エズマメルアの領域・前編【2016加筆修正版】
_六魔竜と呼ばれるドラゴンがいる。七大魔竜と数える説もある。どちらでもいいことだが。 彼らは余りにも強すぎて、ドラゴンの共同体の支配から逃れることができる。ドラゴンの皇帝は現在6匹いるが、六魔竜(七大魔竜)は皇帝たちが国を上げてかかっても討伐することが――不可能なほど強い。1
2016-01-07 18:44:12_彼らを抑える契約は存在する。それは皇帝側が不利な条件であるものの、神々の元誓約し、呪いによってある程度の拘束力を持つものであった。 契約しても魔竜側はある程度好き勝手生きられるが、気分次第で契約を拒否し、皇帝の連合帝国に何度も眠れない夜を過ごさせたこともあった。2
2016-01-07 18:49:53_今年もまた5年ぶりの契約の更新の時期がやってきた。竜杖吏員のメキアは護衛の一団を街外れで待っていた。 彼女は偉そうな役職にはついているが、ほぼ生贄である。気まぐれで殺されることも何回かに一度はある……契約の練習は眠れないほど。 3
2016-01-07 18:54:15_ピンクの、しっぽ(高級職のみ出すことを許される)を揺らし緊張していた。 「はぁ、どきどきしてきました……」 彼女の最初で最後の任務である。生きて帰れば後輩に任務を引き継ぎ引退できる。メキアは左手の腕時計を見る。護衛たちは予定より10分以上遅れている。 4
2016-01-07 18:58:35「このままじゃ約束の時間に遅れてしまいます……困ったなぁ、殺されちゃうよぉ」 半ば悲鳴に近い呟きをして、街の方角へ首を伸ばして護衛たちを探す。すると、街の方から武装した一団が駆けつけてきた。契約していた護衛隊だ。 5
2016-01-07 19:02:28「遅れてすまん!」 フルフェイスのヘルメットをつけたリーダー格の男がわびた。深紅のマントを身につけ隙間から板金鎧が覗く。 もうひとりが黙って頭を下げた。頭の上半分を覆うサーリットを被っている。硬くなめした革鎧を身に付けた軽装の剣士である。 6
2016-01-07 19:06:48_3人目は半裸の女魔法使いだった。下着のような戦闘魔法服を身につけ、紫の薄いコートを肩に羽織っている。 この3人が今回の護衛だ。いずれもこの地方に古くから住まうエシエドール人であり、高慢なインペリアル人には無い素朴で人当たりの良さそうな顔をしている。 7
2016-01-07 19:10:34_もちろん彼らでは魔竜に敵うわけもない。メキアは高価な献上品を持っているので道中野盗に襲われる危険性があるのだ。 交渉はメキアが単身で行う。その行き帰りを彼らが護衛する。 「もう! 寿命を縮めさせないでください。年金生活がかかってるんですから。さぁ行きましょう!」 8
2016-01-07 19:14:51_メキアは3人を引き連れ荒野を急ぐ。目指すは街外れに住む隠者だ。これから会う魔竜の一匹、エズマメルアは幻影魔竜という二つ名を持つ。 その姿は変幻自在、姿はおろか住処さえ見つけることは不可能だ。この先に住む隠者はエズマメルアに飼われ彼女に取り次ぐ唯一の窓口になっている。 9
2016-01-07 19:18:25_荒野を抜けた4人は木道が渡された湿原を進む。そこから10分くらいで隠者の家で、その先はわからない。 よく晴れた暑い日だった。地平線が陽炎で揺らぐ。メキアは日傘をさしながら急ぎ足で進んだ。時間にはかろうじて間にあう。汗が吹き出し、背中に服がべっとりと張り付いた。 10
2016-01-07 19:22:28「取り次ぎの方とはいえ、あなた方失礼のないようにね!」 メキアは白いフリルのついたピンクのちょうちん型スカートをひらひらさせて急ぎ歩く。夏場には完全に不向きな服だが、エズマメルアの趣味であり、正装なのだから仕方がない。 11
2016-01-07 19:26:44_目的の家は湿原の入り口すぐ、少し高くなっている台地にぽつんと立っていた。藁ぶきで床が高く6本の柱で支えられている。壁は木の板だ。玄関に繋がる階段の下に紐がぶら下がっている。 呼び鈴だろうか? メキアは3人の護衛にここで待つよう言って紐を引っ張った。 12
2016-01-07 19:30:43_上の建物から硝子の鈴のような音がシャラシャラと聞こえた。しばらく静寂が続く。メキアはもう一度鈴を鳴らそうと紐に手をかけた。その時である。 「はーい。はいはいはい」 気だるそうな女性の声が返ってきた。少し待つと、家のドアが開く。 13
2016-01-07 19:34:36_そして玄関から長い群青色の髪の女性が姿を現した。ゆっくりと階段を下りてくる。ボロ切れのような貧しい服を身につけてはいるが、肌は健康そうで、眼も爛々と光っている。 「あなたがメキアさんね。いやーんカワイイスカート! 私はクレミア。よろしく」 「よろしくお願いいたします」 14
2016-01-07 19:38:31_メキアは3人の護衛に家の前で待ってるよう告げる。クレミアに先導されて、さらに向こうへ続いている木道を歩きはじめた。 クレミアはボロボロの木道を裸足でひょいひょい歩いていく。メキアは、木のささくれが足に刺さったら大変だと少しだけ心配した。 15
2016-01-07 19:42:24_そのころ、護衛が彼女たちから離れたことを確かめ動き始めた者たちがいた。30人ほどの団体である。幻影の魔法を使い彼らの乗る小舟を隠している。 小舟は湿原の上を浮遊していた。船頭に魔法使いを据えて準備は万端である。音もなく、滑るように前進する。 16
2016-01-07 19:46:17_彼らの目的は……メキアの持つ献上品である。彼女が高価な品を持っているとの情報を手に入れ、遥か遠くからやってきた。 そう……盗賊団である。護衛が離れる瞬間を待っていたのだ。護衛は3人とはいえ、強大な力を持つアーティファクトで武装している場合がある。 17
2016-01-07 19:50:36「……はやく襲おう。エズマメルアの領域に近づいているぞ」 「護衛の冒険者は手練の者だ……もう少し距離が欲しい」 隠者の家を大きく迂回しながら、幻影に隠された小舟たちはゆっくりとメキアとクレミアを取り囲む。二人とも気付いている様子はない。 18
2016-01-07 19:54:25_遠く、家の前で待つ護衛の魔法使いが、その露出した繊細な肌に魔力の風を感じた……だが遅い!! 小舟たちは幻影の魔法を継続しながら一気に距離を詰める! 19
2016-01-07 19:59:57_狙われているとも知らず、クレミアとメキアは、木道の先にある机に辿りついていた。そう、机である。木道の末端に場違いな机が野ざらしに置いてあるのだ。机の上には、数枚の紙と、羽ペンと、インク壺と、ベルが置いてある。 クレミアはベルを手に取り、ゆっくりと振り返る。 20
2016-01-07 20:04:36「エズマメルアにコンタクトを取るよ。気紛れだから、どうなるか知らないけど」 そう言ってベルを鳴らす。透き通った音が湿原に響いた。しかし、何も起こる気配はない。湿った風がそよぐのみ。 「それでもわたしは契約に臨みます」 誰に宣言するわけでもなくメキアは呟いた。 21
2016-01-07 20:11:33_家の方では、護衛の魔法使いが異変を感じ立ち上がった所であった。それを見て他の二人も立ち上がる。だがこの先に踏みこんでいいものか……判断に迷いが生じた。 3人は視線を交わす。決断を迫られる。そのとき、街に続く木道を渡って一人の女性が歩いてくることに気付いた。 22
2016-01-07 20:15:38