西取手旧鷺山暗渠(仮)

正月早々暗渠探索してきました。
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@takanoryu

ちと取手に行ってくる。

2016-01-03 09:49:50
@takanoryu

姪(小2)と初暗渠ハンティングしてきたどーw pic.twitter.com/mX0handvUU

2016-01-03 18:37:50
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@takanoryu

僕が小学生の頃関東鉄道常総線西取手駅はまだなく、小さな谷の奥に誰もいない沼があって、島のようになった林が鷺山になっていた。今は谷の底まで造成され埋め立てられた沼の名残りが名付けられぬ暗渠になって、辛うじて痕跡をとどめている。 pic.twitter.com/0pIg8yX9KN

2016-01-03 18:44:16
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@takanoryu

河岸段丘から利根本流にそそぐ幾つもの沢のひとつ。ひとつ分水界を東(下流側)に越した沢の方が個性的なんだけど、取手市内の沢のスタンダードとしてここはいつか追いたいと思っていた。市役所とキヤノンの間の「あの谷」を作ってる川である。 pic.twitter.com/HymIg3SNZb

2016-01-03 18:51:04
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@takanoryu

俺「あの道は、道に見えるけどほんとは川なんだ」 姪「川?そうなの?」 俺「進んでみたら分かる」 姪「行ったことあるの?」 俺「ないけどカンだ」 レッツRPG!w pic.twitter.com/JOKqU6Zk2W

2016-01-03 19:01:40
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@takanoryu

姪との冒険つづき。「えー、これ川かなー」「まだ見えないだけだ、そのうち見えてくる」「なんで分かるの?」「さっきまで流れてた川が急に消えるわけないじゃん」「そっか」的なお正月。 pic.twitter.com/qMhnifB63b

2016-01-04 01:30:59
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@takanoryu

「ほら川になった」 「え?これ?この下、川なの?お風呂のふたみたい!」 と言いながらガンガン跳ねて歩く小2女子(笑)。 pic.twitter.com/NrNrFeaUeE

2016-01-04 01:34:32
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@takanoryu

「ここも川。あとついてるでしょ」「道じゃん!」「トンネルで向こう側に出るんだ」「ほんとだ!」ノリノリですw ´ω`* pic.twitter.com/cXjUWOy9KB

2016-01-04 01:37:10
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@takanoryu

俺「ほら出てきた。ちゃんと流れてるよ」 姪小2「ほんとだ!すごい!」 以上、河川工学の授業を終わりにいたします。^皿^ pic.twitter.com/Ot4PgiaXTC

2016-01-04 01:39:54
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@takanoryu

いちおう地元民向けに言っとくと、取手市内国道294号「白山八丁目」の交差点のとこの谷(キヤノンの下りから市役所の登りにかけて)を横切ってるあの川です。ほぼ全行程暗渠ですが最後に利根パークGCの上流側で利根本流に合流するまで追えます。 google.co.jp/maps/place/%E3…

2016-01-04 01:53:01
@takanoryu

「またつまらぬ川を追ってしまった…」

2016-01-04 01:53:30
@takanoryu

でも本当はね、西取手駅のとこの分水界を越えた東側の沢の大冒険が、取手市域では一番楽しい筈なんです。この鍼灸院の辺りを水源に井野台の段丘をぐるっと迂回して井野団地から旧1中脇を抜けてピン歩気裏から吉田の水門に達する。最高かよ。 google.co.jp/maps/place/%E3…

2016-01-04 02:15:35
@takanoryu

巨大ドジョウ掬ってきたのもカダヤシ採りに通ったのもハクレン釣り上げて新聞紙にくるんでチャリのかごに放り込んで帰ってフライにしたのもざりがに盛衰記の水たまりも発泡のイカダで漕ぎ出して遊んだのも全部この川やねん。ドブみたいな川だけどこいつがなかったら今の俺は絶対におらん。最高かよ。

2016-01-04 02:22:39
@takanoryu

この2河川の間には6国―長禅寺間の谷と取手2高―取手小学校間の谷のふたつの沢筋しかなく(実家は後者の最上流部にある)、いずれも利根本流河川敷以外は1970年代から完全暗渠だったため町中で川遊びができる地点はまったくなかった。チャリ圏にある川として、まことに貴重であった。

2016-01-04 02:39:26
@takanoryu

利根川左岸の取手段丘から小貝川合流までの間に一級河川は相野谷川1本しかない(これは例えば「天と地と」で私はカモメのステージになってる水門がある川)。そして土橋から吉田水門に至る相野谷川筋は魅力的ながら小2でチャリで日々通うにはかなり遠かった。下校後に行けるっていうとやっぱあの川。

2016-01-04 03:08:47
@takanoryu

名前、あるんだったかなあ…。(当時知ってれば今でも言われたら思い出すと思う)

2016-01-04 03:09:43
@takanoryu

地図見たら、そうか、藤代町が合併になったからいま取手の版図って「利根川左岸の小貝川と県道47号に囲まれた地域」て言えばおおむね合ってるのか…(隔世)。 google.co.jp/maps/place/%E8…

2016-01-04 03:15:19
@takanoryu

相野谷川確認したが取水口は小貝川の岡堰。あんまりおもんない。中学の時カブで転落したおっちゃんを助けた時の用水路(宋仁会病院のとこ)も相野谷川w

2016-01-04 03:20:43
@takanoryu

最寄りの川が相野谷川だったら俺はもっと農本主義的に育ったに違いない。無名の暗渠とか零細水路を追う人間にはなっていたはずがない。偶然ながら、貴重な水系に生きてたんだなあと改めて思う。(水系の名前はよw←)

2016-01-04 03:24:46
@takanoryu

遠からず、2度目の探索に出かけたいと思います。

2016-01-04 03:25:46
@takanoryu

母の劇団は小貝川水源探索まではやったらしいが、徒歩圏の水路探索はやってない。身近かすぎて主題に採り損ねた感は僕にもある(暗渠を追うという発想が小学生の頃にはまだなかった)。取手はすっかり新住民の町に変わりつつあるので、民俗保存は旧住民がやるしかないやね。

2016-01-04 03:32:07
@takanoryu

たとえば長谷川伸「一本刀土俵入」の1幕我孫子屋の段で板前が包丁持って出てきますね。その料理人が鍋釜とか洗ってるのが、さっきから言ってるこの川です。僕が個人的にだいじなんじゃなくて「埋もれた歴史」なんだよっていうハナシ。 google.co.jp/maps/place/%E3…

2016-01-04 03:43:25
@takanoryu

河岸段丘の外側に出来てしまった沢がどうやって本流にたどり着くか、ていうハナシですね。海岸山脈の裏側に出来た沢の長い長い旅についてなら誰しも想像できよう。そのミニ版です。

2016-01-04 03:46:13
@takanoryu

高校生までのチャリ生活圏は左岸で下流から布川段丘、小文間段丘、取手守谷段丘、一言主段丘、右岸は三日月湖越えて千葉側の中峠(なかびょう)段丘までだった。左岸川筋で言えば下が新利根川、上が飯沼川まで。川をめぐる人士で言うとビッグスリーが赤松宗旦、間宮林蔵、柳田国男ということになる。

2016-01-04 03:58:05
@takanoryu

飯沼川の対岸、手賀沼の対岸、布川段丘が切れた先の低地を見ると「うわーこの先はさすがに遠すぎるわ…」と思って引き返してた。思えば不思議な境界感覚であったw でも人力で本流沿いで40キロ以上をぶらり圏に収めてたんだから狭くはなかったと思ってる。

2016-01-04 04:03:38