいかなと思っています。辰砂が出てるんですよね。先述の稲葉さんに聞いた話では、鉱山前の沢でパンニングすると自然水銀の粒が採れるんだそう。

2015-12-19 16:14:10
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