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2016年1月5日

ミステリを「~殺人事件」で括ってしまう前に――「死」(概念)から「死体」(オブジェクト)へ

ミステリにおいて「~殺人事件」で括ってしまうことで見えにくくなっている「死」(概念)と「死体」(オブジェクト)の違いについて
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じねん @jinensai

大浴場に浮かびながら考えてたが「~殺人事件」が乱歩亡き後、アイデンティティーに自信喪失気味のミステリ界隈諸氏の「共犯」による「虚勢」の産物という仮説を立てているが、一括りに論じることで「死」の概念と「死体」というオブジェクトが混在してるように思う。この2つは似て非なるモノだ。

2016-01-04 21:13:40
じねん @jinensai

俯瞰すると「死」(概念)から「死体」(オブジェクト)へという流れ自体が近現代のミステリの誕生から進展への流れとおおよそ一致している。それは解剖され、プロファイリングされる対象へと変質している。これを尚、倫理観に代表される概念的な評価に落とし込むことに無理があるだろう。

2016-01-04 21:29:11
じねん @jinensai

「人死に」の有無という評価尺度は多分に「概念」としての「死」に偏っている。今日的には「共犯」の量的積み重ねを背景とした「フラッグ」として考える方が適切かも知れない。「死体」を転がすことでミステリであることを端的に表明する目印になっているのだ。

2016-01-04 21:44:22
じねん @jinensai

雪が本降りなので帰宅った。

2016-01-04 22:52:30
じねん @jinensai

概念とオブジェクトをミステリ界隈ですら一括りにしているのだから、一般では尚更であろう。ミステリにおいて弄んでいるのは「死体」なのだが、「死」を弄んでいるように受け止められてしまう。安易な「~殺人事件」の連発は奇異な目で見られるケースを助長したであろう。

2016-01-04 22:56:25
じねん @jinensai

恐らくミステリを文学的に「高尚」にしようと試みたムーブメントが一時期あったことも災いしている。これは概念寄りに先祖帰りしているようなものだ(気持ちは痛いほど分かるが)。しかし、クリスチアナ・ブランドが言っていたように「優れた職人の仕事」の方がミステリには似つかわしいのではないか。

2016-01-04 23:15:39
じねん @jinensai

従って、いわゆる「大量死」がもたらしたモノは、「死」(概念)から「死体」(オブジェクト)へという、文学からミステリが「飛躍」した文脈が、現実的な現象として読者層に突きつけられ、虚構と現実が構造的に重ね合わされた事態と捉えるのが妥当ではないかと思うのだ。

2016-01-04 23:23:38
じねん @jinensai

「死」という概念が「死体」という、さわれるオブジェクトとして認識され、その認識が万人に共有されるきっかけが「大量死」であろう。それは何ら「無意味」ではない。さわれることによって、探偵の活躍は初めて可能になるのである。棺が「死」の概念によって埋葬されてからでは、如何にも不自由だ。

2016-01-04 23:37:47
じねん @jinensai

オブジェクトの代表が「死体」であることはいまさら揺るぎない事実であるが、そこはまた、いくらでも代替のきく部分でもある。作り手と受け手が認識を共有する、さわれるオブジェクトであれば問題ない。ここは工夫のしどころなのである。前例の踏襲、決まった楽譜の演奏ばかりでは芸が無いだろう。

2016-01-04 23:47:25
じねん @jinensai

とりあえず無理矢理、理屈を捏ね上げていくと以上のような「見通し」が立てられる。少なくとも「人死に」の有無や「事件」の規模のようなもので、ヒエラルキーが決定されるような概念寄りな格付けに首肯できないことは論理的に説明できたかと思う。

2016-01-04 23:58:17

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